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第15話 道化師と悪役令嬢


 大聖堂での式のみで全てが終わるわけもなく、一旦歴代の王族が眠る霊廟へ足を運び先祖の方々への結婚の報告を行う。事実上、これが私が王妃としての初の公務という扱いとなる。


 そこから更に時間は飛んで、その日の深夜。


「……ヴァレリアーナ。疲れたかい?」


「まあ、正直に申せばそうですね。覚悟はしておりましたが過密な日程でしたし、晩餐会は気疲れいたしましたわ」


「ははっ、あの面々に囲まれて気疲れしないようであれば、私はヴァレリアーナの傀儡にでも何にでもなるさ」


 心にもない冗談を口にするグレゴワール様。だが、夕刻より執り行われた国王主催の祝賀晩餐会は錚々たる面々が集まった。我が国の名だたる貴族は勿論のこと、諸外国からも使節団が送られてきていて、我等の結婚を祝うのが半分、外交目的が半分といった印象を受けた。

 そしてそうした外交的な側面もあるので、我が国の実力を見せつけるかのように豪奢なパーティとなった。

 まず会場は最近完成した新たな王立のオペラ劇場。それを建物ごと貸し切っている。料理や会場に華を添える近衛兵の軍楽隊の演奏などが一流であることは言うに及ばず、余興にもかなりの力が入れられていた。

 異国で見聞を重ねた高名な宣教師を招聘して、彼の探訪した諸国の興味深い話を聞いたりだとか、瓶に入れられた白ワインがグラスに入れられると赤く染まる仕掛けなどが盛り上がっていた。

 ワインの仕掛けはその場でグレゴワール様に教えてもらったが、グラス側に赤色の果実のパウダーを仕掛けていて、照明で分かりにくくしていたとのこと。で、白ワインを注ぐとその粉末が溶けて赤く染色されるという代物であった。よく出来たことで。


 そして料理の合間合間にはオペラ劇場であることを活かして、演劇が挿まれていて、そのストーリーの進行に応じて会場に飾られていた巨大なタペストリーが取り替えられるという演出もなされていた。



 そして私とグレゴワール様は主賓ではあるが慣例通り中座して、寝所へと2人で赴いていた。


「――グレゴワール様、ヴァレリアーナ様よろしいでしょうか」


 しばし2人で話していたら部屋の外から私達を呼び掛ける声が聞こえたので、護衛が既に通していることも鑑みて部屋に入るように告げる。

 入ってきたのは教会の司祭であった。彼は、床入りの儀の準備を済ませると話すと、慣れた手際で聖水をベッドの周囲に撒き、香を焚き寝床の『聖別』を行うと、速やかに退出していった。


「……この香り。麝香じゃこうですか……」


「……そういえば、ヴァレリアーナは近頃は香に凝っていると言っていたね。香りで分かるものなんだね」


 甘さのある麝香は、興奮作用があることを私は把握しているが、それをグレゴワール様に伝えるのは少々憚られた。あれだけ幻想的な花による聖別の効果を目の当たりにした後では、今の『聖別』が大分俗物的なものに感じられてしまったためである。であるが教会の手口が分かった以上は、雰囲気を壊す発言だとしても伝えねばならないと意を決する。


「……その。麝香には強くは無いですが興奮作用があります。聖水に何が含まれているのかは知り得ませんが、これは『聖別』とは名ばかりの薬効に頼った代物では……」


「……まあ、神聖だとか高貴だとか言われているものの本質はこんなものなのだろうね。効果がある以上は、まだこれくらいのものは可愛げのあるものだと思うけれど……でも、流石に少々無粋と言わざるを得ないか。

 そういう意味では、婚約式の物品には神々の影響が残っていたことのが奇跡的と言うべきなのだろう」


 そう言いながら、グレゴワール様は、香に水差しの水をかけて、そのまま窓を開ける。部屋には外気が入り込み、どこか心地良い風が流れ込む。


「……どうせ。今夜は誰の邪魔も入らないのだから、これくらいは神々もお目こぼししてくれるだろう。明日も私達は予定が詰まっているのだからね?」



 そう言われれば、どっと身体の疲労を思い出す。……多分、こうした教会の『おまじない』は疲れていることを忘れさせるための意味もあるのだろうな、と考えながら、でも疲労感には耐えかねて布団へと身を投げ出した。

 ふと、横を見ればグレゴワール様もまた、本来行うべき『儀式』のことはすっかり忘れてしまったかの如く、まぶたをこするようにしていた。


 そうして慣例や規則に定められたはずの夜は、私達の時間へと変質し。夜は今夜訪れなかったのである。




 *


 翌朝からの日程も怒涛であった。

 結婚昼食会――市民らにとっては、先の結婚式よりも待ちかねていたイベントであろう。大広場を開放してバザールや屋台が軒を連ねようにして並び、大道芸人や吟遊詩人らが各国から我先にと集まり、観光客でごった返す、王家の結婚式の翌日にのみ開かれるお祭りだ。

 水飲み場には葡萄酒が差配され、如何なる身分の者であっても自由に好きなだけ飲むことが、この日だけは許される。


 私とグレゴワール様は、広場に面している政庁舎のテラスから言葉を投げかけるため、その原稿の暗記とドレスの着付けに午前から準備をしていた。

 顔を見せる時間はごくわずかであり、挨拶も一言ではある。だが、それ故に聴衆に対して万全に声を届かせるように、喉の調整も必須となる。


 とはいえ。私とグレゴワール様は、そういった場数には既に慣れている。お互い軽口を交わしながら自然体で、しかし魅せる(・・・)ことを忘れずに私達夫婦の言葉を広場に集まる面々へと送ったのである。



 そして、それが終わればそのまま返礼晩餐会の準備へと移行する。

 ――そう。この結婚式に関連する一連の催しの中で一番最後であり、同時に我がファブリシア公爵家の威信を見せるもの。失敗は断じて許されない。


 この日のために兼ねてより、我が家臣らと準備を重ねてきたが、実のところ道化師の『王家とコレットへの意趣返し』の発言を受けて、急遽組み直しを行った部分も多々ある。……そして、その変節を主導したのがあの道化師・ユーリなのだから、一抹の不安もあるのだが、まあ優秀なスタッフは付けたつもりだし、報告は逐一受けていたから、その限りでは問題無いはずだ。

 それに実際の差配は、セバス一族へ委任している。ユーリはパーティ参加組なのである。まあ、敢えて当日実務から離したかと問われればその通りなのだが、いい加減王都を中心に王国全土で話題となっている『新食器』の開発責任者を表に出さねばならない時期でもあるため、その顔見せが本命だ。


 主賓であれど、主催でもある私達は一足先に会場入りして最終チェックを行う。晩餐会であるため日が沈みかける夕方からの開始だ。おそらく最後の入場者となる王族らの入場の時点で、夜も更けるために照明の類は必須となる。

 しかし、会場にあらかじめ詰めておく灯りは最小限に留めておき、別室にて準備だけは行い待機させておく。

 目敏い貴族であれば、入場の時点でその照明の少なさに気付き、そうでない者も日が隠れるにつれて徐々に暗くなる会場から何か通例とは異なる催しが行われることを察して期待の眼差しを我等に向ける。

 これくらいのことでは、ミスと捉えるのではなく余興と考える辺りは、我等としても大いに助かるのだ。


 そして最後に王家の方々がご入場して、用意された席に座る。お父様は国王夫妻や現役の辺境伯様らと同席で、私はグレゴワール様と同席だ。なお、私の席にコレットとユーリも座っている。誰がどう見てもユーリは場違いなのだが、本人がそれを最も自覚しているらしく、王都に入ってきた際のように石像のように固まっている。


「やあ、ヴァレリアーナ。昼振りだね。……何やら、面白いことを企画してくれているようで僕も楽しみだ」


「いえ、光栄ですわ。グレゴワール様」


「――それで、このお二方はどちら様かい?」


 コレットのことは絶対に知っているだろうし、何ならユーリのこともコレット伝えで聞いているはずなのに、白を切る辺りは流石に我が夫となり将来国を差配する人物である。

 そしてコレットは、その時点で初対面かのように装い挨拶を行い、ユーリがたどたどしくそれに続いた。グレゴワール様からは、コレットに対しては亡き我が弟に対してのお悔やみを、ユーリについては信の置ける配下が居るとは羨ましいといった当たり障りのないことを告げられていた。


 そうしている内に、司会を務めているセバスの息子が会場内に響く声で次の内容を伝えた。


「皆様! ……今しがた太陽の沈んだ西の空、その反対側である東の空を見ていてください!」


 そして、太陽が完全に沈んだことを確認するや否や、テーブルの上の淡く光る蝋燭を除き、全ての照明が一度落とされる。


 そして、その刹那。私にとっては聞きなれた爆音だが、他の面々にとっては初めて聞くであろう音――大砲の発砲音が会場から遥か遠くから響く。

 しかし、それを遥か遠く(・・・・)であると気付くことが出来るのは、我が公爵家でユーリの火砲の音を耳にした者のみであり、他の貴族らは襲撃や事故でもあったのかと動揺の表情を隠せていない。


 しかし、その表情が歓喜に取って代わるのも一瞬のことであった。空には、色鮮やかな大輪の花が咲き誇ったのだから。

 そして、爆音の数だけ夜空を花で染め上げる。……それはまるで、昨日宮廷大聖堂で皆が目にした奇跡の再来かの如く。


 会場のどよめきが覚めず、幾人であってもどこか夢心地の表情を浮かべる中で、爆音に遮られながらも司会の声が届く。


「……これは、『聖別』によるものでも、魔法でもなく……技術です。

 我がファブリシア公爵家が新兵器を開発していることを小耳に挟んだ聡明なる方々もきっと数多くいらっしゃることでしょう。

 その回答があの空に浮かぶ大輪の花でございます。技術責任者が――花火と名付けたこれらは。炎と金属によってもたらせた、まさしく技術なのです。

 ファブリシア公爵家が開発した新たな兵器は――空を我が物とし、皆様にお見せするための兵器であったのです!」


 その声を聞いた観客は、拍手を重ねる。それは瞬く間に会場全体を包み込んだ。……まあ多分最初に拍手をしたのは当家の使用人かファブリシア公爵派の貴族であることは公然の秘密というやつだ。


「……へえ。花火、というのかヴァレリアーナ。

 あれは、私も調べが及んでいなかったよ」


 花火が粗方上がり切ったところで、室内に照明が持ち込まれたタイミングでグレゴワール様が私に話しかけてくる。知っていてもおそらく知らない振りをするであろうから、どちらともつかない。


「ええ、面白いでしょう? あれを作ったのはここに居るユーリなのよ」


「えっ!? お嬢様、ここでそれ言いますか!」


「へえ、ユーリ殿は女性でありながら、技術的知見があるのですね。

 以前から、そうした金属精錬に関することを?」


 そして、露骨にグレゴワール様から探りを入れられて狼狽するユーリ。それを話のタネにしつつ、次の趣向の仕込みが着々と組まれる。


 乾杯用のドリンクが運ばれ出すと、各テーブルから溜め息が零れるのが聞いて取れた。クリスタルグラスに蒸留酒が注がれたものだ。グラスも酒も珍しいものではないが、このクリスタルグラスは尋常ではなく精巧なものであり、中に入っている蒸留酒を周囲の灯りの光でもって複雑に照らして、グラスの中を幻想的な光景へと魅せる代物であった。

 そして、それが私達のテーブルにも供されるとグレゴワール様が反応する。


「……こういう趣向を凝らした容器を見ることは何度かあったけれども、このような細工ははじめて見るね。どこの工房のものだい?」


 これにはコレットが代理して答える。


「今後ファブリシア公爵家の特産として販売しようと思っていたものです。我が領ではガラスの精錬技術が著しく発達したので、こういう細やかな細工も可能となったのですよ……どこかの誰かさんが顕微鏡なんて送ってくるおかげでね」


 最後の小声はグレゴワール様に聞こえてはいないが、明らかにユーリには聞かせるように語っていた。その言葉でユーリは声こそ発さなかったものの肩を揺らして反応する。

 それと、ユーリ。あれは元々は照準器用の予算であることは忘れないように。


 すると司会の声が響く。


「それでは、皆様のお手元にグラスは行き渡りましたでしょうか? それでは、確たる歴史と権威ある王家と我がファブリシア公爵家の結婚と、王国の永劫なる繁栄を祝って……」


 ――乾杯、と静かにでも口々に告げられた言葉の後に、皆がクリスタルグラスに口を付ける。

 とはいっても、蒸留酒自体は然したるものではない。無論、一流のものを取り寄せてはいるが、ここに花火やグラスのような我が領独自の技術は扱われていない。

 その予想通りの美味を、蒸留酒を飲んだ観客は安心と僅かな落胆を持って迎え入れる。



 ――そう、蒸留酒を飲んだ観客(・・・・・・・・・)は。


「……わぁ! これ、甘くてとっても美味しいっ!」


 対照的な声を挙げたのは子供たちである。お酒の飲めない子供にはノンアルコールのとあるドリンクをクリスタルグラスに注いでいた。


 ……ユーリが管理している高品質牛乳を。


 その子供たちの驚きと絶賛の声に、大人たちも無関心で居られずに強欲な者から一杯目の蒸留酒を速やかに飲んで牛乳を貰いに行く姿がちらほらと。

 そして、飲んだ者が表情を変えると瞬く間に、牛乳の所望が殺到することとなる。


 この事態を想定していたために、王家の方々には別枠で牛乳を用意していた。グレゴワール様を含めた全員が興味本位で欲しがったので注ぐとテイスティングをした上で飲む。


「……ふむ、これは確かに凄い。料理ですらなく素材の味をそのまま出すしかない牛乳でここまでまろやかに、そして甘さを引き立てることが出来ようとは。

 育て方、かな」


 そして王子の好感触を見るや否や、節操無き者は、私の従者に何処で手に入るのかを聞く者も現れた。


 そして、メインディッシュに移っても興奮は覚めておらず会場内はどこか浮足立った雰囲気に。

 最早、カトラリーに新金属――ユーリの言うところのアルミニウムが使われていることなど、感覚が麻痺し始めている者らは驚きすら見せていない。


 しかし、メインディッシュが出た瞬間。新たな反応が生まれた。

 それは料理に対してではなく、食器。カトラリーに用いられたものと同じ独特の金属光沢を有するそれは、紛れもなく新金属。

 今までお目見えしなかった、アルミニウム食器の登場であった。


「あのような高価な新金属を惜しげもなく大皿に使うとは……」


「だが、あれを広めたのはファブリシア公爵家よ、それくらいは造作なきことではないのか」


 多分、一番今回予算的にかかった部分はここだ。

 ある程度量産体制が整ってきたとはいえ、やはり簡単には手に入らない金属であることには違いない。


 そして晩餐会も進み、終わりが近付く。


「ふむ、中々楽しい余興だったよ、ヴァレリアーナ。

 真新しいものばかりで非常に興味深かった……」


「ありがとうございます。ですがグレゴワール様。まだ終わりではないのです」


 私はそう言うと、立ち上がり司会に合図を送る。

 すると、再び照明が消される。その様子から、また花火か? という騒めきも聞こえだすが、司会が声を出し始めると、驚くほど静寂に包まれた。


「……それでは、最後の余興といきましょう。

 最初にお見せした花火。あれを持って我がファブリシア公爵家は空を掌握いたしました。ですので、今度は皆様にも――空のお裾分けをいたしましょう」


 そして、最初から消されずにおかれていたテーブル上の蝋燭。それに各テーブルに手渡した袋を被せるように伝える。


 聞いた通りに各々のテーブルにて袋を被せると、我が家の人員がその袋から伸びる紐を蝋燭に固定して回っていく。そして、しばらく経つと。


「おおっ、浮いた……」


 蝋燭を固定した袋が一斉に浮き出して、天へと昇っていく。

 その傍らで、一回り小さな蝋燭と袋を子供らに渡してそれらにも被せるように伝えると、小さなものはすぐ浮かんでいく。


 数十などという数ではない。百を優に超える蝋燭が一様に浮かび上がったのである。


「当家では、これを天灯――スカイランタンと呼称しております。

 皆様の御助力の下で、私達王国は空を掌握したのです!」


 被せた袋から零れる蝋燭の光は、袋の色に応じて色を変える。数えきれない程に空に打ち上げられたそれは、どこまでも上がっていく。

 その現実のものとは思えぬ光景に、誰しもが静かに息を殺してその空を眺め続けたのである。



 ――後の史書には、この日王国は空を掌握した、と記されている。




 *


 後日、グレゴワール様からユーリを連れてくるように言われた。まあ、公爵領の転機とユーリがやってきた時期を考えれば、あるいはコレットと王家の繋がりを考えれば十中八九そうなるだろうなと思ったので、これには特に抵抗せずユーリを連れて登城する。


「言いたいことは分かるね、ヴァレリアーナ?」


「まあ、そうですわね。大なり小なり今の公爵家があるのは、この子のおかげではあることは認めましょう。……少々口が軽いですけれども」


 それはまさしく引き抜き工作。あるいは、私付きの女官にでもして、以後は王家にもその恩恵を渡す必要があるということだ。



 ――そう、予想した私であったが、グレゴワール様の発言はその更に上を行った。


「……うん、まあ、そうとも言えるが、それが本題ではないね。

 いや、実に見事だユーリ・カトウ。先を見据えた差配と公爵家の内政と軍備の両面に貢献した其方の功績が凄まじい」


「……ありがとうございます?」


「――ただ、これだけの知見を一介のうら若き女性が持つことなどあり得ない。

 ……君は転生者だね? それもこの国よりも遥かに進んだ技術を有する国家の出自だ」


 ユーリが転生者であるという本来であれば荒唐無稽な話を、グレゴワール様から切り出した。

 驚愕で口を開けたり閉じたりしているユーリの代わりに私が話を進める。


「……何故、分かったので?」


 無暗に否定するよりかはグレゴワール様が手に入れた情報を引き出そう。


「いや……うん、君も王族の一員となったのだから話しておくか。

 何、単純なことだ。別の世から人を召喚する術は、代々王家で管理していた……それだけのことだよ。

 召喚するのだから、てっきり我等よりも遅れた国々の民を呼び出すものだと思っていたし、長年そうした身寄り無き者を厚遇して近臣に仕立て上げるのを目的としていたのだが……。

 どうも其方の一代前の召喚の際に、召喚と疫病蔓延の時期が重複すると分かってね。中止したはずだったのだが、数年かけて廃棄していた南部辺境伯領の施設が誤作動を起こして同じ世界からもう一度呼び寄せてしまったらしい」


「……南部辺境伯領」


「あ、成程。だから私の召喚で疫病が起こらなかったのですね、前回こちらにやってきた転生者が同一世界から来たからこそ、免疫が出来ていたと」


 南部辺境伯領に突如現れたユーリの真相が、ただの不始末であったなんて。そして、疫病の蔓延が自身で発生しなかったことに納得をするユーリ。着眼点がまるで違う。


「あ、でも。それならどうして私は放置されたのですか?」


「慣例であれば王家が保護する手筈ではあったのだけれども、そもそも廃棄設備の誤作動が大分後だからね。気が付いたときには、君はもうヴァレリアーナの庇護を受けていたから無用に手出しをする必要もないと思っていた。

 まあ確実に君が転生者だと確信したのは、新金属が出回りだしてかな?」


 つまり、廃棄していた設備が何らかの誤動作を起こしたその瞬間には、王家は事態を把握していなかった。それで異常が後々発覚して調べてみれば召喚が行われた形跡はあったが、そのタイミングでは最早見当が付かない。

 そうしたらコレット関連でユーリに疑惑がかかったが、逆にユーリの足跡を掴み切っていたわけでもないので、確信したのは未知の金属を出してきたタイミングで物的証拠でもって確信に至ったと……。

 おそらく、ユーリが全面に功績を表沙汰にしなかったし公爵家としてもさせなかったこと、更に身分的にはあくまでも彼女は『道化師』であり続けたから発覚が遅れたのである。


「……で、グレゴワール様は、ユーリをどうするので?」


「うん、それが問題だ。王家で庇護とは言っても、別にヴァレリアーナ自身が王族となる以上は本当に今更な話でしかない。

 ……けれど。これは事故であるには違いない。被害者である其方が望むのであれば、元の世界へと帰還させることも出来るけれども、どうするかい?」


「……元の世界に戻れるのですか?」


「……そりゃあ、ね。人を召喚出来るのだから送還も出来るようにしないとね。呼び出される人間が必ずしも善良な者ばかりではなく、我等の手に負えない可能性もある以上、送り返す手段は持っておかないと」


 ユーリが帰る。その可能性は全く考慮していなかった。

 彼女の転生者という発言を疑っていたわけでもなかったが、仮にそれが嘘であったとしても公爵家に結局自家の人間を寄越さなかった時点で身寄りのない人物であることは確かであった。だからこそ、ある一時から彼女を直接私が断罪しなければ一生涯公爵家に仕えるものだとずっと考えていた。


「……ユーリ」


 しかし、ユーリはここに至ると冷静であった。


「グレゴワール王太子。確認をしてもよろしいですか?」


「何だい?」



「……封建法第十六条四項。『婚約成立時に婦が受領していたないしは結婚後に婦の所有となる封土は、婚約期間中直ちに夫の財産とする』。


 この財産に家臣――人は含まれるのでしょうか?」



「詳しいことは実務担当者に聞かねば分からないが、まあ含まれないと思うよ。

 そもそもその条文をそのまま読めば、『封土』――つまり領地しか夫に譲渡はされないしね」


「ありがとうございます。ではお嬢様、ヴァレリアーナ・ファブリシア公爵令嬢」


「な、何かしら? 道化師・ユーリ」



「……どうやら私の使用者は結婚後もお嬢様のようです。

 私を道化師として雇用したのはお嬢様なのですから、お嬢様が雇用を継続すると申されるのであれば、契約更改をするのは吝かではありません」


「わ、私は――」




 道化師雇用の転生者~悪役令嬢は異世界人を臣下としたようです~


 了

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[一言] 楽しいお話有難うございました! 今後の御活躍を期待いたします!
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