閑話 アーバン視点
私はアーバンという。今年で35になる普通の女だ。
「おはよう、母さん。」
「おはよう、ヒスト。」
ヒストは私の娘だ。私はヒストと果物屋を営んでいる。ヒストは最近は他の店で見習いをしているが。店は私達が住んでいる部屋の下にある。
「おはよう、みんな。今日も働くよ。」
「はい、わかりました。奥様。」
店へ降りて開店の準備をする。果物屋と言っても腐りやすい新鮮なものは少なく、ほとんどがジャムや漬物になっている。今日の客入りも上々だ。だが...
「今日も来ませんでしたね。カイナさん。」
「ああ、そうだな。」
常連客であるカイナが3日前から来なくなったのだ。ここにカイナ達が来てから今まで来なかったことがなかった。それだけに少し心配になる。
「町で見かけたりしたか?」
「いいえ、見かけてません。カイナさんほど目立つ人が3日も目撃情報がないなんて。」
はぁ、と部下のひとりがため息をつく。とはいえ、客は来るので忙しい。様子を見に行く暇はないのだ。
「はぁ、カイナ様、一体どこにいるのでしょう。」
「もうすぐカイナ様が衣替えをされると思っていたのに残念です。」
カイナは女の子達の憧れだ。カイナが着る服はセンスがよく流行になったり、カイナの髪の染め方が真似されたりしているのだ。この街では結構な人が髪の毛を染めている。元々カラフルなのだが途中から色が変わるのはこの街ならではだ。
「カイナさん、今日も来なかったのですか。」
「そうです。店の方はどうなっているのですか?」
「店ももう3日空いてないです。ああ、カイナさんに代筆を頼もうと思っていたのに。」
「カイナさんに今日こそは想いを伝えたいと私も考えていたのですが。あんなに綺麗で端正で素晴らしい人はいないと思うのです。」
「私もそう思いますよ。」
客たちの会話からカイナは男にも人気があることが分かる。確かに傍から見て理想的な体型に少し柔らかい顔つき。とても美人で誰に対しても物腰、口調が丁寧だ。そして知的。文字など自分の名前ぐらいしか普通書けないが、代筆ができるほどあの子は字が書ける。恋愛には興味が無いようで玉砕した男は数知れず。 高嶺の花と称されていることをあの子自身は知らない。
(あの子は自分は大した事ないと思ってるからねえ)
そんなことを考えていると「奥様」と声をかけられた。
「カイナさんの友達と言う方が先程いらっしゃいまして、これを奥様に、と。」
そう差し出されたのは綺麗な封筒だった。宛名には「アーバン」と美しい文字で書かれている。紙なんてなかなか手に入らないものであるし、この筆跡はカイナのものだ。
「流石に店が3日も開かないのはおかしいと、家の中へ入ったそうです。すると家の中には備え付けの家具しかなく、机の上にこれが置いてあったそうですよ。」
封筒を開ける。中身は二枚。一枚は残っている薬とその使用方法、誰の専用薬かと言うことがビッシリ書き込まれている。もう一枚の方は手紙のようだ。私は読み終わると、ふぅ、とため息をついた。
「なんと書いてあったのですか?」
「旅に出たんだってさ。急に決まってしまったことだからみんなに伝えられなかった。だからよろしくと、心配しなくても大丈夫だから。そう伝えておいてくれだと。もう帰って来ないらしい。」
聞いていた人々の顔が驚きになり、悲しそうになる。どこからか泣く声も聞こえてきた。
「なんで旅に出たんですか。」
「さぁ、そこまで書いてないから分からないね。」
否、手紙には理由が書いてあった。「襲撃され、安全を確保するため」と。ただそんなことをこの街の人に言ってもなんのことか分からないだろうし言わないでくれと手紙にも書いてあった。
(2年は早かったなあ)
2年前、雨の中であった子供たちを思い出す。訳が分からそうな物心着く前の女の子。密かに冷たく燃える炎を目に宿した少年。そして安堵の表情を作った少女。
(らしくないね。感傷に浸るなんて)
思えば昔の自分に重ねていた部分もあったかもしれない。一番どん底に落とされたあの頃の自分と。目頭が熱くなり上を向く。
(歳だなぁ)
月日とは怖いものである。そんなことを漠然と考えるのであった。