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第2話 金属精錬と黒色火薬


 そんなことで私の臣下として招き入れることを決定したが、未知の家名……それもカトゥーと勘違いさせかねないカトウの姓はいろいろと周囲に誤解を招く恐れがある。だが一方で家名を偽って名乗るのは貴族平民問わず犯罪だ。

 そして彼女が出身国について濁すため身元不確かということになり、基本的に侍女の類であろうと貴族家出身の者しか居ない我が公爵本邸で、仮に侍女見習いで雇ったとしても反発は必至であろう。


 というわけで、この辺りの抜け道は王家に倣うこととした。

 宮廷道化師。ここは宮廷ではないので単に道化師で良いだろう。そう彼女に伝えたら、


「道化師……ピエロかー……。

 いや、ジョーカーということにしよう。トランプのジョーカーならワイルドカードだったり最強札だったりするし……うん、それなら」


 もうその誰にも理解されない独り言が道化師そのものと言う言葉は飲み込んだ。



 閑話休題。

 道化師として雇った彼女だが、頭角を現すのは存外早かった。先の調合知識と武器制作もその一つである。……結果は微妙ではあったけれども、即座に成功するものでもない、と私は割り切っている。


 そもそも、彼女が硝石と呼ぶ焔硝は、肉の塩蔵には必須であることから業者が囲い込みをして市場に出回ることは滅多にないし、硫黄など不活性な水銀と能動的に受胎し『不完全な賢者の石』たる辰砂を作る材料なのだから、どちらも高価で当然なのである。


 だが、所詮調合だ。完全な『賢者の石』を作るためにありとあらゆる調合を試している錬金術師が見落とすような組み合わせとも思えない。また、一方向にだけ開空間を形成し、爆発の衝撃力を一方向に集めるという思想理念は攻撃魔法に近似しており、それを魔法なしに再現するとなると、筒にするというのは理に適っている。


「――つまり、道化師ユーリ。あなたの考えている『銃』とやらは、今までに誰かが思いついているはずなのよ。それで弓や魔法と比較して代用品にすらならないと、打ち棄てられた『枯れた技術』なのではないかしら?」


 これには即座に反論が返ってきた。


「射程の確保、あるいは威力の向上に、個人の才覚や鍛錬といった要素よりも道具の性能改善が寄与する割合が大きいのが銃なのです。

 極論ではありますが銃を扱う者ではなく銃そのものに性能が依存しますので、魔力も無く武器に触れたことの無い者でも兵に出来ないこともないです。

 均質化された領民皆兵軍。それが実現可能なのは私の知る限り銃のみです」


 領民を兵として組織、それはまさしく『道化師』としての言葉であった。

 彼女も全ての領民を武装させることは考えていないだろうが、実現すれば我が領だけで世界を征服することも決して夢物語ではない。

 ただ、ただ……人の数が武力に直結するようになれば、それはおそらく……。


「却下ね。それよりも数が少なくて、限られた人しか取り扱えないものでもいいから、ドラゴンの鱗すら貫くような衝撃力の高い代物を作りなさいな。

 起こるかすら分からぬ隣国との戦争や、せいぜい近隣の領との小競り合いでしか使えない力など間に合っているわ。人を殺傷する力ばかり高めてどうするのよ。

 それであれば、高位魔法を使わなければ倒せないような魔物を一撃で屠れるような武器を考えなさい。魔物討伐のが手っ取り早く名声を得られるわ」


 要は指向性の魔法と同じなのだ。魔力の代わりに焔硝と硫黄の調合品を使うだけ。


「……うーん、火砲は火砲で銃と同等かそれ以上に戦場を一変させかねない気がするけれども……。まあいいか。となると鋳造技術の向上……最初は青銅かな、作りやすいし。

 100円玉の製造技術で自分を売り込んだせいで、やることが合金関係ばっかりだ……」


 ……道化師の狂言回しは当然無視した。




 *


「……お嬢様。ご報告がございます」


「おお、セバスか。どうした夜分遅くに珍しいな。昼間の業務に取りこぼしがあったか?」


「いえ、そちらは問題ございません。……人払いを。ユーリ殿に関する報告が我が手の者より上がって参りました」


 セバスは普段は「婚約者の居ります淑女の部屋を夜分に訪れるのは例え臣下でも、余程の理由が無い限り慎むべきかと」と言うほどの硬派だ。……私、セバスの孫よりも年下なんだけど。

 そんな信条を持つ彼が私の部屋に来たということはあの道化師に関する報告は『余程の理由』に含まれた、というわけである。


「まず、辺境伯領から我らがファブリシア公爵領に入ったのは確実です。

 ……ただ、南方国境地帯にある要塞群と辺境伯領都を結ぶ行商人に拾われる以前の消息が掴めません」


「要塞群とかの領都はそれなりに距離があったな。最終報はどこだ?」


「領都から見れば馬車で5日ほど、要塞群からは3日ほどでしょうか。ただ、荷物はおろか水すら持っていなかったそうです。馬を潰して走れば不可能とは言えない距離ですが……」


「あいつ、馬には乗れなかったよな」


 戯れで乗馬をさせようとしたが、馬を囲んで10分ほど試行錯誤した後に「乗り方が分かりません……」と言ってきたあの姿は、どう考えても馬に乗ったことの無い素人であった。


「要塞群の人員は辺境伯様が全て把握しているから、あんなに目立つ女を見落とすとは考えにくいな。……周辺の村は?」


「当然、彼女が行商人に拾われた地点から四方に調べましたが、どこの村でも目撃情報は無く……。少なくとも、辺境伯都に移動する以前にどこかの村に接触した形跡はありませんでした」


 なんだ……それは……?


「それと、彼女が極東の辺境出身と言っておりましたので、東部辺境伯様の領土を中心に封建法に触れる可能性のある子女の失踪情報を洗いざらい調べてみましたが、こちらも空振りで……」


「東部辺境伯様の領より東は……って、ドラゴンの棲み付く火山山脈だったな。

 ……というか、そもそも我が国より東に国家は存在しないのだから『極東の辺境』と言ったら普通我が国を指すのだが……」


「それをあえて口に出した。……ということはユーリ殿の中ではこの国は最東端ではないのかもしれませんね」


「…………」


 ――火山山脈の向こう側。

 ドラゴンの棲家を越えた人間が仮に居たとしたら前人未到である。

 

「……それ以外に何か手がかりは、そうだ! あの軍服は!? 出入りの服飾職人に見せたのであろう? 材質は分かったのか?」


「自信が無さそうにおそらくウールと答えておりました。その姿に疑問を思いましたので、服飾ギルド及び公爵家と係わりのある工房の職人にも見て頂きましたが『性質としてはウールのようだが、本来存在しない機能も備わっている』と。

 ほつれ糸がありましたので、切り取って錬金術師の解析に回したところ、その糸が……その、異なる種類の細い繊維が混ぜられて使われていたとのことで。

 その上、使用されていた繊維がウールと、我が国には存在しない未知の繊維が用いられていたとのことです」


 複数の繊維を混ぜて糸を作るというのは聞いたことが無い。その上で未知の繊維か。……これは案外火山山脈の向こう側というのが真実味を帯びてきたぞ。


「未知の繊維ということは、この国には居ない動植物で作られていたということか……。それは分からぬわけだ……」


「いえ……それが。私にも詳しいことは分からないのですが錬金術的な性質がその未知の繊維では均質に分布しているとのことで。

 とにかく自然物でこのような素材が産まれる訳がない、と懐疑的で、人が作った繊維などとのたまう始末です」


 繊維を人が作る? 無から有を作り出すということか? それは、もう『賢者の石』ではないか……。



 分からないことだらけだったので、翌日「ユーリ、あなた何者?」と真っ直ぐに聞いてみたら、神妙な顔をして「……この世界とは違う場所からやってきた転生者です」と答えた。

 まあ火山山脈の向こう側からやってきたとしても、そこは私達とは異なる世界だし。魔族やらエルフやらの古文書を紐解けば召喚術くらいあるだろう。悪魔との契約だってそれに該当するはずだ。


 だから彼女の言い分を私はすんなり受け入れた。ただ一方で、万が一巧妙に嘘を付き我が公爵家を陥れようとする間者である可能性は……まあ多分、性格的にも無いのだろうけれども……、そうであった場合の被害が甚大なので無駄な骨折りになるだろうと分かりつつ、彼女の身辺調査は続けることとなる。

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