1話
「クランを立ち上げよう!」
「却下だアホ」
もう何回目かわからないやり取りが今日も行われていた。ここはとある宿屋。こじんまりしていて集客率もそんなに多くはない。
それでもとても落ち着きのある面持ちでかれこれ宿泊半年となる彼らにとってはとても大事になっていた。
それはここの看板娘の少女にとっても同じこと。苦笑いしながらもとても温かい笑みを浮かべ、否定されて落ち込んでいる青年の空になったグラスに水を注いでいく。
「ありがとミククちゃん」
「どういたしましてリュートさん」
「ホントミククちゃんは優しいね、どっかの怒りん坊とは大違いだよ。もし僕に婚約者がいなかったら告白していたよ」
「勝手に言ってろアホンダラ。それとあいつはお前の婚約者でも恋人でもないただの幼馴染みだろうが」
「チッチッチ、まだまだ子供だなヴィルグは。僕と彼女はそんな形にとらわれない間柄なのさ」
右の人差し指を立てて横に振りドヤ顔を決める男。一発殴りたくなるようなその態度に向けられた男はイラッとする。
だけど男は殴らない、彼のこういう性格は昔からよく知っているし言葉はあれだけど理性的な人間だ。
「……お前今まで何度フラれているんだよ」
それでもやっぱり腹は立つ。表情には出さないが淡々と青年に対して言葉の暴力をぶつけていく。
「来る日も来る日もごめんや無理って断られているのに告白し続けて。あいつじゃなかったらストーカーと訴えられていたぞ。だと言うのにビックになると言ってあいつの忠告を無視して村を飛び出し、んでもって後先考えずに危険な戦闘ばかりしやがる」
「で、でもお陰で僕たちBランク冒険者だよ」
「結果的にはな。少し間違えたら全員お陀仏だったことが数え切れないほどだ」
「うっ」
「オマケに最近じゃ女にチヤホヤされて鼻の下伸ばしたりミククに口説きまがいな言葉を投げかけたり……あいつに連絡したらどうなるだろうな」
「うわぁああん! ヴィルグが虐めてくるよアルク!」
次々と容赦なく心に突き刺さってくる刃物にプルプルと震えながら聞いていた青年はとうとう泣き出してしまった。
いい歳しながらわんわんと泣きじゃくる五歳児の如く泣き、隣の席に座っていた仲間の一人の腰に抱きつき助けを求める。
抱きつかれた青年は困った表情も心配した表情も浮かべない。無表情に近いあまり変化のない表情を浮かべながら淡々と彼の頭をポンポンと叩いて宥めていた。
その光景をミククはこれまたいつもの光景と思いながら横目で見て、本当に仲の良い人たちと感じながら空いたテーブルを拭いていた。
「……だがそろそろ次の一歩を踏み出さなければならないのも事実」
今まで腕を組みながらただ黙って話を聞いていた青年が口を開いた。他の三人とは違い彼は幼馴染ではない。一年ほど前に知り合いとある一件で仲間となったものだ。
歳は彼らの一つ下であるがとても落ち着いており、一回りも二回りも年齢が上だと感じさせる貫禄を見せている。
少なくとも泣きついたアルクに鼻をかんでもらいながら見上げているリュートよりはリーダーと思われるだろう。
「今までのようにフリーでいるのも限界に近い。どこかのクランに所属するか誰かに後ろ盾になってもらうか、それともこやつの言っている通りに自ら居場所を立ち上げるかしかない」
Bランク冒険者とは一種の境界線だ。Cランク以下冒険者は一般的なものでそれこそ履いて捨てるほどいる。
よほど優秀や有望、それから有名ではない限り狙われることはない――敵や囲い込み的な意味で。
だがBランク冒険者以上は違う。実力を認め始めて来て無視出来ないほどの存在になる。
いくら田舎出のお登りさんでもそれは同じだ。いや、むしろ田舎者こそ危険になってくる。
コネや繋がりもなく後ろ盾もない彼らは言うなれば――、