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第1話 公爵令嬢と法学知識チート


「どうですか、お嬢様!?」


「うーん……駄目ね。確かに的には当たっているけれども、わずか5の距離でここまで逸れるのでは使い物にならないわよ」


 雷鳴の如き轟音が大地に響いたと同時に、大皿程の大きさの木の的の隅に埋め込まれるようにして、まるではじめからそこにあったかのように突き刺さる鉛の小さな球体。


 魔導師の杖程度の長さであろう、武骨な筒が今、私の眼前で見せた光景である。


 ……正直、音には驚いた。けれども、それだけだ。

 いくら試作品とはいえ、5歩の距離から放って狙いが正確でないのであれば武器として話にならない。その距離まで近付くのであれば長槍や投げ槍の射程範囲だ。当然遠隔攻撃手段たる弓や魔術とは比較にならない。


 ちらりと、発起人たる彼女の顔を見る。

 黒き髪に黒き瞳。北方の異民族がそのような見た目をしているという噂があり探りを入れてみたが、主だった部族の有力者に彼女と同世代の娘で失踪した者が居た、という情報は手に入らなかった。


「まあ……そうですよね。硝石も硫黄も値が嵩んだから調合した火薬は未熟で初速も大したことないし、ライフリングも施せない。それに球形弾では空気抵抗があるから尚更命中精度に難が出るのは分かっていたことではあるのですけれども……」


 何やら問題点を早口で呟きながら私の意見に追従する彼女。……この言葉だけでも、彼女を私の臣下――『道化師』として雇用した価値があるというものだ。



 そんな……道化師との出会いもまた、それなりに衝撃的なものであった。




 *


「何……カトゥー家を名乗る者が門前に居る? 正気か、セバス?」


「ええ、どうやらそのようで。遥か西国の地で用いられている銅鏡、その材料を当家に売りたい、とご客人はおっしゃっておりますが。……追い返しますか?」


 カトゥー家と言えば、王国の樹立時に謀反人として一族もろとも処刑され、もう三百年程の昔に断絶している家系だ。今更そんな古の貴族家の名を持ち出されても、出自を騙る詐欺師ですと自己紹介しているようなものではないか。


「……いや、待て。確か領内の商人らが、異国の貨幣を変わった風貌の女から入手しているという話があったな。あれも、銅鏡の材料というお題目ではなかったか」


「はい。おそらく商人めに、異国の貨幣を売りさばいていた者と同一人物でしょう。我が国では見慣れぬ装束を身に着け、黒髪に黒い瞳であるが故」


「間者にしては、あまりにもお粗末だが……。もしかして、他国の逃亡貴族が偽名でも名乗っているのか? ……ともかく、会ってみるか。迎賓室は兵で囲んでおけ」


「かしこまりました、お嬢様」


 さあ、一体何が出るかな……と、私は好奇心と警戒心を同居させ、その『客人』の到着を待った。


 ……が、扉が開けられ入室した第一声で早々と私は間者の可能性を切り捨てることとなる。



「ごめんなさい、ごめんなさい! カトゥー家では無く加藤……カトウです!

 紛らわしいですけれども、ヴァレリアーナ・ファブリシア様を前にして偽名を名乗るのもどうかと思ったので……」


 カトウ……? 聞き及ばない家名ということはやはり他国の者だろう。念のためセバスに目配せしてみると彼も静かに首を横に振った。先々代から仕えるセバスも知らない家名か。

 そして、目立つ黒髪だがそれ以上に異彩を放っているのは服装。


「いや、家名を取り違えてしまい大変申し訳ない。

 浅学菲才で申し訳ないが、貴殿の家のことを知らなくてね。よろしければ下の名と……あとその服装について教えて貰えないだろうか」


 相手の家格は分からないが、こちらに様を付けた時点でファブリシア公爵家を上に見ていると判断した。故に初対面で少々無礼かもしれないが、相手の雰囲気に合わせてみることとした。……第一声があれではひどく緊張しているのが見て取れたから話せることも話せないだろう。


「あっ、はい! 悠莉……私は加藤悠莉と言います。南部辺境伯様の領地を通ってきました。

 それで、えっと服ですね、はい……セーラー服、じゃ通じないか。学生服もこの世界の学園は指定の制服は無かったな……。


 あ、すみません。軍服、のようなものです。とはいえ戦闘用ではなく、式典や儀礼用も兼ねた普段使いの服ですけどね」


 ……ほう。軍服と言ったか、この娘は。しかも戦闘用ではない、と。

 確かに貴族も騎士も戦場に赴く際に防具などは身に着ける。だがそれらは自費負担であるため、赤備えなど余程の場合でない限り統一した兵装を持つことは無い。

 それを非戦闘用で統一するとは。彼女の言が真実であれば没落貴族の線も薄くなった。


 それを皮切りにいくつかこちらから問いかけをした後に、本題である銅鏡の原材料たる貨幣の話に入る。


「ふむ。……一見ではこれが銅と言われても信じられん。輝きは違えど銀に似ているわね。……それにしても随分と精巧な硬貨だな。……ここに描かれているのは、花か?」


「ええ、桜桃おうとうの花です。我が国では普遍的にみられる花なので象徴として貨幣に刻んでおります」


 桜桃か。森の中に自生しており、時折エルフらが作成した砂糖漬けが高値で出回るくらいだ。そしてユーリと名乗った、この娘はそのまま話を続ける。


「それで、この色なので銀貨の代用品として用いております。白銅……これは銅を三分にニッケルを一分の割合で混ぜれば作成できますが、似たような光沢は青銅で錫の含有量を増やしていけば再現できると思いますよ。強度は損なわれるでしょうが」


 ちょっと、ちょっと! この子何さらっと機密に近いこと口走ってるの!

 私やセバスはおろか、周囲を囲んでいる兵すらも盗み聞きしながら絶句しているじゃない!


「……つ、つまり西国で用いられている銅鏡は、錫が多分に含まれた青銅器だったというわけなのね」


「ええ、その通りです。ですので、この貨幣と銅鏡が同一の物質ではないのですけれども……」


「ああ、皆まで言わなくても分かっているわ。路銀を集めるために商人らには口八丁で売ったけれども、それを黙っていて欲しいのね?」


「……はい」


 ……まあ。仮に彼女の話す銅鏡の知識が全て紛い物であったとしても怒る商人は一人も居ないだろうに。外国産の素材も分からぬ謎の硬貨。美術品として売りさばけば商人らが元を取ることなど容易に違いない。

 問題は、ちらりと彼女が口にした『ニッケル』なるもの。話の流れから冶金に用いられる金属なのだろうが、全く聞き覚えが無い。


 それは、つまり金属精錬技術がこのユーリの出身国よりも劣っている、ということで。そのことにセバスも気が付いたのか彼女の出身国について探りを入れる。


「成程。実に素晴らしい技術をお持ちなのですな……貴殿はその銅鏡のある西国の出で……?」


「えっ!? ……その、えっと……。そ、そうですね……。西国の出身な、なのかなー……なんて……」


 露骨な程に嘘を付いているのが丸わかりである。……ちょっとからかってみますか。


「羨ましい限りだわ。西国とは通商がある故、そのような優れた冶金技術と貨幣鋳造技術を新しく手に入れたことを褒め称えなくてはなりませんね。

 ありがとうございます、我がファブリシア公爵家が流行も追えぬ時代遅れの烙印を押されずに済みましたわ」


「あっ……あの、えっと……、ごめんなさい。……西国の出身ではありません。

 その……何と言いますか……あっ、東! そう極東の辺境の出身です! 嘘じゃないです!」


 ……うん、まあ彼女の話すことが真実だとして。

 北方民族の特徴を持った東国出身の彼女が西国の銅鏡の製法を教えに南の辺境伯領からやってきた、と。


 ――あまりにも胡散臭すぎる。



 まあでもそれを言い出しては元も子もないので話を進める。当然後から彼女の足跡そくせきについては裏を取るつもりだ。


「それで、貨幣を売りに来るために我が邸を訪れたわけではないわよね?」


「……御見通しでしたか。身の回りの物を売り払いながら生活するのは限界で、もし可能であればファブリシア公爵家でお仕事を探しているのですけれども、何か無い……ですかね?」


 まさかの仕事探しであった。

 別にわざわざ我が邸まで来なくても、ここまでの道中で働く場を探せばあっただろうに。

 ただし、ここまでの会話で彼女には一定の価値があることは分かった。


 適当に友人にでもなると言って衣食住の保障をして、彼女の持つ知識を搾り取った後に放逐するということが即座に浮かんだが、そのとき私は酔狂にも一つ問いかけをしたのである。


「そう……ねえ。貴族家の本邸である我が家で身元が不確かな貴方を雇うとしたら、それ相応の無理を通さないといけないのだけれども。

 ……今。現時点で、貴方が私の役に立つことって何かあるのかしら?」


 正直回答への期待は全く無かった。せいぜい公爵家の運営上面白い話が聞けたら及第点として、戯れでたまに家に呼びつけ話をさせるくらいが関の山だと思っていた。


 それなのに。



「……封建法第十六条四項。『婚約成立時に婦が受領していたないしは結婚後に婦の所有となる封土は、婚約期間中直ちに夫の財産とする』。

 そして相続法第二条。『封土の運営は原則土地所有権を有する家長が執り行う。ただし、止むを得ない事情で家長が所領の運営を行えない場合、土地相続権を有する近親者の代行が認められる』。


 既に王家との婚姻が成立しておりますヴァレリアーナ・ファブリシア様が今のように領地の差配をしておりますと、ヴァレリアーナ様に公爵領全土の相続権が与えられていると解釈でき、その場合公爵領は王子との婚姻を破棄しない限り王領として取り扱うことが法的には可能です。

 ……と、この部分をヒロイ、いや……政敵に叩かれて、婚約破棄か封土の返納をと難癖を付けられる危険がございます」



 私は、彼女を公爵家……いや自身の子飼として抱え込むことを決意した瞬間であった。

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