六月十三日 生徒会室
夏も近づき始めて、茹だるような暑さの日々が始まった日の出来事だった。久しぶりの放課後の校舎は、部活動に勤しむ生徒達の熱気に当てられてか、もしくは暑いながらも同時に襲う梅雨による湿気のせいか。不快感を抱くようなジメッとした暑さが篭っていた。
「いつつ」
先ほどまでゲリラ気味に降り注いだ雨のせいで痛む肩を摩りながら、僕は二階から三階へ続く階段を昇っていた。いつもなら、部活動強制で入らされたがために籍だけある陸上部(幽霊部員)もサボってさっさと家に帰ると言うのに、今日の僕といえばわざわざ気だるい気持ちを抱きながらもある教室に向かっていた。
三階の階段傍の一室。生徒会室には、人気は感じられなかった。元々騒がしいような教室ではないのだが、こうも静かだと僕を呼び出した件の人物が教室にいるかも少しだけ心配だった。
心配心を胸に抱きながらも、ここまで来たのだから引き返すわけにもいかず、僕は扉を三度ノックした。
「どうぞ」
彼女だ。
声を聞き一安心したのも束の間、僕は顔を引き締めて、いつも感じたことがないような重みのあるスライド式扉を開けた。
「ご無沙汰ね、鈴木君」
「どうも」
久しぶりの再開だからか、互いにぶっきらぼうな挨拶をしてしまった。生徒会室内は、どうやら彼女……白石さん以外は誰もいないようだ。
「座ったら?」
少しだけ冷たい声の白石さんの言葉に、僕は体を跳ね上がらせていた。気を遣ってくれたが故の言葉だったのに、少しだけ申し訳ない気持ちを抱いた。
「いや、いいよ」
「そう?」
「ああ。そんなに長話にもならないだろう?」
ばつが悪そうにそっぽを向きながら伝えると、白石さんは「そうね……」と少しだけ寂しそうに呟いていた。
扉の前で手持ち無沙汰になりながら、僕は彼女の言葉を待った。
「鈴木君、早速だけど教えてくれるかしら?」
「何を」
「最近、どうして生徒会を休み気味なのかしら?」
「……どうだっていいだろ。僕の勝手だ」
なるべく心境を悟られたくなくて、僕は冷淡な口調で彼女に伝えた。
「そう」
窓の前の座席で、白石さんは俯いていた。あの席が、生徒会長である彼女の特等席だった。
先ほどまであんなに降り続いた雨が再び降り出す気配はない。雲間から真っ赤に染まった夕日が広がっている。
そして、夕日が彼女の顔に陰を作った。おどろおどろしい赤を、後光のようだと思ってしまっていた。
目を凝らして見た彼女は、思わず見惚れてしまうほどの様になる顔をしていた。
僕は、思わず息を呑んだ。
「何も教えてくれないのね」
白石さんは呟いた。
僕は乾き始めた口を気にしながら、言った。
「関係ないだろ」
「そう」
白石さんは立ち上がって続けた。
「結局あなたも、他の人と一緒だったのね。あなたも結局、信用なんて出来ない」
そう吐き捨てるように言った彼女は、僕の前までゆっくりと近づいてきた。
「まあ、いいわ。元に戻るだけだもの」
「そっか」
「うん。あなたの好きにするといいわ。鈴木君」
ただ、と白石さんは続けた。
「もうあたしには、二度と関わらないで」
白石さんは、僕に退くように瞳で促していた。一歩扉の前から横にずれると、白石さんは生徒会室を後にした。
去り際の彼女の顔は、恐ろしくて見れなかった。
扉はゆっくりと閉まった。
「どうしてこうなってしまったのだろう」
どうしてこうなってしまったのだろう。
煮え切らない頭で、一人残された生徒会室で僕は考えた。
……しばらく物思いに耽ったが、どうやら答えは出そうもなかった。
※本作はラブコメです