四月九日 教室
思い返せば怒涛の一年間だった気がする。
サラリーマンから他人の体に乗り移って二度目の高校生生活を送ることになり、横断歩道の設置や勉強会の実施など、学生相手に苦心しながら、自分の成果を上げていき。
そして、一人の少女に恋をして、契りあって。
一度目の高校生生活では味わえなかった『青春』とやらを、どうやら僕は手に入れてしまったようだ。
ただ、青春を掴んだ僕の一生はまだ終わらない。僕の使命は生きることなのだから。だから、恋をしても。成果を上げても。感情を爆発させても。
僕の物語は終わらないのだ。
そんな語りはどうでもいいわけで、僕達が無事二年生になって数日が経った。
「ふう」
入学式の準備、実施が終わったのも束の間、生徒会書記に任命された僕は、日々休まることのない日々を送っている。本当、ちょっとは休ませてほしい。昔の体の生活に比べたらまだましだけどさあ。これじゃブラック企業耐性だけが備わってしまうよ。あ、それは元々あるか。
恋仲である最愛(卍)の人、白石さんの命で昨年の冬に生徒会メンバーの仲間入りを果たしたが、どうにも年功序列的に下っ端に扱われる場面が多い。書記であるが故、議事録なんかをまとめるのはまだいいのだが、雑用も兼務させられたらたまったもんじゃないというのが本音だ。
ちなみに、恋人である白石さんは僕の上司にあたる生徒会長として、同じく日々忙しい時間を送っている。とはいえ、彼女は先輩も混じる中だが指示する立場だからか、あまり疲れている様子は見えない。彼女が疲れていないのであれば、彼氏的にもオールオッケーだね!
「鈴木君、疲れた顔しているけど、大丈夫?」
机に突っ伏し動かない僕を白石さんは心配そうに見ていた。嘘です。オールオッケーなんてとんでもない。少しは加減して。
「目の下、隈出来てる。寝不足なの?」
顔を起こすと、白石さんは心配そうに僕の目の下の隈をなぞっていた。なぞっても消えるものじゃないぞ。そして、こそばゆいから止めてほしい。ついでに、周囲の視線も痛いから止めてほしい。
一時期の彼女からは想像もつかないくらい、今の白石さんは親身だ。本当、いつかの地域活動の時には「他人なんか信用出来ないじゃない」とか言っていたのに、今やあの時のツンツンはどこへやら。少しだけ、当時の彼女が懐かしくもある今日この頃。
「……鈴木君、また余計なこと考えているでしょう?」
「余計なこと?」
親身な彼女のことも忘れ、物思いに耽っていると、白石さんは立腹しながら目を細めていた。こういう時の流れは想像に難くない。どうせ、僕が断罪される流れになるのだ。
だってしょうがない。僕は彼女に頭が上がらないからね。愛した女の子に優しくなるのは、紳士として当然の嗜みである。
「浮気者」
「誤解ですよ、誤解」
嘘である。
ただ尻に敷かれているだけだね。困った困った。
未だ立腹して頬を膨らませる白石さんに、僕は一つ苦笑をして見せていた。
「ごめんよ。正直ちょっと疲れていたんだ」
「そう。また、肩痛む?」
心配そうに眉をしかめた白石さんに、僕は微笑んで見せた。
「大丈夫大丈夫。もう慣れたものだよ」
「なら、いいんだけど」
未だ心配そうな白石さんに、僕は満足に上がらない肩を限界まで回してみせた。四十肩を発症した中年のようにぎこちなく動く肩は、端から見てもとても大丈夫そうには見えなかった。
「本当に、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
むしろ余計に心配させてしまったらしい。
まあ、大丈夫なのは大丈夫だ。
僕は本来のこの体の持ち主、鈴木高広のように、このオンボロな体を憂い、命を捨てることは決してしないから。
先にも語ったが、実は僕はこの体の本来の持ち主ではない。元々僕はサラリーマンをしていてのだが、偶然駅で自殺を図った鈴木君を助けようとしたところ、一緒にホームに転落。色々あってこの体で今は生きることになった身、というわけだ。
本当、色々あった。一時は恨みを抱いたりもしたが、こうして今も元気に日々を過ごせているのは、目の前にいる白石さんのおかげでもあったりする。
そういった理由から、僕は彼女に惹かれていったわけだ。そして今では、彼女は僕の上司、と。
いいや、違う。違った。
彼女は僕の……恋人だ。
「ほら、そろそろ行こうよ」
心配そうな白石さんに、僕は再び苦笑しながら言った。
僕達がこれから向かう先は、生徒会室だった。
入学式は無事に終わらせることが出来たが、まだまだ新入生を迎える為の催し物はたくさん残っていた。新天地を迎える人たちを歓迎するために精を出すのは、仕事場だろうと学校だろうと何も違わないのだ。
そして、入学式の次に行われる催し物は、『新入生オリエンテーション』。
我が校では新入生オリエンテーションとして、体育館横に隣接された格技場に新入生を一同集めて、生徒会主催の元、校歌の練習だったり、校則の説明だったりをする手筈になっていた。
僕達も去年受けた身であるが、五限目から六限目の時間を使ったそれなりに大きな催し物だ。しかし、来週月曜日にも行われるその催し物の準備の進捗は、正直乏しい。
「入学式に時間を費やしすぎたし、さっさと当日の役割を決めないとね」
「そうね」
父兄が立ち会う都合もあり、優先的に入学式の準備を進めたがため、オリエンテーションの準備まで手が回らなかったというのが本音である。設営の準備がないことも、後回しにされがちな理由だった。
とはいえ、日時が既に決まっている催し物を今更変更させるわけにも当然いかない。だからこそ、当日の準備を進めることは急務であった。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
「……ん」
「ん?」
ようやく生徒会室に向かう気になった白石さんだったが、突然右手を差し出し始めた。何のことかわからずに小首を傾げると、途端に白石さんは不機嫌になった。
「ん!」
「うん?」
いや、そんなジ○リ映画みたいなことされても、察しが悪い設定の僕はわからんぞ?
というか、周囲の目があるんだから、恥ずかしいし止めようぜ? な?
「……ふんっ」
「うわわっ」
一層不機嫌になった白石さんは、強引に僕の左手を掴み、歩き始めた。机の間を縫って進み、廊下に出たところで、僕は彼女の隣まで歩みを進めた。
「恥ずかしいならしなきゃいいのに」
「いいから、行くわよ」
並走していると、俯き気味の白石さんの頬がほんのり紅く染まっていることに気がついた。
「まったく。朴念仁」
恨み節を聞き流しながら、僕達は仲睦まじく生徒会室へ向かった。
タイトルに悩み、好きなアーティストの曲名から取ろうと考えたらこれが真っ先に浮かんだ。多分ぴったりな展開になる。
ただし、肥大したモンスターの頭を隠し持った散弾銃で仕留めたりはしない。