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完璧少女の亡命先  作者: 雷
9/24

野宿の夜

パチパチパチ


ここは森の中。火の爆ぜる音だけが聞こえる、訳ではなく、


キィーンキーン


刃物と刃物がぶつかり合う音もする。時刻は日が沈んでから二時間と言うぐらいだろうか。あたりはすっかり暗い時間だ。


キィーンキーン


私は悩んでいた。悩んでも結果は変わりないことは明らかだったがそれでも尚悩んでいた。


「カイナさん、大丈夫ですか?」


エンが私の方を見る。その瞳には期待など映っていない。間違いなく、のる、という確信だけがあった。ああ、踊らされている。決められないのはその不愉快さが原因だ。


(いつか、いつか見返してやろう)


踊ろう。私なりの方法で。大人しく言いなりなんてならないのだから。


「わかりました。その提案に乗りましょう。」


私は笑みを浮かべて頷いた。


~~~~~~


時刻は昼時、鐘が鳴らないのでリカに言われて初めてお腹が空いていることを知った。入った店は最悪で汚い。ガラの悪そうな人もいる。入った時点で気分は落ち込む。


「さ、とりあえず冷めないうちに食べよう。」


リカは食事と一緒についてきた食器を手に持つ。見るからに汚い。あれで食事をするなど考えただけで鳥肌が立つ。


「スズ、はいこれ。」


私はカバンからスズの食器を出す。次にシノの物で、最後に私専用の食器を出す。リカはなぜか苦笑いをした。


「何か?」

「いや、普通はそこにあるものを使うんだけど...まぁ専用の食器の方が安心だね。」

「そうですね。私はできれば皿の方も専用の物を使いたいんですけど、流石に店の方へ良くないですから。」


「そういう問題じゃないんだけど」と言う声は無視する。横を見るとシノは食べ始めていたがなぜかスズが考え込んでいる。


「スズ、食べないの?」


私が聞くとスズは現実に戻ってきたようだ。私はスズに合わせてスープの上に手をかかげてお祈りをする。


「『いただきます』。ヴィフリティエスティモンディスリィー。」


スープ、というより色んな食材を適当に入れて煮込んだもの、が少し光る。手を出すのを躊躇してしまう見た目のそれを口に運ぶ。


(.........不味い)


覚悟はしていたはずなのに思わず眉をひそめる。未だ出会ったことの無い未知の味。どうしたらこうなるのか想像もつかない。不味いということを私は初めて実感した。


「おおう、みんな評価低いね。これが庶民の普通の食事よ?君らいいもの食べすぎ。舌が肥えてるよ。」


リカはまずいと思っていないようだ。どんどん口に入れてゆく。私は早々に食べることを断念した。人が口にするものでは無い。幸い私の体は少し食事を抜いてもなんともないのだ。


「リカさん、この調子で行くとユンガチュエに着くのはどのくらいの日数かかりますか?」


シノが恐る恐るリカに聞く。リカは一旦手を止めて口の中のものを飲み込んだ。


「んー、三週間ぐらいかなー。」

「三週間ですか...。」

「いや、早いからねこれ。早い方だから。」


シノは落胆する。きっと頭の中でこの食事を何回取らなければならないか、というくだらないことを考えているのだろう。


「二十一回!」

「スズ、たぶん夜もだ。」

「えっとじゃあ.......四十二回!えっ、そんなになの?」


計算が早いことを褒めようか、泣きそうになっていることを指摘すべきか。それともくだらないと叱るべきか。


「慣れればいいんだよ。って言ってもダメだろうね。極力自炊かー。」


リカはチラッとエンの方を見る。エンはため息をついた。大方エンに任せるのだろう。私も手伝わなければ、と思う。この料理を何度もは精神的にも辛そうだ。


「ねぇ、さあ、二人とももうちょい言葉崩さない?」

「リカさん、なんですか、急に。」


シノがリカの唐突な発言に突っ込む。


「そうそれ!その言葉使い。丁寧すぎ。」

「そう言われましても。」

「呼び捨てで呼ぼうよ、お互い。せめてさあ、敬語は外してくれない?」


私は多分嫌な顔をしていると思う。そもそも私は馴れ馴れしい人は好きではない。はっきり言って出会ってすぐに呼び捨てにしたリカにイラついた。同じ道を辿ることは甚だ不本意である。


「わかった。これでいいのか?リカ。」


シノはあっさりと切り替えた。順応性が高い。


「ほら、カイナもカモーン。」


「カモーン」が何かは知らないが余計に意地を張りたくなる。手のひらの動作も実に不愉快。


「意地はらないで。このくらいの順応性ないとこれからの旅はやっていけないよ。」


実に腹立たしい顔である。ただ、旅について私には知識が足りない。ここは大人の度量で見逃してやろう。


「わかったわ、リカ。」

「!やったぁ!」


手をあげるその動作すら腹立たしく感じるのに、私は何故この人についてきてしまったのだろう。憎めない、という特殊能力は羨ましい。


「こんなことを言うのはなんだけどさ。」


リカは私を真っ直ぐ見つめる。


「街に未練はないの?」

「ないわ。少なくとも私の中には。」

「...随分サッパリしてるじゃん。」

「一日伸ばしてくれたのはそれを断ち切るためでしょう?手紙も置いてきたし、まだ私たちは二年しか住んでいないから。」


私はリカを見つめ返す。そうなのだ。国境がまだ空いていた頃私達はあの街に来た。愛着がないとは言わない。ただ未練はないと言える。準備期間を与えられたのだから。ふーん、と言いリカは納得したようだ。


「あ、そういえばさあ、魔法ってほんとにあるんだねえ。」


思い出したように放った独り言のようにも聞こえるその言葉は少し人が増えてきた店の雰囲気に呑み込まれる。けれどその言葉はシノと私を凍りつかせた。


「ガッハッハッ。坊主、まーだ魔法なんぞ信じとんのか。そんなの迷信だぞ。」


隣の席の男がリカに話しかける。リカは男物を来ているので背の低い男の子にでも見えたのだろう。それが当然の反応だ。私は顔を触って、平静を取り戻す。


「そうですよ...じゃない、そうよ、リカ。魔法なんて迷信なんだから。」


私は唇に人差し指を当てる。「黙れ」という指示は伝わったようでリカは何も追及しない。


「おい、坊主。良かったら俺が教会に連れてってやろうか。」


また、別の男が話しかける。さっきの男の連れのようだ。


「ガッハッハッ。そいつは名案だ。大丈夫だぞ。坊主、俺は教会までならちゃんとついてってやるからな。安心しろ。」

「お前は絶対逃げるだろうに、酷いぜ。」


「ガッハッハッ」と男たちがお互い笑い合う。だいぶきつい冗談だが、それはリカには伝わっていないらしい。尤もこの冗談が理解出来たなら「魔法」なんて言葉は出てこないだろうが。


「リカ、後で事情は説明する。ここを出よう。」


シノが急いで支度をし始める。昼食はシノのこの一言で打ち切られた。


~~~~~~


キィーンキーンキーン


「はい、ここまで!」


少女の声が夜の森に響く。金属音は鳴り止み、火の爆ぜる音だけが残る。


「ふー、ただいま。」


森の中から出てきたのはリカとシノだ。リカは少し汗をかいたと言うぐらいだが、シノを見るとヘトヘトだ。服は泥まみれになっている。


「シノ、大丈夫なの?明日歩ける?」


今は旅の真っ最中なのだ。明日筋肉痛で動けないなど馬鹿らしくなってしまう。しかもまだ初日である。


「そんなに心配しなくても。疲労回復の薬を飲めば大丈夫でしょ。ね、シノ。」

「ああ、だから姉さんも気にしなくていい。俺はもう寝る。この調子で朝起きれないなんて嫌だからな。」


シノはそう言いながらテントの中に入っていった。後ろ姿はとても心配になるものだったが。


「で、そっちはどうなった?」


リカは焚き火の周りの空いている場所に座る。上から見ると私とエンとリカはちょうど正三角形に見えるだろう。リカはエンからコップを受け取りそれを仰ぐ。中身はリカが昼食をしたところからくすね...失礼、もらった酒である。まずいがないよりましというものだ。


「了承は得られました。魔法を教えてくださるそうです。」

「ほー、それは良かった。ありがとね、カイナ。」


さも、知っていたかのようにリカは言い放つ。昼間の冗談の解説をしていたらどこで間違えたのか、リカたちに私達が魔法を使えることを知られてしまった。黙っている代わりに要求を飲んでくれないかというのを無視してどう始末するか考えていると、エンがいい提案があると、言ってきたのだ。


私がエンから受けた提案は「魔法を教える代わりにシノの稽古をつける」というものだ。本来魔法など他人に教えるものではなく、家族、あるいは一族の中にしか教わらない。その他の方法もあるにはあるが今は実践できるものでは無い。


何故他人に教えないのか。答え、危険だから。昔、魔女狩りが行われた。それも一国だけでなく世界中で起こったという。故にもうこの世界では誰も魔法など信じていないのだ。また、厄介なのは教会だ。神を信じておきながら魔法を信じない馬鹿げているものたちだ。迷信と思っている方がまだよい。魔法を神の敵だと捉え今や魔法使いなどと言いふらせば忽ち火炙りにされる。過激な者はそのことを知っておきながら黙っていた人まで連座にする。そんなことがあり、魔法など大っぴらに出来ないのだ。


シノの稽古については前日にシノから聞いた要求だった。姉として支えてやりたい反面、リスクとの釣り合いが取れない。私としては黙っていることを加えると悪くは無い提案だった。もう一押しと思ったのかエンは私にもうひとつ切り札を出してきたのだ。「自分の持つ薬学知識を全て教える」と。


魔法を教えるリスクでさえ、背負ってもいいと思えるぐらい、薬学の知識は私にとって甘美なものだった。私は知識が好きである。自分の中に知っているものが増えてゆくのはちょっとした快感だ。特に薬学などは魔法と混同されやすく、未だ発展していない未知の領域。私の葛藤がわかるだろうか?頭の中で即決されたが、すぐに答えを出すのは有効ではない。あらゆるリスクを考え、悩み、悩み、悩んで決めたのだ。本当に悩んだのだから。


「リカ、そっちの方はどうだったの。シノは上達しそう?」

「シノはかなりいい線言ってるね。元々鍛えてたのがわかるよ。明日からやれば一年ぐらいでものになるんじゃないかな。」


シノの稽古は私との契約内容だったが、実力を見るだけならいいとしてくれたのだ。元々勝算あってのことだっただろうが。


「さあ、カイナ。魔法教えてちょうだいな。」


リカのニッコリ笑顔に答えて私も笑う。


「それは明日からです。」

「な、なんと!今日はお預けか。」


リカはさめざめしく泣く仕草をする。どうも酒が入ると反応が大袈裟になる。そして面倒くささも倍になるのだ。それを知っているので私とエンは何も反応しない。


「ちょっと、なにか反応してよ。寂しくなるじゃん。」

「反応しないとしないで面倒臭い人ですね。」

「うぐぅ」


リカは手で胸を抑える振りをする。しかし当然わたしは反応しない。


「まぁ、それはいいとして。」


リカはあっけらかんと言う。さっきの反応はどこへやら。


「今日はなんにもなかったね。カイナ達といるから何か起こると思ってたけど。」


私にとっては大分色々あったのだが、リカにとっては何も無かったらしい。この日常に慣れればそう思えるのだろうか。それよりも私たちといると何かが起こると思われるのは心外である。


「私にとっては新しいことばかりでしたよ。」

「『はこいり』だねぇ。一応料理はできるらしいけど。」


酒を飲んでいると心地も良くなる。ふと、森の中、ちょうどリカとエンの後ろに犬のような獣の群れ、と言っても三匹、を見つけた。酒の肴の匂いにつられてきたらしい。三匹ともやせ細り、皮だけのような状態だ。こちらを狙っている。あの獣はなんだったか。確か、数匹で行動するタイプの獣だったはず。牙には猛毒がある。


「リカ、教えはできないけど見せることはできるわ。」


リカは「ん?」と眉を動かす。私は両膝に両手をかざす。


「魔法はね、こうするの。

ビット・エット・フロットモ」


両足が淡く光り、その光はすぐ消える。ちょうど獣たちが襲いかかってきた。その頭や腹に私は蹴りを入れていく。一匹につき一発を数秒で入れた。獣たちは地面に転がり、動かなくなった。


「わぁお、すごいね。殺したの?」

「まさか、気絶しているだけよ。殺したりしたら可哀想でしょう?」

「一昨日、私がいなくても良かったんじゃ…」

「いいえ、これは発動まで時間がかかるし、相手に魔法を使っているところを見せたくなかったから。普通は発動する時は人には見せないのよ。先日の刺客は特殊だったけど。」


そう、あの刺客は特殊だった。発動を見せるところも、上級魔法を使うことも。


「なるほど。でもそれを見せてくれたってことは信用してくれたってことか。」

「えぇ、だから...」


私はナイフをだしてリカとエンの方向に刃先を向ける。


「バラしたら覚悟してください。」


笑顔でそういうと、リカも笑顔で了承した。

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