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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

供養塔

その砂粒は瓦礫の慣れ果て

作者: 鶯埜 餡
掲載日:2020/03/14

 チェレスタの音が特徴的な金平糖の精の踊り。


 少し明かりを落とした舞台の上で、クラシック・チュチュに縫いつけられたスパンコールやビーズが動きに合わせて揺れ煌めいている。客席の誰もが煌めきに魅了されているに違いなかった。

 幻想的な音の中、遠く離れた星を渡るようにポワントで進んでいく姿はなぜか『妖精』というよりも『侵略者』のほうが似ているような気がした。


 ……――まあ、踊ってる本人には言えないが。


 彼女の金平糖の精のヴァリエーションはいつ見ても安定的だった。彼女のファンの間では『ドン・キホーテ』の森の女王や『眠れる森の美女』のオーロラ姫が当たり役だと言われているが、俺的にはこの『くるみ割り人形』の金平糖の精が彼女に一番しっくりくるような気がした。

 名もなき踊り手(コール・ド・バレエ)の一人として舞台袖にスタンバイする。金平糖の精の踊りが終わり、短調な曲が一転して明るい曲になる。俺はほかのダンサーとともに舞台の中央に出た――





「お前、またその写真を見てるんだ」

 背後から声がかかった。その声は友人であり同僚のもの。

 ここは地球から230万光年離れたアンドロメダ銀河(M31)の中心部であり、生命活動の探索や地球から離れて暮らすための環境同化活動を行っている宇宙ワーキングスペース(SWS)の個人ユニット。現在、YSN-01と呼ばれる外見可変生命体の調査のためにM31の辺境で最近発見された惑星に向かっている最中だった。

 額縁に入れられたL版の写真を眺めていた俺はその同僚、角田結以の声に頷いた。

「今日は彼女の命日だからな」


 今は日本時間にして2290年3月25日の早朝。35年前の今日、彼女は死んだ。


 俺は彼女、早紀ナツと幼稚園で出会い、すぐに母親同士も仲が良くなったせいか、彼女がバレエを習い出したとき、何を思ったのだろうか、俺の母親も通わせはじめた。それから15年間、バレエ団だけじゃなく、小学校から大学までずっと同じで、クラスメイトたちからは夫婦のような扱いを受けていた。

 とはいえども、実力主義のバレエ団では天と地の差。

 彼女はメキメキと頭角をあらわし、高校一年生には蒼波バレエ団のトップであるプリマドンナになっていた。だけども、そんなに身体能力がなかった俺はその相手役、プリンシパルにはなれず、『男性ダンサーその1』という扱いだった。

 この写真が撮られたのは大学三年生に進級する直前の春、バレエ団の全メンバーが出演する公演のものだった。エキストラとして急きょ出演した俺と生前の彼女、どちらにとっても衣装に身をつつんだ状態では最後の写真。そこに写っている彼女はまさしくプリマドンナ。彼女とは踊っている時間も違えば与えられた楽屋の大きさも違う。唯一、記念に撮ってもらった時間と場所だけが《同じ》だった。


「綺麗だったな、あいつは」

 あのときの彼女の衣装、彼女の踊り、彼女の言葉は未だに俺の脳裏から離れない。結以もナツを知っている。あのころを懐かしむように彼も写真を眺めていた。

「そうだね」

 写真の中にいる彼女は笑顔だった。


 あれは確か大学の二年生の冬。バレエ団を退団した俺といまだにプリマドンナとして踊り続けている彼女。表面上では接点がないようにみられていたが、コンクールやら公演やらでサボり気味ではあるものの彼女も俺と同じ大学。俺と同じなら、ノートの貸し借りがしやすいからと、同じ工学部に所属していた。

『ねぇ、慎くんのオススメはなんなの?』

 昼食も当然のように一緒にとる彼女。新入生セミナーで仲良くなった角田結以とともに三人で食事するのが恒例化していた。

『うーん。スタミナ定食かな?』

『確かにアレ、めっちゃ美味いよな』

『それ私、食べれないやつじゃん!』

 普段は弁当持参のナツ。珍しく慌てて出てきたのか、弁当を持っておらず、食堂で何を食べようか迷ったらしい。俺たちにオススメを聞いてきたのにその提案を拒否する。結局、小盛りのご飯と豆腐、サラダを選んで購入した彼女とともに窓際の席につく。


『ねぇ、今度の公演に来てくれない?』


 食べながらそういえばと尋ねてきた。大学の講義を終えたらすぐに練習に向かうのか、彼女の黒髪が一糸乱れずシニョンヘアにまとめられていた。

『あ――……次の公演って『くるみ割り人形』だっけ』

 退団してから丸三年。すっかりバレエから遠ざかっていて、最近はナツとの会話にさえ上がっていなかったのに唐突だった。

『うん。慎くんが退団してから、何回か『くるみ割り』やったけど、なんかコレジャナイ感が強くてね』

 ナツの不満そうな声に意外だなとおもわず言ってしまった。

『だから一回、慎くんに観てもらいたくてね』

 しゃあねぇな、つい俺は観にいく約束をしてしまった。慎之助の口からバレエなんて似合わねぇな、と横から茶々をいれる結以。

『慎くんはすごかったんだよ‼︎』

 ナツがめっというように箸を結以に向ける。突きつけられた結以は悪かった悪かったと笑いながら謝った。

『そんなことないさ』

 実際そうだったしな。早紀ナツはプリマドンナで、俺はただの群舞(コール・ド・バレエ)の一人。プリンシパルがいるバレエ団ではただの群舞の地位は低い。



「ナッちゃん、あの公演の直後に死んじゃったもんね」

 結以はその写真を手に取りながら目を細める。

「ああ」

 俺は遠い過去を思い出していた。



 リハーサル中に骨折したとかで、たまたま楽屋に顔を出した俺が代役として『くるみ割り人形』にエキストラ出演してから二週間後。いつも通りの朝、大学へ行こうとした俺は携帯電話が何回も鳴っていることに気付き、誰からなのか確認すると、ナツの母親からだった。

 慌ててかけなおし、彼女が事故死したことを知らされた。

 それからの記憶は少しあいまいだったが、とりつかれたように勉強に没頭し、朝早くから夜遅くまで外に出ない生活が続いた。そうしないと、ふとした拍子に彼女のことを思い出しそうで怖かったのだ。

 そんな俺を叱咤したのは結以で、自分が今いる地球以外に目を向けてみろと言ったのも彼だった。

 彼女が死んでから殻の内側にこもるようになった俺には眩しすぎた一方で、なぜか心地よかった。それから天体工学の道に進んだ俺はNASAなど各国の関係当局が宇宙の開発に乗り出すために新たに連携してできた国際レベルの機関、国際宇宙開発局(UDA)に結以とともに入局した。

 そして、地道に訓練を重ねた俺らは二人とも宇宙飛行士に選ばれここ、SWSに25年間勤務している。UDAに入って以来、地元には一切帰っていないが、後悔はなかった。




『全体指令、全体指令。まもなくM31(エム・サーティーワン)辺境惑星到着。各ユニットA班、YSN-01の探索準備開始』

 思い出に浸っていた俺らは無機質な指令の声にとうとう来たかと顔を見合わせる。結以も俺もA班所属。急いで装備を着用し、出入り口に向かう。

 やがて目的の惑星に到着したのか、大きな衝撃がきた。

 腰に響くような衝撃に耐え、排出孔から惑星に降り立つ。月と同じような表面、惑星を取り巻く気体の成分までは分からないが、いつもと同じように結以が見えることから、有色気体はないと考えていいだろう。

「さて」

 探すために歩き回りながらYSN-01の情報を頭の中で整理することにした。


 外見可変生命体。

 見る人によって外見が変わる生命体。しかし、どんな法則で変化するのか、元はどんな生態なのか、どんな場所に住んでいるのか分かっていない。唯一分っているのは、太陽系が存在するオリオンの腕と呼ばれるところから35万光年離れたところで誕生し、徐々にその活動場所を広げて、今ではおそらく地球から300万光年離れたところでも活動しているだろうという情報だけ。


『シン。前方11時の角度、260フィート先に熱源反応を感知。YSN-01の可能性大』

 SWSの司令部からの情報に了解と答えた俺はその方向に進む。

 かつては一個人が地球外生命体と勝手に交信してはならなかったが、2220年に制定された宇宙法により、SWS所属の飛行士のみ彼らと許可なしでも交信できるようになった。俺は地球代表として彼らと接触する可能性もある。どんな姿で俺の前に現れるのだろうか。

 しばらくして10メートルぐらいまで近づいたとき、確かに1メートルほどの物体が存在していた。もう少し近づくと『それ』はぼんやり光りはじめ、50センチほど高くなってから、光が収まった。

「お前、は……――」

 俺はその姿をまさかと思いつつも、目をこすり、もう一度しっかりと視た。忘れられない彼女(早紀ナツ)の姿が寸分たがわずにそこにあった。


『ワタシの名前はYSN-01、18号体3番『SUKATSINA(スカツィナ)』と申します。甲斐田慎之介さま、私はアナタの《忘れられない人》に似ていますでしょうか?』


 かろうじて声だけは違ったが、たったそれだけで俺はソレを彼女ではないと判別できた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待通り「早紀ナツ」の姿で現れてくれて嬉しかったです。 [気になる点] 【脱字報告】 >すぐに母親同士も仲が良なったせいか 仲が良くなったせいか 「く」が抜けてませんでしょうか? [一…
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