65話 バイトの先輩 前編
「あ〜だるいわ〜。ちょーだるい。何がだるいって全てがだるいよね」
「百合華さん、こっちまでネガティブな気持ちになるので初手からマイナス発言やめてください」
部活は休み、今日はアルバイトに来ていた。
事務室で机にダラけるようにして溶けているのは、大学二年生で去年俺と同じぐらいのタイミングでこのお店で働き始めた藤原百合華さん。
髪色を明るい茶色に染め、いかにもサークルで遊びまくってまくってますと言わんばかりの、所謂ギャルだ。
「だって働きたくないし〜。セー君は仕事が好きだから分からないかもしれないけど〜」
「いや、別に俺だって好きで働いてるわけじゃないですよ」
百合華さんが言ってるのは、当時のヤサぐれていて週5で入っていた時のことを言っているんだろう。
さすがにあれは我ながらやり過ぎたと思ってる。
学校行ってバイトが毎日とか、拘束時間的にはほぼ社会人だからね。
余裕で所得税取られるぐらいは稼げた。
ちなみにセー君とは俺の清正という名前をセイセイと呼び始めたことがきっかけだ。
こんな特殊な呼び方をするのは百合華さんかハードゲイくらいのものだと思う。
「お前ら、いいからさっさと着替えろよ。店長待ってるぞ」
「いやん、つぶっちに服を脱げって強要された。セクハラじゃない?」
「誰もお前の裸に興味ねーよ。どうせハラスメントするならパワハラするわ」
つぶっちと呼ばれた人は大学三年生の円谷修二さん。
金髪で目つきが鋭く、ぶっきらぼうな物言いからとっつきにくい人に見えるが、意外と面倒見が良く、何より若干のドジっ子成分が入っているのか、トンチンカンなミスをたまにする。
なので百合華さん達から弄られるのもしょっちゅうだ。
「パワハラとかひどーい。てかつぶっちもサボってるじゃん」
「ばか、俺はもう終わったんだ。堂々と裏でサボるかよ」
そう言って、灰皿に置いてあるタバコを取ろうとしてすぐ隣に置いてあったストローを口に咥えた。
「…………なんか味しねーな」
「だってストローですもんそれ」
「なっ!? …………入れ替わった?」
「つぶっち馬鹿でしょ」
こういうところね。
憎めないタイプの人だと思う。
「年上に向かって馬鹿はねーだろ」
「もう行こセー君。つぶっちはイライラしてるから生理らしいよ」
「男の俺にそんなもんあるか!」
怒る円谷さんを尻目に、俺と百合華さんは更衣室でそれぞれ制服に着替えて表へと移動した。
店長が一人でレジとホールとキッチンをこなしていた。
「店長お待たせしました」
「あっ、待ってたよ2人とも〜。円谷君があがっちゃったからどうしようかと思ったよ。さすがに僕1人じゃ店は回せないからね」
「すいませーん。つぶっちの話が長くて時間取られちゃったんです〜」
さらりと先輩を売った!
この人の中に責任という二文字は無いのか……。
「そんなにお客さんはいない感じですか〜?」
「悲しいことにね。じゃ、ホールは加藤君に任せるよ」
「はい」
このお店はカフェという名目ではあるが、天条さんのところみたいにしっかりとした珈琲店というわけではなく、パスタやサラダなど普通に食事もとることができる。
休日には人が多く入ることもあるが、いかんせん普通のチェーン店だからか目玉商品みたいなものもないし、天条さんのところみたいに店員が美男美女というわけでもない。
良くも悪くも普通の飲食店といった感じだ。
だからか、今みたいな平日の夕方前の午後4時5時だとお客さんが1人もいないという場面がたまにある。
店長は事務作業があるからといって、事務室に戻っていってしまった。
「暇だね〜セー君」
「そうですね」
百合華さんはキッチンカウンターに頬杖をついて暇を口にした。
「そうだ。じゃあ私と賭けしない?」
「賭けですか?」
「そう。次に入ってくるお客さんがどんな人か。30代スーツ姿の男性とか。正解から遠い方がここのパフェおごりで」
「いいですね面白そう。乗った」