第4話 カトゥー家とヒロイン
道化師ことユーリを私の私室に呼びつける。
執務室ではなく私室を選択した理由は、技術流出に関する情報を臣下らに秘匿する意味が1つ。
そしてユーリに対してかなりの自由裁量権を持たせて金属精錬事業を任せていることを把握しているのは、セバスを含めてごく僅かの人員しか居ない。侍女の類であろうと我が本邸の使用人は下位貴族の令嬢を雇っているが為に、我が家の使用人であると同時に、各貴族家の間諜であると捉えなければならない。ユーリが私の子飼でかつ、いつでも切り捨てることのできる人材であるからこそ重要な機密を任せることができる。
そして、その事実を知る者はセバスを含めたごく僅かだ。そのセバスと私とでユーリの事情を伺う。
「ユーリ。……あなた、何故呼び出されたのか分かっているかしら?」
「……はい。薬師への顕微鏡寄贈の件ですね。我が領のガラスの加工技術の漏洩に繋がりかねない、と。お嬢様はそれを危惧されているのだと、考えております」
流石に事ここに至っては、ユーリも誤魔化したりはぐらかすことは無かった。顕微鏡と彼女が呼称するガラス細工の加工品を使った専用機器が、ユーリ視点では疫病の汚染源研究に必須であっただろうということは……まあ、百歩譲って理解はしよう。
だが、それを他領へ無断で提供したこと。これは問題である。そして、本来砲の付属機器開発に与えられたはずの予算を勝手に流用していることも。
ユーリもその辺りまでは理解している。しかし、それだけでも問題であり罰する必要のある事柄ではあるが、本質はそこではない。
「――違う。そのようなことで私はここまで怒りはしない。
ユーリ。貴様は、自分自身に我が公爵家の監視が付いていることを理解し、それを利用した。貴重な品を他領の市井の薬師に提供すればこうして問題視されるとともに、何か理由があると私が勘繰ることまで考えた上で今回の行動を実行に移した、違うか?」
つまり。公爵令嬢である私の足元を見たのだ。
道化師であり転生者を私称するユーリが、この国に便宜を図るべき相手など居るはずがないと私が推理することを読み切っていて。
そしてそのような行動を取った、ということに対して何か理由があると思わせる……そこまで読んでいるのだ。
それは即ち、如何にこの道化師と言えど、普通に伝えれば絶対に信用されないことをこの件で自身に汚点が付いても伝えたいことがあるということの証左なのだが、それを伝えるために公爵令嬢たる私を騙そうとした点。これが何よりも問題なのである。
臣下の身分でありながら、ファブリシア公爵家そのものを軽んじた。これがユーリに科せられるべき最大の罪悪である。
「……こちらが好意的に接していたから付け上がった。それが何よりの罪よ、ユーリ。
貴様が如何に優れた知識を持っていようとも。その『カトウ』という家名が本国ではどれ程の名誉ある称号であろうと、我がファブリシア公爵家と、この私――ヴァレリアーナ・ファブリシアを誑かそうとした罪は大きい。
一度だけ言いましょう。
……随分と舐めた真似をしてくれるな、この小娘風情が」
あまり脅し過ぎると、杓子定規のようになり言われたことしか出来なくなる恐れはあるが、それでもこのままこの問題を放置していれば必ずこの女は、公爵家の為と言って独断専行を行うようになる。その芽だけは摘まねばならない。
ここは引き締めるべき場所であると忘れてはならない。
事実、ユーリの表情は恐怖と絶望に包まれて、膝をつけて私に対して謝罪の言葉を繰り返している。
彼女が私服を肥やそうだとか、自身の立身出世のためにだとかそういった理由で今回の越権行為を行った訳では無いということは既に分かっている。我が家格を舐めた真似はしているものの、彼女自身としては我が公爵家の為になるように動いているつもりであることも。
それと小心者である彼女が、叱責すればこうして委縮するだろうことは薄々察しが付いていた。だが、それでも伝えなければ彼女は確実にどこかで大きな失敗を仕出かす、その確信も私の中には確かにあったのである。
*
「――で。ここまでのことを起こしておきながら、ユーリ。あなたは私に何を伝えようと思っていたの?」
結局公爵家への忠義は叩きこむ必要があるが、それとこれとは話が別である。
ユーリがそこまでして伝えたかったことは、罪とは別問題として聞く必要はある。
「え……、でも……それは」
「言いなさい」
流石に叱責した後に、その原因を尋ねたのだから言い淀むのは理解できるが、それでも聞かないという選択肢は無いので、強引にでも聞き出す。
ユーリがこういう手段をとったということは、おそらく私やセバスでは予想もつかない程のとんでもないことを言い出すことは間違いないのだから。
そして私の予想は全く外れず、そして全く予想だにしなかった発言が飛び出した。
「はいっ……ごめんなさい、言います……。
本命は薬師ではなくそのお手伝いの子。
物語のヒロイ……じゃなくて、えっと、私のような紛い物ではなくてですね。
この王国で謀反を起こし三百年前に処刑された――正真正銘のカトゥー家の末裔です」
この言には思わず私とセバスは顔を見合わせてしまう。カトゥー家が王家に反旗を翻したのは三百年も昔のこと。しかも、カトゥー家の叛乱鎮圧後にカトゥーの縁者は老若男女問わず極刑であったはずだ。そこから三百年も経過しているのに何故血縁者が残っているのか。
セバスが探りを入れる。
「ほう、ユーリ殿。中々に興味深い意見ですな。
して……根拠の程は如何に? それが無ければ貴殿の妄想と変わりませぬが……」
これに対しては即座にユーリは返す。想定していた質問なのだろう。
「庶子、と言いますか。叛乱を起こした当時のカトゥー家当主が遊女との間に作り認知していなかった子が存在します。そして平民に落とされたこともあり追及から逃れたようで。
遊郭側は現在も王都で運営しているので創業当時からの帳簿が残っております。ので、三百年前のカトゥー家当主の利用履歴が残っているはずです。
そして、教会の人別帳にその庶子の出生登録が為されているかと。そこから可塑的に追うことの出来る人物が薬師の従者である――コレットさんとなります」
想像以上に確たる証拠が出てきた。遊郭帳簿と教会の人別帳。その両者を照合せねば出て来ぬとなれば、成程見落としてしまうのも無理はない。そこから三百年も平民の身分ながら血筋を絶やしていないというのは恐るべき執念であるが。
「セバス。遊郭の帳簿はお父様に伝えれば入手できると思うか?」
「過去の王国法を見直す必要はありますが、王都の遊郭は王家の運営許可と定期的な帳簿の提出が必要なはずです。
書庫で照会をかければ、過去の帳簿の写しは紛失されていなければ存在するかと。ご当主様の御身分であれば、見ることは出来るでしょう」
「で、教会の人別帳か。こちらは骨が折れるが我がファブリシア派の枢機卿を動かすか。ユーリ、当てはあるのか」
「はい。その当該の遊女はカトゥー家の断絶後に、子持ちのまま王都にある商家の番頭に嫁いでいるはずです」
つまり、初手は三百年前の王都の人別帳だけ洗い出せばいいのだな。それであれば何とかなるか? まあそこから可塑的に追う必要があるが最初の1人を見つけられれば大分楽になるだろう。
しかし、遊女か。本当にその親を持つ子がカトゥーの血を継いでいると言えるのだろうか。
*
1ヶ月後。お父様からの調査報告が戻ってきた。それより少し前に教会からも人別帳の照会に関する返答が返ってきたところである。
私はまず、セバスと2人で情報の統合を試みた。
「お嬢様。ご当主様からの伝令によれば当時のカトゥー家当主がディアーヌという娼婦を囲っていた事実が確認できたようです。しかも格別に気に入っていたようで、遊郭を辞める1年程前からこのディアーヌはカトゥー家当主以外の相手をなさっていなかったとのこと」
「それで、こっちの教会の人別帳ね。ディアーヌという女がどこぞの商家の者と結婚したときに連れ子として戸籍登録をした赤子は確認できたわよ。時期的にも……そうね。このディアーヌという女が仕事以外で男と接触していなければ、確かにカトゥー家の血は流れているわね」
「で、そこから枢機卿殿が入手した、ディアーヌの子を追った人別帳の写しがこちらですか。
……確かに辺境伯様の領地のコレットという娘まで辿り着きますな、おや両親は既に死去していて父親の友人の家に預けられた、と」
「その友人が薬師という事なんだろうな。
……まあ、ユーリの見立て通りと見てほぼ間違いあるまい」
ついでに、そのコレットという娘以外にこのディアーヌに連なる人物が居るのか調べたが出てこなかった。
面白いように、第一子以外は生まれてこないか早世している。更に両親も事故死か自然死の違いはあるが確実に死亡年が分かっている……ご丁寧に子が成長してから親が死ぬのだ。
そして、既にコレットの両親も死亡している。なので、ここから追える娼婦・ディアーヌの直系・傍系は本当にこの薬師の下女のみなのだ。
「ご丁寧なことにカトゥー家の血が拡散する前に第一子以外は皆死亡する。
……誰かが作為的に選別してきた、とみて良いのだろうなこれは」
「そうですね、お嬢様。つまり。
確実に私達とユーリ以外にも、このコレットという少女がカトゥーの末裔だと知る者が居るということ」
あまりにも不審な家系図を目の当たりにして、ユーリの推察がほぼ間違いのない確証へと格上げされた。
「……ユーリを呼びなさい」
セバスによって供された紅茶がぬるくなる頃には、ユーリがやってきた。
「お嬢様、お呼びでしょうか」
「薬師の下女・コレットの件だ。我が公爵家の結論として、確かにその少女がカトゥー家の血を引くものであると判断した。
さて、道化師・ユーリよ。あなたは私に対して何を求めるか」
ユーリは一礼をした後に、ゆっくりとこう告げた。
「……カトゥーの末裔であるコレットさんは、平民の身でありながら尋常ではない才覚を有しております。
その才と血を他家に明け渡す前に、必ずやファブリシア公爵家で引き上げて頂ければ、と」




