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完璧少女の亡命先  作者: 雷
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新たな尋ね人

カランカラン


(まさか?!)


私は椅子から立ち上がり、寝室の扉を開ける。

その瞬間キィンと金属音が響く。

見ると黒のローブを纏った男が持っていたナイフをシノが振り払ったようだ。シノの首からじんわりと血が流れている。スズはシノの後ろですやすや眠っている。男がナイフを取るより先にシノが奪い男の上に乗って男の首にナイフを押し付けていた。


「ゆ、許してくれー!」


男は叫ぶ。私は近くの布に薬をつけその布を男の猿轡にした。途端に男の力が抜けたようでだらりと腕を伸ばした。私は男を縄で縛る。よく見ると今日のおどおどした客のようだ。


「シノ、これは血止め。この軟膏と一緒に塗っておいて。」


シノは無言で首に塗る。傷は対して深くないようだ。血は止まっていた。私はシノの首に布をまく。


「姉さん、この男どうするの。」

「とりあえず外に置いておくわ。一人で来たのが解せないけど...。」


私は男を外に運び出す。なるべく早く他の人に見つけられるように店側だ。小柄だが割と重い。


「わぁ、その男どうしたの。」


リカ達がいることを忘れていた。


「侵入者です。」

「すごい返り討ちを受けてるねぇ。」


リカを無視して外の柱に縛り付ける。


(よし)


私は男の懐に光るものを見つける。それはシノを襲ったナイフだった。


(どうしてここに?)


刃を触ると少しねっとりとした感触がする。そしてほんのりと甘い匂い。


(ゲィニック!)


少量なら良い回復薬だが、過剰に摂取すると即効性の致死毒になる。痛みを伴わないため気づかないうちに数時間で死に至る。体の内部に直接入れば時間は短縮。私は薬棚から素早く解毒薬を探し出す。治療が遅れるほど後遺症が重く残る危険なものだ。解毒薬があっただけましである。


再び寝室に戻る。するとそこには血だらけのシノが寝そべっていた。その横には黒のローブを纏い、ナイフを持った男らがこちらを驚いたように見ている。


「いやあぁぁぁぁー!」


叫んだ瞬間男らが吹っ飛んだ。私はシノに駆け寄る。切り傷が無数についている。息をするのも苦しそうだ。そこまで考えた時頭の中に空白の空間ができ始める。血が身体の内側を駆け巡る。


(よくも...)


目の焦点を立ち上がろうとしている男らに向ける。


「よくもシノを...」


不意に笑がこぼれる。口角が上がったまま一歩男らに近づく。一歩近づく度に視界が狭まる。頭の中がほぼ空白で占められていた。もう数歩踏み出すと意識が飛ぶ、とよく分からない確信を持って足を上げる。足が地面に着く前にふと背中に温もりを感じた。すると耳元にも温もりを感じる。


「あなたがするべきことは何?」


優しい声だった。何かに押し込まれそうになっていた意識がその声に引っ張られたように戻ってくる。頭は冴え、視界が広がる。その視界の端に悶えるシノが見えた。


「わ...たし...は...」


シノはまだ生きている。まだ助かる。シノの後ろですやすや眠っているスズが見える。


「シノとスズを...守る。」

「ん。わかった。エン!カイナを手伝って!」


リカの呼び掛けに答えてエンはスっと私の方へ駆け寄る。私はシノをスズの隣に運び、解毒薬を飲ませる。私の横でエンは傷に軟膏を塗っていく。よく見るとかすり傷がほとんどだ。致命傷になりそうなのははじめにつけられた首だけらしい。


「カイナさん、どいてください。私が処置します。」

「でも!」

「今のあなたでは無理です。その手を何とかしてからにしてください。」


私はマジマジと自分の手を見る。小刻みに震える手には薬と毒がべっとりついていた。近くにあった桶の水で手を洗う。ふっと風が吹いた。視線を桶から上げると一人が壁に張り付いていた。男の顔は見事なまでに歪んでいる。修復不可能という文字が頭に浮かぶ。


「リカ様、やりすぎです。木靴ですよ。」

「ごめん、久しぶりで手加減がわかんなくて。木靴は危ないもんね。」


振り返るとリカが木靴を脱いで裸足になっていた。


「うん。裸足の方が動きやすいね。」


はっ、とリカは襲いかかってきた男の腹を蹴飛ばす。くの字に折れ曲がった身体は吸い込まれるように窓の外に消えてゆく。男らは一瞬たじろぎ、その瞬間を逃さずリカは腹や顔に蹴りを入れていく。スカートを翻し、トンと床に降り立つ。余波で風が吹き、リカが降り立った場所は少しくぼむ。たかが数秒で男らは倒れた。


(?!)


幻想でも見ているかのようだった。けれど確かに男らは倒れ、リカは立っている。子供のような見た目だが先程の光景は幻ではないと理性が言う。


「すごい。」


ぽつりと出た言葉にエンが微笑んで頷く。その目はまるで自分の子供を見守るような目だった。


「たかが子供三人のために大所帯だなぁ。私がいたから良かったものの。」


リカがなんともないようにこれまでの調子で喋る。


(いや...)


少なすぎる。シノが毒にやられない可能性を考えると最低二十人は必要だろう。リカほど早くなくとも撃退されるのは目に見えている。その証拠にシノの傷はほとんどかすり傷で深いものがほぼない。


最初の男は確実に捨て駒だ。当たれば幸運ぐらいのものだったろう。この男らも捨て駒か?幸いエンの治療でシノの顔色はだいぶ良くなっている。嫌な風が首筋に吹いた。全身の毛が逆立つような嫌な風。咄嗟に落ちていたナイフを拾い自分の首を守る。


キィン


「おお、お嬢ちゃん、冴えてるねぇ。」


声の気配は私の隣から窓の方へ移動する。月明かりで照らされた男の顔は平凡。どこにでもいるような顔である。茶色の短髪は少し風で揺れ動く。黒いローブではなく茶色のローブを纏い、手には剣が握られている。


「ここは狭すぎる。そうは思はないかい?」


男はこちらを見てニコリと笑う。


「フペッジ」


男はそう言うやいなや何かの扉を開けるように両手を開いた。ザッ、という音と共に寝室が広がる。あっという間に二倍の広さになった。


「うわっ、何?」


リカは驚いて辺りを見回す。ベッドはそのままの大きさで端によっている。当然私達も端にいる。リカはちょうど部屋の中央にいる。さっき凹んだくぼみはその大きさのままリカの足下にある。


「空間魔法...!」

「え?魔法?」


空間魔法は高度な魔法だ。空間を無理やりいじるので術者の負担が大きい。広がった空間は術者が解くまでそのままでその間術者は力を削られる。そんなものをいとも容易く使うとは。それに何故ここで魔法が使えるのか。


「正解だよ、お嬢ちゃん。これで俺の剣も壁に引っ掛からないし、壁にぶつかることも無さそうだ。」


男はゆっくり私の方へ歩いてくる。動作は洗練されていて隙がない。黒いローブ達とは段違いだ。私はナイフを構える。


「ちょっと無視しないで欲しいな。私もいるんだ...よ!」


リカが少し踏み込んだかと思うと男は横に突き飛ばされた。だが部屋が広くなっている上に蹴りを剣で防いだのか対してその場から離れなかった。逆にリカの素足からは血が滴っている。


「おやぁ、抹殺するのは三人と聞いていたが。よく見りゃ5人もいるじゃないか。増えちゃったねぇ。」


墓場が、と男は言いながらリカに斬り掛かる。首を狙った攻撃をリカは身体を反らせて避ける。けれど頬に一筋赤いものが走った。


「おお、躱すのか。やるねぇ、お嬢ちゃん。じゃあ、俺も本気出さなくちゃっ...ね!」


男が踏み込む。次の瞬間男は真っ直ぐにリカの方へ向かい剣を真横に振切った。リカは腕で咄嗟に防ぎ後ろに一歩下がる。時間差でリカの腕から血が吹き出す。皮膚が裂け、筋肉が見えていた。けれど。


(あの斬撃を受ければ腕が真っ二つになっても不思議じゃないのに)


一歩下がって躱したのだろうか。


「ほう、これ程の強者がいたとは。惜しい、惜しいねぇ。だけどもう時間が無い。また時間があればお互い万全の体制で戦おう。」


男は剣を一振してリカの血を振り払った。リカは防いだ格好のまま動かない。


「さて...と、時間が無い。見たところ君と君は部外者だねぇ。」


男はリカとエンを順に見る。エンは険しい顔でリカを見つめていた。


「俺も一応仕事人なわけで。墓場が少なくなって寂しいかもしれないけど我慢するんだよ。」


柔らかい口調で男は言う。その目は私の全身を捉えていた。無謀だとわかっていながら私はナイフを構える。


「随分とおしゃべりですね。」

「そうだねえ。俺は喋ってる方がやる気が出るからねえ。」


冷や汗が垂れる。今までこんなにも死に直面したのは初めてだ。男がゆらっと動き出す。


(首!)


キィン


余波で首筋に痛みが走る。何とかその程度で済ませることができたようだ。間髪入れずに男は剣を私に突き出す。私はナイフで防ぐ。


キィン


男は一瞬手を止め気を取られた私は次の斬撃の対処が遅れた。


(間に合わない!)


ふっと脳裏に浮かんだ死の文字。男は首を狙っていた。


(これが走馬灯というものか)


浮かんで消える数々の顔。最後にくっきり浮かんだのは目の前にいる男とその後ろで血走った目をしたリカだった。


(なんでこのふたりなんだろう)


目の前が血で染まった。不思議と首の痛みは感じなかった。


(死んだ)
















「...私のコウホに何すんだ!」


その怒号にはっと視界が開ける。男は広がった部屋の壁にめり込んでいた。その顔は原型がわからないぐらいにぐちゃぐちゃだ。変わりに目の前にはリカがいた。その目は鋭く男の方を見ている。ザッ、と音がして広かった空間は元に戻った。いや、狭くなった。どうやら私が外に男を縛りに行っている間に一度少し広がっていたようだ。男が気絶したせいで術が解けたのだろう。


「リカ様、やりすぎです。」


エンが後ろから呆れたように言い放つ。その横でシノが首をこちらに向けて目を見開いていた。


「...ごめん。頭に血が上って加減間違えたみたい。」


「それでも顔は如何なものかと」とエンはため息混じりに言う。リカは気まずそうにしながら木靴を履く。傷ついたはずの足からはもう血は出ていなかった。


私は自分の首を恐る恐る触った。それは間違いなく繋がっていた。


(生きてる)


急に力が抜けた。その場にへたり込む。リカとエンが何か言っているのがわかるが聞こえない。その瞬間私の意識は途切れた。


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