第3話 薬師見習いとガラス精錬技術
彼女がこの世界出身でないことは、既に今までの言動が証拠となっていたが、決定的と言える出来事がこの後に起こることとなる。
「そういえば、お嬢様? ……弟君のお姿が見られませんが、別邸に住んでいらっしゃるのでしょうか?」
「いえ、数年前に流行り病で亡くなったわ。……ユーリに弟のこと話したことがあったかしら?」
「……はあ!? 何で攻略対象キャラがゲーム開始前に死んでんの!? おかしいでしょ、この世界!」
「……ユーリ?」
弟がもう亡くなっていることを伝えると、いきなり奇声を出して世迷い事を抜かす道化師。一応、私という主の前なのだから錯乱しないの欲しいのだけれども。
「私、何か改変した……!? ううん、この世界に来たのだって最近だから数年前に介入出来る訳が――あいたっ!」
「ユーリ……喧しい」
公爵令嬢らしからぬが、口より先に手が出てしまった。私としたことが、このような細事で心を乱すとは。
私に制裁を受けたことで正気に戻ったのか、道化師は咳払いをしたうえで私に対して一礼した。……丁度いい所に頭が来たのでもう一度叩く。
「っつ! 二回目は酷くないですか、お嬢様!?」
涙目でこちらを見いやる彼女の言動は捨て置いて、私は気になったところを質問する。
「……で、何でユーリが弟のことを知ってるのかしら?」
そう私が問えば、一応真剣な眼差しにかわる。
「……逆、ですね。私は弟様の死を存じ上げておりませんでした。てっきり別の屋敷で領内を差配しているか、王都の公爵様とともに居るのかと考えておりましたが」
……ふぅん。曲がりなりにもファブリシア公爵家の嫡子として次期後継者に内定していた弟の死は包み隠さず領民にも触れ回り葬儀を行ったのに、知らないと来るか。
妙である。紛らわしい家名ではあるが家名持ちであることから遠国の貴族に連なる人物。それだけならばうちの公爵の状況など知らぬと見ていいが、この近隣の王家の法学知識を有していて、何より南部辺境伯領を素通りしてまで我が公爵領に仕官を求めにやってきているのに、弟のことはまるで調べていない、と。
しかし、弟が存在したという事実は知っているとなるか。
「――何が、言いたい道化師よ」
「……お嬢様、流行り病と言いましたよね? どのような症状であったか覚えておられますか」
質問を質問で返してくるか。
……ただ、あまり弟の末期は話したくはない。
「……身体が熱くなって、酷く咳き込み、出血したりもして……悪魔に憑かれて悪魔の言いなりに行動したかと思えば、ぱったりと目覚めなくなった。
段々、悪魔に憑かれて動く時間が短くなって目覚めることは無くなったわ」
「悪魔憑き……行動障害か、意識障害かな。出血以外は風邪の症状に近いけれども重篤化しているとなれば合併症を併発したかも? いや、判断材料が足りない。ただ数年前となると私は関係していない、となると……」
考えていることが早口で口に出る悪癖があるこの道化師だが、今回ばかりは言っている内容が理解できないのが苛立たしい。最も引っかかった言葉は『関係していない』という言葉。まるで自らが疫病を蔓延させるかのような物言いだ、そこまで迂闊な他国の間者など居らぬだろうが、流石に座視してはおけない。
「疫病の蔓延に関係していない、とは? 数年前のこととはいえ、この国を襲った災厄。事と次第では大層なことになりますわよ」
私が威圧を兼ねて詰め寄れば、道化師は苦笑いをしてこう答える。
「……あー……、お嬢様。重ね重ねで申し訳ないのですが、そのご質問にお答えする前に。ファブリシア公爵家では、感染症の流行をどう捉えておられますでしょうか」
疫病の蔓延。私は宗教家でもなければ医学者や薬師でもないので、それらの専門的見地からの見解は有していない。
しかし公爵令嬢として。自領の政を担う者としての考えはある。
それは呼ばれる瘴気が周囲に充填されることによって引き起こされると考える北方学派と、食器や衣類といった何らかの媒介物に付着した汚染源が接触伝染することで感染が拡大すると考える西国学派。これが主流学派である。
そして、我が領は西国との通商を行う重要な立ち位置。となれば、必然……。
「――汚染源によるものでしょう? 西国学派の考え方が正しいと思っているわ」
「……すると。コンタギオン説の方か。
で、あればまだ説明がしやすいですね。私はこの世界から違うところからやってきた。即ち、この世界には存在しない疫病の汚染源を有しているはずなのです。
――しかし、それが流行っていない。
それと。一度感染した病気には次は罹りにくくなる病もあります。そこから察してくれると助かるのですけれども……」
苦笑いしながら告げられた言葉を咀嚼して考える。
「つまり……。弟の病を……あの疫病を齎したのは、ユーリの世界の人間ってこと?」
「そうですね、いや。もっと言ってしまえば過去の疫病も遡る必要があるかもしれません。少なくとも私の持ち込んだであろう『汚染源』については、お嬢様も含めて抗体がある……と考えて差し支えないでしょう。
――しかし、お嬢様問題はそこではありません……」
道化師である彼女がその後の言葉を紡ごうとすると、流石に横で黙って聞いていたセバスがやんわりとだが止めに入る。
「ユーリ殿。……それ以上は無粋かと。お嬢様も分かっておいでです」
彼女は既に異なる世界から来たと語っており、身辺調査も続けているが、確かにここに来る以前の情報は全くと言って良い程掴めていない。
……南部辺境伯様の領地で足取りが不自然に途絶えていることを除いて。
ユーリの発言を全て真実と仮定して、状況証拠で当て推量すれば。自ずと辺境伯様の領地で何かが行われていると考えざるを得ない。
それが我が公爵領にとって既に弟の死という形で不利益が生じているのであれば……。
しかし『辺境伯様』はこの南部諸侯の取り纏め役を担っているが為、如何に王子と婚約関係を結んでいる私といえども、その権勢に手出しをすれば火傷では済まされない。向こうも傍流とはいえ王家の血脈、王子との婚姻が為れば親族衆なのだから。難詰をして、それが言いがかりでしたでは済まされないのである。
辺境伯様の領地で行われていることをどうこう指図することは私の身代でも、封土を治める領主としても不可能なのである。
そうしたとき、ユーリによって疫病が蔓延しなかった事実はそれなりに大きい。もっともここまでの話が全て詭弁である可能性も考慮してセバスには裏取りはさせる。まあ、この場ではユーリの申すことは真実として話を進める、確認はするのだから忠誠心を損なうことをわざわざする必要はない。
「南部辺境伯様の領地には手を出せない。しかし自衛策を練る必要がある。
……何かあるかしら? 道化師さん?」
おそらく弟の死という話を聞いてから、ユーリは私のこの言葉を引き出すためにそれとなく誘導していた気がする。こちらに態度から明瞭では意味は無いが、何を提案するのか気になって尋ねてみる。
すると、そこまで話が滞ることなくユーリ視点では思惑通りに進んでいるかのように見える現状は想定していなかったのか、若干驚きを交えつつ答える。
「えっと、ヒロイ……じゃなかった。
私も専門分野というわけではありませんが。伝手で声をかけたい薬師とお手伝いの方がおりますので、その方々を囲い込み公爵家に敵対する余地を……ああ、えっと、専門的な見地から今一度、過去の疫病の調査と可能であれば予防策の研究を行いたいと思うのですが」
相も変わらず口からポロポロと情報を零すことで。
専門ではないから専門家を雇いたい。その意見は正当ではあれど、そもそも金属精錬に対する師事は彼女の専門であったのかと問われれば甚だ疑問な訳であり。てっきり存ぜぬものとはいえ家名を名乗っていることから金属精錬について全て我が家から人員を融通するとは思わなかった。だが、今回は声をかける人物が居る。つまり、研究内容と同等にこの人員が重要な意味を有する。
そして『薬師とお手伝い』とこの道化師は言った。『薬師を招聘する』という方向に意識が向いていれば、下女の類など口にすることはない。にも関わらず彼女は『お手伝い』と薬師と並列させた。ということは。本命は大方、薬師ではなく――その下女。
調査自体は本当ではあるだろうが、どちらかと言えば囲い込みのが本音であることも明らかだ。
「……分かったわ。予算などはセバスと相談して頂戴、後は外出するときはセバスに事前に伝えること、それでいいかしら?」
それが、ユーリの資金の流れと行動を掌握する意図があることをこの道化師は理解しているのだろうか。自身の進言が通ったことに感謝と安堵の表情をみせているから、分かってない可能性もあるな、これは。
*
「――で、セバス。どうだった?」
「はっ。どうも薬師は南部辺境伯様の領内に住んでいるようで。
市井の者ゆえ、勝手に此方で引き抜いたとしても辺境伯様は気付かぬとは思いますが。口添え致しておきましょうか」
……よりによって南部辺境伯様の領地住みに声を掛けたのか。
確かに。建前として貴族各領は相互不可侵の内政不干渉。追捕重犯三箇条――王族による貴族の戦争指揮・謀反人の処断・貴族殺人の検断――を除けば王家ですら勝手に貴族領内の施政に口出すことは原則的には出来ない。
であるが故に他領の臣下を勝手に引き抜いたりすれば当然問題にはなる。だが、今回の場合、ユーリが声を掛けた薬師は辺境伯様に雇用されているわけではない。バレれば社交上失点とはなるが、だが平民の移動に一々難癖を付けていれば行商人や巡礼者の往来に支障が出る。それで評判が下がれば関税の収入の減退にも繋がることから、我等が手引きしてその薬師を公爵領に招いたところでまずバレない。
「いや、口添えはせずとも良い。ではユーリの行動はどうだ? あいつは口は迂闊だからな、どこから漏れるか分からん」
私がそう告げると、セバスは少し悩む素振りをしてから答える。
「ユーリ殿は、我等の想定よりも賢しいです。
薬師との顔合わせこそ数度は自ら赴いておりましたが、新設した商会の商会長という肩書きで会っておりました。話を詰めていく段階で公爵家所属であることは明かしたそうですが。
で、面白いのがその商会長という身分。欺瞞でもなく実際に商業ギルドにも登録されている『実体のある』商会です。お嬢様がユーリ殿にお任せしている金属精錬事業。銅鏡やら工芸品を実際に西国に売りさばいてすらおります。
そして薬師の研究援助には、更に慎重です。西国の中堅商会丸々1つを抱え込み、ユーリ殿の商会の商品を通常に商いする傍らで、薬師への援助は一旦、西国まで荷を経由させてから改めて我が国の南部辺境伯領へ動かすという手法を取っております。しかも我が手の者に確認を急がせていますが、その間にも何回かダミーの商取引を挟んでいるそうで」
つまり我が公爵領から薬師に対して直接援助するのではなく、わざわざ西国を経由させてから再度我が国へと戻ってくる仕組みを整えたのか。
援助だけを行う発想では絶対に思い付いても実行は出来ぬな。通常の商取引も行っているからこそ、そして隠れ蓑として使う西国の商会も通常業務では我等と無関係に商いを行っているからこそ、二重にかかる国家間の関税、経由する領地の通過税、そして護衛の費用で援助費の数倍はかかる道のりでも、通常の交易品とともに運ぶことで損失を抑えている。
「……ただ。不穏な動きが1つ」
「聞こう」
「ユーリ殿の行っている金属精錬事業の予算の傍らで、ガラスの製造に手を出しているのはご存知ですか」
「確か砲の申請予算の中に、照準用の機器開発として入れられていたものかしら?」
「ええ、それです。どうも……そこのガラス細工の加工品をユーリ殿は薬師への贈呈品の中に紛れ込ませていた様子。
ユーリ殿が自ら開発したもので、今のところその薬師以外への貸与の事実は認められませんが……。
――我が領の技術流出の懸念が御座います」




