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四月十二日 格技場②

 白石さんの独壇場で始まった新入生オリエンテーションは、滞りなく進んでいた。


「うーん。良くなってきましたが、更に良くなると思います。だからもっと声を出しましょう」


 校歌練習にて、白石さんは新入生達に随分と執拗に合唱をやり直しさせていた。テスト勉強だったり恋仲関係への要求だったり、基本的に高水準の要求値を誇る白石さんだが、こと音楽に対しては更に一層要求が高くなる。早朝、僕と同じように博美さんのトランペットを聞くためだけに早朝通学したり、とにかく音楽に対しての妥協だけは認めるつもりはないらしい。

 ただ、新入生の顔を見ると不満そうな様子はない。白石さんがうまく新入生のやる気を引き出した結果なのだろう。


 でも僕はそろそろ疲れた。少人数で前に出て歌う都合上、生徒会メンバーは一層大きな声で歌うことを要求されている。疲れないはずがない。


「よし。とても素晴らしくなりました。是非、次の全校集会では上級生達を見返してやりましょう」


 やっと終わったー。

 述べ十四度目の校歌合唱の末、ようやく僕達は白石さんの要求水準に達することが出来たらしい。

 やり遂げた感を出す白石さん、他生徒会メンバー、そして新入生諸君を尻目に、僕は大きめのため息を一つ吐いていた。


「では、次に校則の説明の方をさせていただきます」


 新入生が着席すると、白石さんは凛とした顔で説明を開始した。僕と白石さん以外のメンバーは、持ち場に向かって歩いていった。

 白石さんの隣まで移動すると、彼女と視線がかち合った。

 微笑む白石さんに、僕は苦笑していた。


 白石さんは持参するように伝えていた生徒手帳を取り出すように新入生達に促した。既に白石教教徒に堕ちた新入生達は、言われた通りに生徒手帳を開いていた。


 しばらく、白石さんが時たまアドリブを挟みながら校則の説明をしていた。我が校は、都内でもそれなりの進学校のわりに校則が厳しい。

 髪の毛の長さは男女別で規定されており、男子は耳が見えなくなるまで髪を伸ばせば処罰の対象になる等、昨今の学校事情に詳しくない僕でも、中々厳しいものだなあと思わされた。

 特に、先ほどの白石さんの話でもあったが、この学校が染髪禁止なのには驚いた。というのも、去年僕はある事情から文化祭で白石さんやカメラを回す堀江さん達とバンドを結成しライブを行ったのだが、一人夏休み中に髪を染めていたベース担当がいたのだ。

 彼女、それから今でもたまに会う度に髪を黒色に染め直していないのだが、あれって校則違反だよな。黒寄りの茶色だから何も言われないのだろうか。というか、何も言われないからって直さないのは駄目だろう。ギリギリでいつも生きていきたいんだろうか? ああ。

 なんて、昨今の子に話したら再びジェネレーションギャップを感じそうな話題が脳裏に浮かんでは消えていく。


「鈴木君?」


「は、はい!」


 そんな他愛事を考えていたら、隣に立っていた白石さんに呼ばれた。気付けば、話し始めた頃より少しだけ距離が迫っていた。


「あなたの番よ?」


「え、ああ。そう。えーと……あっ」


 慌てて生徒手帳をペラペラと捲っていたら、手から手帳が滑り落ちた。慌てて手帳を拾っていると、新入生達から笑い声が漏れた。

 ほら、僕ってお茶目だろ?

 新天地で緊張する新入生達を解してやったのさ。やんややんや。

 ……白石さん、そんなに睨まないでくれい。


「はい。今の貴重な映像です。皆さんしっかり脳裏に焼き付けておいてください」


 ふざけたように言うと、新入生達から笑い声が消えた。こっちは滑るんかい。この子ら、手厳しいな。

 そして、白石さんはそれはもう冷たい目で僕を見ていた。本気で怒らせてしまったようだ。


「はい。では説明させて頂きます」


 こうなってしまえば、もう後の祭り。さっさとこのオリエンテーションを終わらせて、白石さんに再びお灸を据えてもらおう。

 気を取り直して、僕は淡々と残りの校則を説明した。完全下校時間を説明した時には、どこかからか「え、結構帰るの早いんだな」と声が漏れていた。大丈夫だ。大体皆、練習後にはどっか寄り道して、結局かなり遅い時間に家に帰るから。

 というか新入生達、結構真面目に話を聞いているんだな。


 白石さんに触発されたからなのかは知らないが、その空気を乱してしまったことは少しばかり申し訳なく感じた。

 少しだけ僕も真面目にやろうと思ったのも束の間、心を入れ替える間もなく、一通りの説明が終わってしまったのだった。

 

 目配せして白石さんに伝えると、彼女は一つ頷いて、


「ご静聴ありがとうございました。さて、残りの時間も少なくなりましたね。どうせだから、皆さんの身だしなみ確認を最後にしましょうか」


 微笑みながらそう言った。

 新入生達がざわめきだした。多分、身だしなみが整っているか少しだけ不安なのだろう。


「大丈夫です。あたし達の目から見て問題がないか確認するだけなので。もし問題があっても怒ったりしません。次の対先生の時までに直さないと怒られちゃいますけどね」


 アハハ、と新入生達が沸いた。感受性が豊かな子達ばかりだなあ。


 そうして、しばらくの準備の後、生徒会メンバーによる新入生達の身だしなみ確認が始まった。

 全六クラス三十人編成の新入生のクラスに対して、生徒会は二クラスの同性生徒を確認する手筈になっていた。


 僕と白石さんは、一、二組の男女を各々担当する手筈になっていた。


「ちょっと髪が長いな。空いたら誤魔化せると思うよ」


「先輩、さっき滑ってましたね」


「うっせえ。覚えておけよ。先生に告げ口してやっからな」


 早速新入生からも、僕はいじられキャラとして扱われていた。でも、年下相手には強気な僕であった。笑いながら言ってやった。ろくでなしだな、おい。

 ただ、その生徒は真に受けずに「そりゃ困ります。頼みますよー!」なんて笑っていたのでセーフ。だからこれはパワハラではない。断じて。


「えー、白石会長。鈴木先輩と付き合っているんですか!?」


 なんて男子同士でじゃれ合っていたら、女子陣営から黄色い声が漏れていた。


「エヘヘ。そうなの。エヘヘ」


「えー、そうなんだー。へー」


 僕に対する女子の目が好奇の視線に変わっていた。こういう時は無視するに限る。すっかり恋愛脳状態と化した白石さんは放って、僕は男子陣の身だしなみ確認を進めていった。ただ、そこからは幾ばくばかりの妬みのような視線が混じりだした。こいつら、わかりやすすぎませんか?


 それでも特に支障をきたすことなく身だしなみ確認を進めていった。


「先輩、白石先輩と付き合ったんだ」


 ようやく一クラス分の男子の身だしなみ確認が終わろうとしたタイミングで、最後尾の坊主の男に僕は話しかけられた。髪を確認する必要もないから手早く済ませたのに、絡んでくるとは意外だった。


「おかげさまで」


「へえ、野球も出来なくなったのにまだモテるんですね」


 坊主の癖に随分とねちっこい言い方をしてくる男だった。いや、ねちっこいと言うか、これは皮肉だな。

 この体の本来の持ち主、鈴木高広は、全国的にも通ならば一度は耳にしたことがあるような野球少年だった。それこそ将来はプロに進み、日の丸を背負って戦う姿を熱望されるような、未来溢れる少年だった。

 ただ彼は、その夢半ばで肩の怪我により選手生命を絶たれたのだった。それが理由の一端となり、自殺しようとしたところを僕が助け、彼と僕の体が入れ替わってしまったという経緯がある。

 未だに、鈴木君に対しては何故安直に死を選ぼうとしたのか、という思いは消えていない。しかし、こういう下世話目当てで絡む連中のことを思うと、彼の当時の心労も壮絶なものだったのだろうと思えて、少しばかり同情もしてしまう。


「まあね。根が真面目だからかな」


「はっ。野球しかしてないような人が何を言うか」


 坊主頭の男は随分と鈴木君の事を嫌っているようだ。まあいい。こんなところで喧嘩をするほど、僕は暇ではない。


「君、野球部に入るの?」


「えぇ、そうです。先輩の分まで甲子園目指して頑張ろうと思いますよ」


「そうかい。応援しているよ」


 適当に数度言葉を交わして、僕は坊主頭の彼の元を離れた。しかし、背中に突き刺さるような目線は消えなかった。

 ふと、彼の名前を聞いていなかったなと、僕は思い出していた。

 まあいい。

 きっと彼とは、この後絡むことは二度とないだろう。


 半分そうなって欲しいという願いもこめて、僕は脳裏で祈りを捧げて、二組の身だしなみ確認へ移るのだった。


そういやベースの山田さんを染髪させた記憶が蘇り、話に出した。

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