63話 謝罪
「で、あの後何があったんだよ。何もなしに桐生に惚れたわけじゃないんだろ」
部活が終了し皆が帰る準備をしている中、俺は空野に直接聞いた。
何かがあったことは間違いないのだが、何があったかはまではまだ知らなかった。
「それは言えませんよ〜。私と桐生先輩の、二人だけの秘密です」
口に指を当てて、あざとくウインクする空野。
なんかイラッとした。
「キヨ、そういえばこの前坂下達にあったぞ。空野が絡まれていた」
……………………。
「二人だけの秘密が何だって?」
「そういう無神経なところも好きです」
「恋は盲目すぎるだろ。それにしてもよりにもよって、アイツらに絡まれてたのかよ。何もされなかったか?」
久しぶりに聞いたその名前。
1年前、海野先輩にクスリを使って襲おうとした奴らで、それを桐生が防ぎ、結果停学を食らった元凶だ。
ちなみに俺も手酷くやられた。
「ちょうど桐生先輩が来てくれたおかげで助かりました」
「桐生も俺を呼べよな。またケンカになりやしないかヒヤヒヤするよ」
「奴らも年少から出たばかりらしくてな、特に何も無く終わった」
年少入ってたんか。
クズ共だからロクな人生送らんと思ってたけど、学校退学なった後も悪さしてたんだな。
「でもキヨが行っても怪我して帰ってきそうだよね」
「天条さんそれどういう意味」
「加藤君はどちらかと言えばやられ役っぽいわよね」
「言うに事欠いてそれかい!!」
そりゃケンカは別に得意でもなんでもないし、3バカにボコられるぐらい弱いけど、親友が争い事の最中にいたら助けに行くのが当たり前でしょ。
「葵さん、坂下達がこの辺りをうろついてる可能性がある。流石に今さら何もしてこないとは思うが、何かあればすぐに連絡をくれ」
「ええ、ありがとう颯」
「葵さんには私が指一本触れさせないよ! 任せて!」
美咲ちゃんが意気込むけど、美咲ちゃんと海野先輩が一緒に帰っていたら、それこそ襲われそうだ。
カモがネギしょってら、って。
「それじゃ、俺と空野はこれから少し用事があるから先に行きますね」
「例の関係ね。また今度一緒に遊びましょうと伝えておいて」
「了解です」
俺と空野は一足先に部室から出て行った。
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現在午後6時30分。
俺は天文部の新入部員である後輩の空野日向と共に、ある人物と待ち合わせていた。
それは空野が迷惑をかけた相手であり、まだ正式に謝罪をしていない相手でもある。
「ちゃんとあの時脅迫したことは全て嘘ですって言うんだぞ」
「え、でも加藤先輩が図書館にエロ本を導入する話をしていたことは本当のことじゃないですか」
「いいか空野、世の中にはな、世に広めることなく墓場まで持っていった方がいい話もあるんだよ。そして今がそれだ」
「先輩、結構汚いんですね」
「人を脅迫してたお前が言うな」
待ち合わせてる相手とはそう、俺の彼女である陸川里美だ。
彼女は空野から、俺とメールすると俺が喫茶店で話していた恥ずかしい話を学校中にばら撒くと脅され、桐生から話をされるまで俺との連絡を一切絶っていた。
今では普通に連絡を取り合っているが、空野はまだ直接里美に謝罪をしていないため、今回のような場をセッティングした次第である。
空野自身、多大な迷惑をかけている自覚はあるため、むしろ謝りたいと申し出たくらいだ。
「とにかく、俺の沽券にもかかわる問題だ。反省の色があるのなら、ここはひとつ俺の顔を立ててくれよ」
「分かりました。先輩の顔に泥を塗らないように頑張ります」
そんなに意気込むことではないけど。
しばらくすると、開関高校の制服を着た里美が小走りでやってきた。
「ごめんね、少し部活が長引いちゃって」
手でパタパタと仰ぎながら、薄く汗をしたたらせる彼女は、いかにも健康的な体育会系女子という風に見えた。
ちなみに里美はバレー部である。
「そんなに急がなくても良かったのに」
「待たせるのも悪いじゃん。あ、そっちの子が……」
「は、はい。あの…………空野日向と言います。えっと……その……」
めっちゃ人見知りしてやがる……。
そういや空野って基本的に臆病なの忘れてた。
海野先輩との交渉時とか、会ったこともない相手を脅迫したりだとか変なところで肝が据わってるくせに、基本ベースでキョドってる。
慣れた相手には結構ズバズバ言うタイプなんだけどな。
「いろいろご迷惑おかけして、すいませんでした」
空野が頭を下げて謝った。
「あはは、別に大丈夫だよ。確かに清正と連絡が取れなかったのは寂しかったけど、やっぱり私は清正のことが好きなんだって再認識できたし」
女神や。
女神がおる。
彼女にこんなん言われて嬉しくない男いる?
「それでですね、陸川先輩に送った内容なんですけど、あれ実は嘘なんです」
そうだ。
それが今回一番大事だ。
「え? でもたしか音声録音も添付されてたけど……」
…………あ。
マジじゃん。
そういやこいつ録音したのを送ってんじゃん。
手遅れじゃん。
「すいません。先輩の沽券を守るために嘘つきました」
「すぐゲロったよこいつ!」
「だってもう無理ですよ! これ以上陸川先輩に対して悪行重ねられないですよ!」
「だからって秒速で諦めるか普通!? ストーカーしてた時の粘り強さはどうした!」
「あー! すぐそうやってイジる! まだ私も失恋の傷癒えてないんですからね!」
「桐生にすぐ乗り換えたやつが何言ってんだ!」
「だって仕方ないじゃないですか! 加藤先輩には素敵な彼女さんがいますし、これからどれだけ頑張ったって脈はないんですから! 今だってまだ加藤先輩のこと好きなんですからね!」
「そうだったのかよありがとう! でも俺には里美がいるからごめんなさい!」
「何で私二回も振られてるんですか! これじゃあいつまでたっても失恋の傷は癒えません!」
「ぷっ……あっははははは!!」
俺と空野がマシンガンのように言い合いを続けていたところ、突然里美が吹き出したように笑った。
「さ、里美?」
「あははは! ご、ごめん。あまりにも二人の言ってることが面白くって。空野さん、本当に清正の事が好きだったんだね」
「ご、ごめんなさい……。陸川先輩がいる前でこんな……」
「ううん。清正ってカッコいいもんね、空野さんが清正の魅力を知ってくれているみたいで嬉しいよ」
ちょっと照れる照れる。
里美の俺上げが止まらない。
少し距離置いたらむしろ好感度上がってない?
「私はもう別に空野さんのこと怒ってないし、これからも清正と仲良くしてほしいと思ってるよ」
「いや、でもケジメはその、しっかりしますので……」
「そーだねー、それなら一つだけ空野さんに言っておこうかな」
里美はそう言うと、俺の腕を掴んで自分のところへ引き寄せた。
「清正は私のものだから、取っちゃダメだよ?」
冗談ぽく笑顔で。
里美は空野に対して俺の所有権を宣言してみせた。
そんななか俺はというと、恥ずかしさと嬉しさが7:3の比率で心中を埋め尽くし、思わずニヤけそうになる顔を真顔に保つために二人から見えないところへ顔を背けていた。
それでも赤くなる顔は隠せないだろう。
「ほんと……私じゃ絶対に勝てない彼女さんです。加藤先輩、陸川先輩みたいな人を放しちゃダメですよ?」
「お前に言われなくても、当然さ」
こんなに俺なんかのことを好きになってくれる人は今後、現れないかもしれない。
だから俺は誓う。
里美を悲しませるようなことはしないと。
「俺も里美が好きだ」
たった二文字の好きという言葉を伝えることはとても大変だ。
でも、今の俺なら臆することなく言える。
相手に気持ちを伝えることが何よりも大切なんだと知っているから。
空野事件はこうして、全てが後腐れなく終わったのだった。