第13話 ヒロインと道化
「どうだったかしら、セバス?」
「……コレット様の人別帳を管理していたのは、件の修道院でした。更にその修道院長名義で数年前に王都の人別帳の照会を行っている形跡がありました。
……まあ、ユーリ殿が言うように……これは黒でしょうな、お嬢様」
これでコレットが自分自身の力で一度カトゥー家の系譜について追うことのできる教会人別帳を集めていたのはほぼ確定か。
教会側にはファブリシア公爵派の枢機卿が居るからこそ、彼が私達の意のままに動くため、詳細を説明せずに資料を要求したから生じた齟齬だ。
当時のカトゥー家当主と関係を持った娼婦から系譜を辿る……枢機卿へ与えた依頼はそれだけであったから、それらの資料がどこに置いてあったのか、管理状況はどうなっていたかなどは気にも留めなかった。
そしてその人別帳を集めた段階で、修道院側は持ち出しがされたことは分かるだろう。コレットが修道院を掌握していたとするならば、既にその時点で我々公爵家の行動は露見していたのである。
また、もう1つ考えなければならないことがある。コレットはあれ程、自身がカトゥー家の出自であることを抹消したがっていたのにも関わらず、自分自身の力で人別帳を手元に集めたときにはそこで改竄を行っていないのである。
……本当にそうなのだろうか? むしろ先に改竄を行っていて、そこにファブリシア公爵家の改竄記録を上書きすることこそが真の目的であったのではなかろうか。
同じ資料に2重で改竄を行ってしまえば、改竄が行われた事実が露見しようともそれら2つの改竄を分離することは難しい。
ただ、その場合においても服毒する理由には足らないように思える。
……聞くしかないか。
*
「あはは……辿り着いちゃいましたか……やっぱりファブリシア公爵家ともなれば気付いちゃいますよね」
子供が悪戯をバレてしまったかのように無邪気に笑うコレットだが、この子はそうやって無垢にしているときほど恐ろしい。顔色ひとつ変えずに致死性の毒を飲むのだから。
「……こちらも随分と回り道をしてしまいましたけれどもね。最初からあの道化師の言をもう少し聞き出していれば、こんな目には遭いませんでしたもの」
「……あ、やっぱりユーリ嬢は気付いていました? 道理で公爵家とユーリ殿の間で話のずれがあると思っていたのですよね。
この土壇場で話を零すのだから、ヴァレリアーナ様もユーリ嬢もつくづく運が向いている、そして私も……」
そこでコレットは一旦言葉を区切る。
「……で、曲がりなりにもここで話に応じてくれたのだから、話す気はあるのよね?」
「そうですね。どこから話しましょうか……。
確かに、私達の下で、教会人別帳の書き換えは行っています」
……私達? 複数人だが、これは修道院のことか?
気にはなったが、先に聞くことがある。
「それは、どの辺り?」
「偽装されているのは死亡年ですね。カトゥー家に連なる人物が私だけになるように、そして300年間もの間不自然な相続が行われていたかのように見せかけるものです。
とはいえ、私の両親が既に死没しているのは真実ですし、私にカトゥー家の血が流れているのも改竄前原本を信用するのであれば真実でしょう」
「つまり、カトゥー家の血縁は誰かの下で徹底的に管理されていたわけではないってことかしら?」
「……半分はその通りです。正確に言えば拡散したカトゥー家の血縁関係者の中で私が捕捉されていた、ということですね。おそらく他の血縁者も探せばいるとは思いますよ、当人にその自覚は無いとは思いますが」
あたかもカトゥー家の末裔が自分だけになるようにコレットは人別帳を書き換えていた。
つまり、謎の勢力によってカトゥー家の血統が調整されていたという前提が崩れる。
「……でも、コレット。古い血筋に囚われて生きるのはうんざりだと、あなたは王家に不満を持つ者らの体のいい旗頭だと、そう言ったわよね? それは嘘、ということかしら?」
「それは誤認……いえ、私が意図的に誤認させた部分ですね。
カトゥー家の血筋が反王家を掲げる人間にとって使い物になる……というのは正しいです。
ですが。ヴァレリアーナ様は1つの可能性を見逃しておりました。私――カトゥー家の血統が反王家の旗頭として活用できると、最も正しく認識していたのは――
――王家そのもの、だったのですよ」
……そういうことか。
王家とコレットが繋がっていた、しかも最初から。だとすれば、色々と見えてくるものがある。
これは、完全にしてやられた。
*
「――ということは、人別帳も、妙に貴族教育の不充分なコレット自身も、南部辺境伯様の領地からすんなりと出てきたのも、全部王家の制御下の動きであったから、ということね?」
あくまで確認の体を取ってはいるが、もうこの辺りはほぼ既定事項となるだろう。
人別帳。これに手探りを入れた時点でコレット陣営に確実に捕捉される言わば見せ札だ。しかし、その見せ札を手にしない限りコレットがカトゥー家の末裔である確証は得られない。
貴族教育が全くなっておらず紅茶の飲み方の作法などを始めとして全くの不出来だった点。平民という部分で警戒が薄くなってたが、そもそも彼女の有する知識水準を考えれば作法なども手に入れることは出来たのだろう。それを意図的に除外していた。何故か?
コレットの価値を見出し彼女を利用しようとする貴族が、まず真っ先にコレットに対して恩を売ることが出来る部分――これを敢えて残されていたのだ。
南部辺境伯様の領地に居たという部分も、王家ぐるみでの行動なのだから、王族に程近い辺境伯様であればその隠れ蓑とするのにはうってつけなのである。そして、元からコレットを他領へ明け渡すことが目的なのだから、妨害行動などというものが起きるはずもない。
「その通りです、ヴァレリアーナ様。そしてその謀略の糸が絡みついた私を拾い上げたのが……」
「……我がファブリシア公爵家というわけね。
私達があなたを拾い上げなかったら、どうなっていたのかしら?」
「見出した貴族家が、現在のファブリシア公爵家の権勢を削ることのできる対抗馬と成り得る存在であれば、王家の命で私はヴァレリアーナ様と全面衝突することになったでしょうね」
つまり、今まで一貫としてコレットを公爵家に組み込むように動いていたあの道化師が結果的に最も未然に危機の目を摘んでいたこととなる。
「だとすると、あなたを猶子にしようとした時点で王家側の策略は破綻しているのではなくて?」
「まあ、そうですね。……というより、最初に私の存在に気が付いたのがファブリシア公爵家の時点で破綻はしていたのですが……。
王家側でも色々と意見が二転三転して、最終的には私がファブリシア公爵家の領地を差配できる立ち位置に収まるということになったので、それならそれで良し、ということで現状があるということですね。
そもそもがファブリシア公爵家の権勢を削ぐのが目的だったのですが、公爵家そのものが王家に近くなるのであれば力を削ぐ必要が無いという判断です」
「そこまで本音を明け透けに話していいものなのかしらね……」
「ええ。既に私は、あの日服毒した薬でもって王家よりかけられていた従属化の呪いは外されていますからね。何を証言したとしても、私の虚言として処理されることでしょう。
……そこまで踏まえての薬師・コレットの死亡とファブリシア公爵一族の娘としての立ち位置確保だったのですから」
我々を盛大に騙して大立ち回りを見せたあのお父様との茶会の中での服毒も、裏を返せば王家の紐付きであったのを断ち切る作業であったのか。従属化の呪い、まあそれがどの程度の効力を発揮していたのかは私からはあまり見て取れなかったのだが、それでも王家から距離を取れたという意味では彼女にとっても……。
「……あら? 王家からすれば、あなたが従属している状態で領地を差配した方がよろしいのでは。何故、わざわざ解呪などを施したのか……」
「あ、それ私の独断です。本来解呪方法なんて無いのですけれども、仮死状態まで持ち込むことで呪いが外れるらしいのでちょっと試してみました」
ちょっと、この子。何お茶目したみたいな顔でとんでもないこと語っているの。
普通に王家に反旗を翻しているじゃない。
「……そんな簡単にやってしまった、で済む話じゃ……」
「まあ、王太子様にはこっぴどく怒られましたけれどもね。そもそも王家には呪いの掛け直しをすることは出来ないので、実質的にはお咎めなしみたいなものですよ。
これを機に私のことを殺せだとか、軟禁しろだとか意見が近臣らから出ていたようですが、王太子様が叱責を代行するという形で収まりました。
元々王太子様は乗り気では無かったようですし。――カトゥー家の呪われた血を利用した反骨心のある貴族の炙り出しと、ファブリシア公爵家の追い落とし工作は、ね?」
さらっと繰り出される新事実の数々。
つまりコレットはグレゴワール様と直接面会出来る程には王家内部に浸透していた、と。
そして王太子様の反対だけでは事態は止まらないレベルの策略をユーリの思い付きとコレットの自爆染みた解呪手法によって水泡に帰して、その隙を利用して王太子様が全てを収拾なされていた、と……。
更に、カトゥー家の血が呪われているという部分にも齟齬があった。私はそれを謀叛人であるという一面でしか見ていなかったが、コレットの発言には『王家によって従属化の呪いがかけられた血統』という側面が背負わされていた。とんだ王家の切り札である。
何も知らずにコレットがカトゥー家の末裔とだけ知った私達以外の貴族家が仮に私と王太子様との婚約破棄を成し遂げたとしても、結局コレットは王家によって従属化を施されているために、何ら意味がない。どころかコレット本人の資質で下手をすれば反王家の気風があったであろうにも関わらず王家に飲み込まれるだけであった、とそういう絡繰りであったわけだ。
それら一連の謀略の糸を未然に防いだのは紛れもなく、あの道化師・ユーリの功績。そして、その動揺にかこつけて謀略の前提である呪いそのものはコレットが自身で打破して、私が気付いた今の段階では何もしていないも同然なのに全てが解決していた。
……これでは、私こそが道化ではないのか。
*
「そんなことになっていたのですね、お嬢様。
……いやあ、ゲームシナリオでは語られなかった部分がそういうロジックになっていたとはなあ……、やっぱりヒロインってだけはあるのよね、コレットさん」
「ユーリはいい加減、その考えていることが全部口に出る癖を直した方が良いと思うけれど……」
だが、彼女の言葉の零し癖が無ければ気付かない問題でもあった。そういった意味ではある種感謝はしている。
「……で、改めて考えてみると。確かにお嬢様の手を離れたところで事態は推移していましたね。いや、コレットさんを手中に収める判断をしたのはお嬢様なので十二分に役割を果たしたとは言えるのですけれども」
「今更、世辞で取り繕わなくても良いわよユーリ。
結局のところ、王家の手玉に取られて、その王家はコレット1人に弄ばれて、全てを丸く収めたのは我が婚約者である王太子様であらせられるグレゴワール様。
内助の功を影ながら拾うのが、婚約者としての正しい在り方なのでしょうよ」
割とぶっきらぼうな言い方になってしまったが、まあ不満はある。
すると、そんな様子を察したのだろうかユーリはこう告げた。
「……1つ提案がございます」
「ユーリからの提案はいつも突拍子の無いものであったが……聞こうか」
「お嬢様の結婚式。――公爵家が主催出来るのは返礼晩餐会でしたよね?
……そこには王子は勿論、コレットさんも次期公爵家当主候補として顔を出す必要があるかと思います。
――そこで意趣返しをしてみてはいかがでしょうか?
無論、武具や謀略などを用いずに。公爵令嬢らしく歓待の心でもって反撃を試みるのです」




