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完璧少女の亡命先  作者: 雷
3/24

日常+旅人



今日も昨日に続き晴天である。いつものように朝市に出かけたのだが。


「リカちゃーん、寄っていきな!いいもん仕入れてるよー!」

「リカー!こっちも新鮮だぞ。」

「リカちゃーん、こっちは安くしておくよー!」


朝市に着く前からだったがついてからもこのようにリカコールが止まない。


「随分好かれているんですね。」


私はここではたまにしか買い物をしない。だから朝市を通っても声をかけられることは無い。だが一日でこんなにもたくさんの人がこの人を知っているのが不思議である。


「いやー、私って人気者だなぁ。」

「...」


この人に構っていたら一日が終わりそうだ。エンに同情する。リカは声をかけられた人にいちいち返答して駄弁っていた。私は早歩きでいつもの店に向かう。


「ま、待ってよー。」


何故リカを連れてきたのか、昨日の夜を後悔した。


~~~~


エンとリカは案外遅く帰ってきた。夕飯は既に食べ終えていた。


「たっだいまー。」

「おかえりなさい。」


「おかえり」と言うには少し違和感があるがどうでもいいことだ。


シノとスズはもう寝ている。始め、シノは帰りを待つと言って聞かなかった。ただやはりまだ夜更かしに耐えられる程の年齢ではない。眠気には勝てなかったようだ。


「遅かったですね。夕飯は食べられましたか?」

「はい。お気遣いありがとうございます。」


エンが答える。


「して、リカさん。その頬は?」


リカの頬には誰が見ても殴られたようにしか見えない痕があった。


「これはー、ちょっと一悶着あって。ああー、また腹立ってきた。」


リカが地団駄を踏んだ。小柄で一見子供にも見える体格だがそれで相手に挑んだのだろうか。


「軟膏でも入りますか?」


一応薬屋を営んでいるものとして聞く。


「大丈夫、私、自然治癒力強いから。それにエンもいるしね。」


エンがいるからこの人は自由に動けるのか。後処理が大変そうだ。


「そして...」


リカは椅子にどかっと座った。エンもゆっくり腰を下ろす。私も椅子に座るとリカはドンッと何かを置いた。


「これはその時の戦利品。」


リカはにかっと笑う。リカが手にしていたのは高そうなワイン瓶だった。


(どこでそんなものを...)


「それでね、これはもう栓が開いてるんだよね。残り半分くらいしかないの。」


私が酒好きかどうかと聞かれたら答えは好きということになるのだろう。つまりこの誘いを断る理由はなかった。私はコップを三つ用意し、そこにリカがワインを注ぐ。


「それでは今日までの全ての出会いに感謝してー、乾杯!」

「「乾杯」」


一口味わいながらゆっくり飲む。


「おお、これは...」


やはりとてもいいワインである。こんなものどこから、誰から奪ったのだろうか。


「んー!美味い!」

「ほんと美味ですね。」


幸せの時間である。こんな高級ワインいつぶりだろう。酒が入ると口も軽くなるもので私はいつになく饒舌だった。


「そういえばいつからこの街に?」


私があったのが正午ぐらいだったからそれぐらいか。


「今日の昼頃からかなぁ。だからまだ朝市には行けてないんだよぉ。」


語尾が伸ばされている。リカはもうだいぶん酔っているようだ。その時リカが閃いたような顔をした。


「そうだ!明日朝市に連れてってよ!」


酒が入っていたせいか私は嫌な顔をしてしまったと思う。しかしリカはそのことに気づかなかったようだ。


「お願ぁい。」


とリカは好奇の眼差しを向けてくる。


「エン様と一緒に行けばよろしいのでは?」


私はエンに助けを求めるがエンはすまし顔で残りのワインを飲む。助ける気はないようだ。


「エンは、やることが朝はあるかりゃ、ダメなんだよねぇ。」


だからといって。朝は私の一人の時間なのに。


「わかりました。」


仕方ない。高級ワインのお礼としてそのぐらいしてもいい。


「そう言ってくれて、たしかるよぉ。」


リカは本当に酔っ払いになっていた。エンはこちらを向いてニコリと笑う。面倒を押し付けられたような気がする。こんな事にいちいち腹は立てないが。エンがワイン瓶に手を伸ばす。その手より早く私は残りをワイン瓶から自分のコップに全て入れる。エンの少し残念そうな顔を見ながらそれを少しずつ味わいながら飲んだ。


~~~~


「ここです。」


少し奥まったところにある小綺麗な店。アーバンの店だ。


「うわぁー...」


リカは何故か唖然としている。そこまで変な店だろうか。扉を開けて、中に入る。リカの方は恐る恐るという感じだ。


「おはよう。」


アーバンの無愛想に挨拶する。


「おはよう!」


入る前の雰囲気はどこへやら、リカは元気に挨拶する。


「見ない顔だね。」

「私はリカ。旅をしてるの。よろしくね。」

「アーバンだ。ここの店をしている。」


自己紹介は済んだようだ。私は並んでいる果物をじっくり選ぶ。


(今日は甘いのにしようかな)


ちょうどタチトがいい色をしていた。


「アーバンの店って綺麗だねぇ。」


リカが大きな独り言を言う。


「すごいねぇ。まるで貴族が来るぐらい。」


それまで内装など考えたこともなかったがなるほど確かにそうかもしれない。


「王家御用達とかしてても驚かないね。」


王家という言葉に反応してしまった。思わずリカの方を見る。リカはアーバンに問いかけていたようだ。


「懐かしい響だ。昔の話だよ。夫がいなくなったもんでね.......。喋りすぎたね。忘れてくれ。」


聞いたこともなかったアーバンの過去に唖然とする。


「わかった。」


リカは即答した。私は返事をした方がいいのか悩んでいたがその後リカはアーバンと別の話題で盛り上がっていた。人見知りのアーバンがあんなにも打ち解けているのは珍しい。やはりリカにはなにか特殊な能力でもあるのだろうか。


「これください。」


私は厳選したタチトを買った。


「またこれだけかい?兄弟がいるんだ。もう少し食べな。はい、お釣りとおまけだよ。」

「ありがとうございます。」


私は少し微笑んで店を後にする。ただ帰り道でもリカコールは続いたおかげでいつもよりも帰るのは遅くなってしまった。


「ただいま。」


帰るとエンが朝食を用意していた。


「おかえり。遅かったね。」


シノが不満気に言う。それだけで済んだのはエンの料理を既に食べて始めているからだろう。


「大丈夫?」


私は小声でシノに聞く。


「大丈夫だよ。危険じゃないかちゃんと確かめたし。スズも食べてくれたから。」


シノも小声で返す。


「見られなかった?」


私はさらに声を低くして聞く。


「大丈夫だと思うけど...。」

「そう。」


話終わると目の前にはいつ来たのか美味しそうなパンがあった。驚くことにそのパンには二種類のジャムが塗り分けられていた。とても豪華に見える。


「ん〜!エンの料理は美味しいねぇ!」


リカが足をばたつかせる。


私は気付かれないようにそっと手を添え、ブツブツと囁く。パンが淡く光った。そう思うのもつかの間。パンは元のままである。


(大丈夫そうね。毒は無さそうだし。)


私はパンを少し齧る。


「...美味しい。」


思わず唸ってしまった。ちょうど良い酸味が私好みの味だ。鼻を通る香りは爽やかで後味が少ない。この国の調味料ではもしかしたらないのかもしれない。ひとつ食べ終えただけで満足感を得られた。


「カイナ、もう要らないの?」


リカはあっさり人を呼び捨てにして私のもうひとつのパンを狙っていた。


「姉さん、なんなら俺が食べてあげるよ。」


シノも狙っているようだ。満足感は得られたがまだ満腹では無い。


「私は食べるの遅いから。もうひとついただきます。」


決して意地悪ではない。エンの料理は少食の私でも人並みに食べれるぐらい美味しかった。シノとリカは少し恨めしそうだ。もともと私のものだから罪悪感などなかった。


(美味しい~)


その後エンが二人分のおかわりを作り二人とも満足したようだった。


~~~~


カランカラン

「いらっしゃいませ。」


今日はいつもよりも繁盛していた。薬屋が繁盛するのは珍しい。もっとも二、三人常にいるという程度だが。


「これください。」


肉売のキニセさんだ。軟膏を買うようだ。


「子どもさん、怪我とかですか?」


私は常にお客さんの容態も聞くようにしている。聞くだけではわかることも少ないが症状によって違う薬の方がいいことがあるからだ。


「いやー、カイナちゃん違うんだよ。昨日うちの近くで乱闘があったらしくて。うちの兄貴がそれに巻き込まれて大怪我よ。」


どんなに酷いかキニセさんは語ってくれる。軽く骨でも折られたんじゃないかと疑うぐらい酷いらしい。骨までは管轄外だ。それにしてもキニセさんに兄がいたなんて。どんな仕事をしているんだろう。


「どうぞ。」


袋に詰め終わりキニセさんに渡す。


「ありがとう。」


薬を受け取ってもキニセさんはなかなか動かない。せっかくなら聞いてみることにしようか。


「そういえばお兄さんはどんな仕事についているんですか。」

「国境の兵隊をやってるんだが、その兄貴から面白い噂が入ってるんだ。実はな...。」


キニセさんは声を落とす。


「隣にキャラバンが来てるんだ。」


隣というのは隣町のガラナのことだ。ここと余り変わらず小さいが宿場町のようになっている。


「キャラバンですか。別に珍しくもないような。」


数ヶ月に一回はそういう噂を聞く。ここではキャラバンが来ると少し賑やかになるという印象しかない。声を低めて慎重にする話ではないと思う。


「それは国内のキャラバンだ。国の中を自由に動いているヤツらだ。でも今回は違う。...なんとコランチェからやってきたんだとよ!」


(コランチェ!なんでそんな...。)


コランチェとは隣国だ。正式名称は違うが蔑称で、コランチェ(下のもの)と呼ばれている。今コランチェはこの国と貿易などしていないどころかコランチェの国境はことごとく封鎖されているはずだ。


「物見がてら行ってみたら、豪奢で驚いたねぇ。それでな、昨日兄貴も呼ばれて護衛をしてたらしいんだが、その途中で他の客と揉めた見てぇで、その客が物凄くてよォ。頼んだ護衛だけじゃぁ足りなくて駆り出されたんだと。そんであのザマよ。」


なるほど、護衛として厄介な客を止めたのか。それで大怪我とは。厄介な客は屈強な大男なのだろうか。


「それでその客が驚くことに小さい子供みたいだったらしくて、手加減してたらあっという間にやられてたんだってさ。」


子供と思って油断しからそれが当たり前の結果なのか。どう考えてもおかしいだろう。第一子供は夜そんな店にいないんだから気づけ、と思ってしまう。


「そんでその客は「これで勘弁してやる。」とか言って最高級のワインボトルをかっさらったってぇ話だ。おもしれぇだろ?」


キニセさんは笑いながら私の反応を伺う。思ったような反応が得られず口をキニセさんはへの字にする。けれど私は笑えない。


(さ、最高級のワインボトル...)


もしかして、もしかするのだろうか。結論に達しそうになり咄嗟に思考を停止する。ありえない、ありえないのだから。


「カイナちゃんどうしたー?大丈夫かー?」

「あ、はい。大丈夫です。」

「これは護衛の沽券に関わるから内緒の話な。カイナちゃんは口硬いだろう?」


キニセさんはニヤリと笑う。これを誰かに話したかったのか。


「約束します。迂闊には話しません。」


私もニコリと笑う。でも当事者には別に話してもいいだろう。面倒事に巻き込まれる前に対策を立てなければならない。


キィーヒョロロロー


頭がまた、真白になりかける。


「んあ、『とんび』か。まずいな。早く肉を片付けねぇと。んじゃカイナちゃん。またな。」


キニセさんの声で頭の中が澄んでいく。


「あ、はい!ありがとうございました。」


危ないところだった。また気を失うかもしれないと怖くなった。そういえばあの鳥は鳶という名だった。


(とんび...トンビ...鳶...あの女?)


背筋が凍った。まさかここまで追いかけてくるとは思わなかった。


(落ち着け...まだそうと決まったわけじゃない)


鳶なんてどこにでもいる。現にキニセさんは特に気にしていなかった。


(大丈夫、私たちは見つからない)


ゴーンと正午の鐘が鳴る。お客が誰もいなくなるのを待って少し早いが店を閉めた。


~~~~


「たっだいまー。」


リカ達は夕食前に帰ってきた。今日は戦利品はないようだ。ほっとする反面少し残念になる。


「今日は外食では無いのですね。」

「まあね、外で食べたかったんだけど何処も彼処も今日は何故か空いてなくて。じゃあ、作ってもらおうって思って。いっぱい貰ってきたの。ふふふ。」


ドサッとリカは机に素材を置く。細身のどこから出てきたのかも分からないし、一食二人分の量ではなかった。貰ってきたという言葉も気になる。もしかしてこれも戦利品なのだろうか。


「あの、量が多すぎでは?一食で食べ切れるのですか?」

「え?ああ、これはあなた達の分もあるんだ。朝ご馳走になっちゃったからね。食はこっちで何とかするって言ってたのに。だからお礼。」


それでも朝の二倍近くの量がある。それにスズのことも考えられているのか病人用の食材もちらほら見える。


(まだ朝のタチトが残ってるのに)


まあ、好意には甘えておこう。お礼と言われたのだから受け取らないのは失礼になる。


「ありがとうございます。」


私は夕食を作り始める。料理が得意では無いのでただ切って煮込むだけの簡単なものだ。


「できました。召し上がれ。」

「うわぁー!美味しそう。」


たとえお世辞でもそう言われるのは嬉しい。私はリカとエンの皿に盛り付け、スズと自分の分も盛り付ける。シノは勝手にとって既に食べていた。


「スズのところに行ってきます。どんどん食べておいてください。」

「うん。わかった。行ってらっしゃい。」


寝室に入るとスズは起きていたようでゆっくり体を起こす。


「スズ、体調はどう?これ、食べれそう?」

「お姉ちゃん...。うん。食べれそう。」

「よかった。」


普段活発なだけ、元気がないように見える。私とスズは皿の上に手をかざしブツブツと囁く。


「.....」


スープがパッと光ったかと思うとすぐに戻る。

これで安心だ。スズは手を動かして食べる。ゆっくり咀嚼して微笑んだ。私はそっと部屋から出て椅子に座って食べる。素材がいいのか、今日の味は結構良かった。


「そういえばリカさん。どこからこんなに貰ってきたんですか?」


シノは不思議そうにリカに聞いた。答えが想像通りになるのが嫌であえて聞かなかったのに。


「色んなところからだよ。リカちゃんいらないかー、って。朝市で。」


知らなかった。ただ話していただけじゃなくものを貰っていたのか。


(...盗んだわけじゃないよね)


なんにせよキャラバンには関わっていなさそうだ。


「へぇー、すごいですね。」


シノは普通に感動している。まぁ確かにこの人はどうして人とすぐ仲良くなるのだろうか。少し羨ましい。


「私、人気者だからね。」


前言撤回。面倒な人である。その後、リカは旅をしてきた国の話をしてくれた。案外面白い話が多く楽しい夕食だった。


夜、スズとシノを寝かしつけ大人の時間になる。リカとエンはまだ起きているようだ。棚の奥にある酒を取り三つのコップに注ぐ。


「そういえばリカさんは成人しているんですか?」

「え?なんで?」


リカは背が低いせいでまだ子供のように見える。そして成人していない者は夜遅くまで起きてはならないと言われている。ちなみに私は去年成人している。


「こんな時間まで起きていていいのですか?」

「ん?成人してないと起きてちゃダメなの?知らなかったなぁ。というかここの成人って何歳から?」

「え、十五からですよね。他の地域では違うのですか?」

「そうだね。他の地域だと、十二から二十ぐらいかな。ほんとにバラバラだから。となると私は成人してるのか。」


ふーんと言いながらリカはごくごくと酒を飲む。一応成人しているのなら止めなくても大丈夫だろう。楽しい夜は更けていった。


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