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3分読み切り短編集

大人の女性

作者: 庵アルス

 スーツに身を包んだ女性が、バーカウンターで優雅に脚を組んでいる。隣には恋人らしい男性。

 注文したカクテルが差し出されるのを、「Thanks(ありがとう)」と軽く受け取り、けれど口を付けずに溜息を吐いた。

 やおら、細いタバコを取り出す。長い髪を耳にかき揚げてから、ゴテゴテとしたライターで火をつけた。タバコの先端が赤く灯る。

 艶々とした唇で挟み、女性は深く目を瞑る。ゆっくりと息をしたかと思うと、ふうっ、と煙を吐き出した。紫煙がくゆり、彼女の横顔に憂いを醸し出す。

 恋人の男性はしばし彼女を見つめていたかと思うと、唇に視線を移し⋯⋯数秒の後、黙って奪った。角度を変えて、何度も何度も⋯⋯。

「――――――――!」

 そこで私は恥ずかしくなって、DVDの再生を止めた。

 隣で彼が呆気に取られている。

「あ、止めるんだ」

「だって、だって、こんなんだって知らなかったから!」

 彼と付き合ってから、それほど経っていない。今日はそんな彼を家に招いて、映画鑑賞おうちデートだった。

 私は英語のリスニングの勉強も兼ねて、事前に洋画を借りていた。キャリアウーマンが主人公とあったので、深く考えずに借りたのだが。

「なんで借りたんだ」

「ビジネス英語が出てくると思ったから!」

「昔の映画でそんなの出るわけないだろ」

 彼は呆れた様子でコーヒーを飲んだ。

 私は悶々とクッションを抱きしめた。

 彼は年上である。今の映画のキスシーンも、彼は平然と見ていた。だが、私は想像しただけで顔が熱くなり、こちらが恥ずかしくなるほど。

 彼と違って、私にはなんの余裕もない。

「⋯⋯さっきの女優さんセクシーだったね」

 他の話をすればいいのに。私は自分を追い込んでいる。

 彼が、ああいう女優さんみたいな人がタイプと言ったらどうしよう。お前には色気がないとか言われたらどうしよう⋯⋯。

「色っぽくタバコ吹かしてさ、大人の女性って感じ」

 あれならキスしたくなるのもわかるなー、と私は映画の前に淹れたコーヒーに口を付けた。妙な生々しさを持った妖艶さが、頭にくっきりと残っている。唇に触れるコーヒーのぬるさが、なんだかくすぐったい。

 しかし、彼の返事はあっさりしていた。

「俺はわからないな」

「え?」

「俺喘息持ってるからタバコ嫌いなんだよ」

 拍子抜けする反面、安心した自分がいる。

 非喫煙者でよかった。

 私があまりに間抜けな顔をしていたのだろう、彼がニヤリと笑った。

「大人になりたいならいいこと教えてあげよう」

「な、なに⋯⋯?」

 彼はふふっと笑みをこぼした。仕方ないなといった、どこか挑発的な笑い方。

 私の中でカッと火が点く。それは怒りであり、羞恥心であり、また危険な好奇心でもあった。

 彼は視線をゆっくりと、ダイニングのテーブルに向けた。

「出した物は片付ける、これだけでだいぶ大人な女性になれるぞ」

 テーブルの上には、棚から出したままのインスタントコーヒーの瓶が、淋しげに鎮座していた。

2020/11/06

カフェオレにしようとして出した牛乳も、仕舞うの忘れがち。

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