64話 入学式
二年生になって初日の朝の出来事です
今日は俺の高校生活2年目が始まると共に、もう一つ重要なイベントが行われようとしていた。
そのおかげで、朝は少しバタついている。
俺はトーストの上に目玉焼きとレタスを乗せ、マヨネーズをかけた後に半分に折ってサンドイッチを完成させながら、その光景をボーッと見ていた。
「このシワが……気になるのよねぇ」
「お母さん、もう時間ないからそれぐらい大丈夫だってば!」
「ダメよ! 今日は愛にとって高校生活最初の日なんだから!」
そう。
愛の高校入学式だ。
愛は無事に受験に合格し、今日から俺と同じ鷹山高校へと通うことになった。
紺色のブレザーに赤白チェックのスカート、胸元には一年生を表す真っ赤なリボン。
鷹山高校が立地条件最悪の割に倍率が高いのは、この制服が可愛いと評判なのも理由の一つらしい。
母さんはそのブレザーの一部分がクシャッとなっているのが気になっているようで、これからアイロンを掛けようとしていた。
「昨日のうちに済ませるでしょ普通……」
「なんか言った? 清正」
「いえ、何も」
キッと睨みつけられ、俺はサンドイッチを口の中に頬張ることに集中した。
シンプルサンドイッチまじ美味い。
目玉焼きとマヨネーズが完璧なんだこれが。
親父は俺の前で新聞を読み耽っていた。
落ち着いてスカしているように見えるが、実は緊張してソワソワしているのが丸わかりだ。
だって靴下左右種類違うし。
紺色と黒色だからね。
似て非なるものだよそれらは。
面白いからあえて指摘しないけど。
「そうだ愛、今日はちゃんとお兄ちゃんと学校に行くのよ」
「べ、別に兄貴に送ってもらわなくても大丈夫だよ」
そうだそうだ。
なんで俺が妹のお守りをせにゃならんのだ。
俺達もう高校生だぜ?
兄妹仲良しこよしで学校行くとか、恥ずかしすぎて顔から火が出るわ。
「愛がお兄ちゃんを送ってあげるのよ」
「なるほど」
「なんで俺だよ!! 立場おかしいだろ!!」
予想を裏切られるとはまさにこのことだ。
家族内ヒエラルキーで俺のポジション低くね?
下手したら、飼ってる金魚より低いかもしれない。
もしそうなったら謀反でござる!
戦国武将ナメるなでござるよ!
「愛の晴れ舞台で何かあったらどうするの」
「この距離で起きる万が一ってなんだよ」
「清正が車に跳ねられるとか」
「俺になにかあんのかよ!! つーかそんなこと親が言うか普通!?」
そもそも俺に何かあるの前提やめてくれ。
これでも1年間無事故で通ってんだからさ。
愛とは年季が違うわけよ。
「まぁなんだ、二人とも怪我なく行って来いって話だ」
「親父…………!」
まさかの親父からの心配のお言葉。
突然すぎて思わずお涙頂戴するところだ……!
「それで早いとこ社会人になって、働きたくない父さんを養ってくれ」
「親父…………?」
溢れてくる涙は落胆の涙だったわ。
なんでそういうこと言うんだ。
そこは早く一緒に酒が飲みたいとかでいいじゃんかよ。
「とにかく、二人は一緒に行きなさい」
「分かった分かった。分かったけど愛、まだ準備できてないの? 俺もう飯食ったんだけど」
「あっ、お母さん! 早く!」
「はいはいできました。これでシワなしブレザーの完成ね。私もこんな風にシワのない肌になりたいわ」
なにキショいこと言ってやがるババア。
アイロンでも押し当てとけ。
「誰がババアですって?」
「何で考えてること分かんの!?」
「親はね、子供のためならエスパーにもなれるのよ」
「なにその能力!! 怖ぇよ!!」
それもう人間やめてんじゃね?
もはや妖怪だよ妖怪。
「それじゃ行って来ます!」
「行ってきやーす」
「お母さんとお父さんも、後で入学式行くからね」
結局、俺と愛は一緒に学校へと向かうことになった。
─────────
兄妹で学校に行くとかいつぶりだよ。
中学入って最初のころは普通に二人で行ってたけど、俺が中学3年生になったときには別々だったから2年ぶりか?
まぁでも別になんてこたないな。
普通に一人で学校行ってるのとあんま変わらん。
後ろにピクミンが付いて来てるのと同じような感じか。
「兄貴」
「なにさ」
愛が不意に話しかけてきた。
「兄貴が前に桐生さん達と連れてきてた人、すごい有名な人だったんだね」
「そんな世界に名を馳せてる人なんて俺の知り合いにはいないけど」
「そこまで言ってない。ほら、天条さんと海野さん。鷹山高校でも有名な二人なんでしょ?」
なるほどその二人か。
確かに知名度はこの地域全土に知られていてもおかしくはない。
あの二大巨頭は圧倒的存在感として鷹山高校に君臨しているからな。
そして、その二人と同じ部活に所属している俺もまた凄いということだ。
A=B、B=C、つまりはA=Cということだな。
「そんなに有名なってんの?」
「特に男子の間ではね。二人目当てで鷹山高校を受験する人も結構いたよ」
「とんでもないな」
たった二人で受験率すら増やすのか。
もうこれ学校の顔として紹介されててもおかしくないだろ。
桐生とその二人を学校紹介のパンフレットに載せれば、撒き餌にかかる魚が大量に釣れそうだ。
「ときに愛よ、友ノ瀬とはその後どうなんだ?」
「な、何で急に友ノ瀬くんの話になるの!?」
そりゃ気になるからな。
愛が唯一、家に連れて来た男友達だ。
愛とのトラブルの件以降、友ノ瀬が何回か家に遊びに来ているのを知ってる。
まぁ2人きりじゃなくて、他にも数人友達来ていたが。
そもそも2人きりになんかさせねぇよ?
あの薄い襖の先で2人がイチャイチャし始めようもんなら、チェンソーをブィイイン! と回転させてキチゲ解放からの襖バッサリだからね。
13日の金曜じゃなくてもジェイソンは現れるんだぜ。
「やっぱ兄貴として、妹と仲のいい男は把握しておくべきだと思いましたマル」
「何で感想文テイスト…………てか兄貴には別に関係ないじゃん!」
「関係大アリです。俺に害を為すような奴だったら困る」
「あっ……もしかして」
愛は突然何かにピンと来たようにハハーンと意地悪く笑った。
「もしかして、私に彼氏とかできることを心配してるの?」
「………………」
「何よその顔!!」
俺が、全く似てもいないモノマネを友達に見せられている時と同じ顔をしていると、愛が憤慨したように怒った。
それじゃあまるで俺が嫉妬しているみたいじゃないか。
シット!
そんなわけあるか!
「イソジンを一気飲みした時と同じ気分だ」
「どういう意味よそれ! そもそもそれは飲み物じゃないでしょ!!」
「何で俺が妹に対して嫉妬するんだよ。これはそうだな、愛が悪い男に引っかからないようにという俺からの…………配慮?」
「うざっ! 兄貴うっざ!」
そんな拒絶することないじゃんか。
嫉妬はしてないけど心配はしてるんだぞ?
やっぱ兄貴として、将来義弟になるかもしれん奴はまともな奴であって欲しいからな。
「そういう兄貴は里美さんとどうなのよ!」
「超円満。毎日記念日」
「うっざ!!」
なんでよ。
彼女と円満とか良いことじゃんか。
ただでさえ昨今は不倫がブームとか言われてるなかで、彼女一筋とか誇れることじゃない?
決して他に俺と仲良くしてくれる女子がいないからというわけではなく。
そもそも不倫できるほど甲斐性が無いからというわけではなく。
とにかく俺は毎日里美と連絡取ってるし、里美が急に連絡をプッツリ切るなんてことも考えられないし、今後も良好な関係が崩れることがないのは間違いない。
絶対的な勝ち組とは、俺のことだな!
この後、彼女と音信不通になることを彼はまだ知らない。