四月十二日 格技場①
昼休み、白石さんからお灸を据えられてからしばらくして、格技場に僕達は足を運んだ。昼休み中ということもあって、まだ新入生達は姿を見せていない時間だった。
僕達はこのオリエンテーション前の最終確認を兼ねて、カメラの設置位置や、持ち場の確認などを手早く済ませた。といっても、やはり説明することがメインの催し物なだけあって、事前準備はあまりなかった。
カメラは剣道部の練習用のスペースの脇に設置された。どんな具合だろうと堀江さんの様子を見たら、光彩とかをいじっていた。彼女、中々の通である。
オリエンテーションの際は、柔道部練習用の畳の上に新入生を座らせる予定になっていた。その辺は去年と同様である。
特に慌てることもなく準備と最終確認を終わらせると、新入生達が姿を現し始めた。エスカレーター式に進級してきた学生が多いからか、既に互いの関係は築かれている様子だ。おかげで、結構騒々しい様子の入場となった。
「各クラス毎に分かれて座ってください」
白石さんが声を張っていた。中々新鮮な光景である。
「何?」
新鮮味のあまり見惚れていると、こちらに向かい直され小首を傾げられた。
僕は頬を真っ赤に染めて、「別に」と言い、彼女に倣うように声を張り始めた。
しばらくして、だいたいの新入生達が畳の上で着席をした。が、やはり騒々しい。まだ入学して数日だと言うのに、どれだけ授業中の鬱憤を溜めていたのか。積り積った世間話をたくさん排出しようと、留まることなく話が続く。
生徒会一同は剣道部の練習用のフローリングに一列に並び、しばらく新入生達が会話を止める気があるかを見守った。
しかし、数分待てども彼らが黙る様子はない。
あーあ。こういうのは自ら気付いて黙らないといけないんだぞ。相手が学生だからとかそんなことは関係なしに、他人がわざわざ自分達のためにこうしてオリエンテーションを開いてくれたのだから、こちらの意思を尊重するのが筋ってもんだ。そういう態度だから君達は、これから僕の彼女にお灸を据えられるのだ。さっき僕もたっぷり据えられたお灸をな。
まあ、こういう場で学生が浮かれ気分になる気持ちもわからなくはない。学年で集まる場なんて、退屈でしょうがないもんな。でも、君達は将来そんな退屈なことがどれだけ恵まれていたかを実感するのだ。
社会に出れば、退屈になることなんて滅多にないぞ?
責任。怒声。悪夢。成果。
思い出すだけでも嫌になるような日々の記憶が蘇った。そういう記憶を思い返す度、僕はよく思ったものだ。ああ、退屈な時間を送りたい、と。
退屈な時間。すなわち無駄な時間は、大人になればなるほど少なくなる。大人は一つの行動に責任を問われ、一つの行動で足元を掬われるようになるのだ。
だから、これくらいの退屈な時間は我慢しなさい。こんな退屈な時間も我慢出来ないようであれば、君達は将来まともに生きていけないぞ?
……ブラック企業を推奨する今の僕の言い分は、恐らくこの時代ではハラスメントなのだろうな。
「静かにしてください」
白石さんの凛とした声は、格技場内に響き渡った。
先ほどまであれほどうるさかった格技場内が、途端に静まり返った。
「皆さんが静かになるのに三分かかりました」
定番である。
わざとらしく時計を見た白石さんが言った。
「皆さん、この場がどういうものか理解してますか?」
いやはや、白石さんは演技派だな。まるで怒っている風な声色だ。綺麗な顔立ちも合わさって、女優も目指せるのではなかろうか。
まったくやれやれまったく。彼女がハイスペックで困っちゃうね。
「この場は皆さんが騒ぐために用意された場ですか? 違いますよね。騒ぎたいなら放課後でもたっぷりと時間はありますので、その時間にしてください。そうであればあたしもとやかく言いません」
既に新入生の態度に鬱憤が溜まっているのか、担任教師達がうんうんと頷いていた。
その中の一人、鳳と目が合った。
爽やかイケメンスマイルを送る鳳に、僕はうんざりしたようにため息を吐いた。
「まあ、大半は中等部から進級してきた生徒ばかりだと思うので、校則の説明なんて今更必要ない、と思っているかもしれませんね。でも、あたしから言わせて貰うと、既に皆さんの制服の着方が乱れているのは明白です。教師の方々からもクレームが来ていることだってあるそうです」
というはったりだ。
授業の際に騒ぐ生徒を怒る先生ならいざ知らず、服装の乱れ程度でまるで小姑のように文句をつける先生はそうはいない。
「ただ、もしかしたら教師陣含めての指導不足による服装の可能性も否めません。そのため、今日はこうしてあたし達生徒会の面々から直々に皆さんの指導をさせてもらおうと思っています。
……ただ、皆さんは多分、こうも思っていますよね」
ん? こんなの打ち合わせであったかしら。白石さん、いつかの生徒会長選挙以来、すっかりアドリブをぶち込むことに快感を得られているようだ。
「自分達よりも上級生の方が服装が乱れているではないか、と。上履きを踏み潰したり、染髪をしたり、その他色々も。何で自分達だけそんなに口酸っぱく色々言われなければならないんだ、と」
まあ、そうも思うよな。上級生は下級生の見本であること、とはよく言われることだ。ここにいる新入生にしてみたら、上級生を見本にしてだらしない格好をしているだけだと主張する人は少なくないだろうな。
「だから、あたし達生徒会も今回、上級生達にもっとしっかりしてもらいたいと言う思いから、あそこにあるカメラを用意させて頂きました。
上級生が乱れているからと、あなた達もだらけようとしたら駄目なんです。むしろ、あたし達はあなた達と違ってこれだけ身なりをキチンと整えています。気品ある態度で学校生活を送っているんです、と映像に残して見返してあげましょう。
どれだけ彼らが乱れた生活態度かを知らしめてあげましょう!
ここで撮った映像は、学校新聞だけでなくどこかの全校集会のタイミングで全校生徒に周知させます。その時、上級生が自らの態度を改める機会にさせられるように。一泡吹かせられるに、ご協力をお願いします」
ペコリと白石さんは頭を下げた。
静まり返った場内にて、先陣を切るように僕は手を叩いた。続いてまばらに拍手が沸きあがり、最後には全体が拍手をしていた。
白石さん、考えたな。
ただ頭ごなしに叱りながら新入生に校歌斉唱させたり、校則確認させたり、身だしなみ確認をするよりも、こういう向こうから積極的に参加する形式をとった方が不平不満の声は減ることだろう。やる気も漲ることだろう。
カメラの件も、不真面目な態度抑制のために準備したこともキチンと伝えたうえで、後腐れがない手法で説明してみせた。
僕の彼女、なんて素晴らしいのだろう。
ただ、彼氏的に一つ心配なことがある。
白石さんのお辞儀の後の微笑で、数名の男子生徒の頬が赤く染まったように見えたのだ。何なら今も見惚れているね。
君達、彼女は既に彼氏持ちだからね。余計な憧れは抱かない方がいいよ?
そう。余計な憧れは抱かないでくれ。間違っても、頼むから僕の脳を破壊しようとはしないでくれ。頼む。お願いします。
ただどうやら、僕の抱いたこの不満は、この場に噴出出来ることはなさそうだ。そんなことしたら、またカワイイカワイイ白石さんにお灸を据えられちゃうからね!
一抹の不安を胸に抱きながら、オリエンテーションは進んでいった。
予約投稿すると話数は反映されないですが、文字数は反映されるんですね。
なんでこんなことを気にしているかというと。
相当ストックを予約投稿しているの、これじゃバレるねぇ。
順次出していきやす。