62話 居残り
「なぁ、何で俺には彼女が出来ないんだと思う?」
「何でここにいんだよ……」
放課後、数学のテストで赤点を取ってしまった俺は教室で加納先生に残され、課題をやらされていた。
そんな折、背後から声を掛けてきたのは3バカの一人である有馬であった。
ちなみにクラス内にいるのは俺達含めても8人だけだった。
「愚問だな。ここにいるということは…………そういうことだろ?」
「カッコつけてもダサいぞ。お前は一体何のためにメガネかけてるんだ」
「物事の本質を見抜くためだな」
「誰がとんちで返せって言ったよ」
要はお前も赤点取ったからじゃねぇか。
違うクラスなのにわざわざ集められやがって。
「なぁ、何でだと思う?」
「顔」
「話終わらすなよ」
俺は一切振り向くことなく、課題を解きながら適当に答えた。
「頭も良く、スタイルも良いこの俺がなぜ?」
「顔」
「何でかたくななんだよ。そこは譲れよ」
「いや譲らないよ俺は。ちなみに話変わるんだけど、整形したら?」
「変わってねーよさっきから!!」
「うるさいぞ有馬! 静かにやれ!」
先生からの喝により、静かになった有馬。
そもそも頭良い奴がこんなところにいないから。
まずは自分のスペックを見直すところから始めて頂きたい。
「先生!」
「何だ有馬」
突然有馬が挙手をして先生を呼んだ。
「質問があるのだが!」
「下らん質問だったら課題増やすからな」
「まさかこの俺が下らん質問なんてするわけが」
「そのお前だから心配してんだろうが」
先生にさえもこの言われよう。
こいつのバカさ加減は周知の事実のようだ。
「俺が赤点取ってしまい、残って課題をやらされているのは分かる」
「おう、反省しろよ」
「だが俺よりもバカで赤点常連の長屋と中西がいないってのは……どういう了見だ…………?」
有馬が眼鏡を押さえつけながら聞いた。
ゴゴゴ……みたいな地鳴りの効果音が聞こえてきそうなほど格好付けている。
「ここにいないってことはそういうことだろ」
「バカな!! あの二人に限って赤点じゃないなど……!」
「いいことじゃないか」
「俺は信じているんだ………! あの二人ならきっと…………俺の信頼を裏切らないだろうと……!」
「なんと迷惑な友情だろうか」
加納先生は、そんな悔しがる有馬に近づき、そっと肩に手を置いた。
「だが……やっぱりお前はその二人と違って先生の期待を裏切らないよ…………」
「せ、先生…………」
「ほらよ」
先生は有馬の机にドサリとプリントの束を置いた。
それを見た有馬がフリーズした。
「せ……先生……これは一体……!」
「下らん質問したら課題を増やすと言ったよな」
「謀ったなあああああああああ!!!!」
いや自爆だろ。
一人で手榴弾抱えてコケて爆発したんだろ。
「それにしても量が多すぎるのではなかろうか!」
「お前を想った俺からの……愛情さ」
「物理的に重い!!」
「じゃ、終わった奴から提出して帰っていいぞー」
「ノウ! ティーチャー!! 俺にも慈悲をくれ! このままじゃ俺は今日帰ることはできない! 先生もそれは困るだろう!?」
先生は再び有馬の肩にポンと手を置き、そして優しく微笑んだ。
「先生な、今日……………………宿直なんだ」
「いやああああああああああ!!!!!」
朝までコース確定かよ。
「お疲れ有馬。教師と二人きりお泊り勉強会とか、お前の求めていたものそのままだな」
「誰が男の教師で喜ぶんだ!! だったら保健の御代ちゃん先生と二人きりがいいっつーの!!」
保健の先生とは、今年新しく赴任してきた坂口御代先生のことだ。
新任でありながらも、人を安心させる話し方に定評があり、その大人っぽい見た目から生徒だけでなく一部の教師からも人気がある。
「保健の先生と何を学ぶんだよ」
「そんなこと言わせんな恥ずかしい!!」
「言うのも恥ずかしいような事すんなよ」
「有馬がそんなことできるわけないだろう! そんなもん先生が一番お願いしたいわ!!」
「加納先生サイテーです」
同じく居残っていた他クラスの女子が、引いたように加納先生に言った。
「そうだぞ先生! 同僚をそんな目で見るとはサイテーだ!」
「有馬君もだよ」
「バカな……!」
「いや妥当だよ。そこに関しては二人とも似たり寄ったりだよ」
「俺と有馬が同類だと……!?」
加納先生はふらりと教壇へ戻ると、ゴソゴソと教壇の下からさらに大量のプリントを取り出し、有馬の机にドンッと置いた。
「なんぞこれは」
「俺の教師としての威厳を損なわせた腹いせだ」
「はあああああ!? お、横暴だこれは! 職権濫用だ!!」
「職権濫用上等! 俺も昔はブイブイ言わせて喧嘩祭りだったんだぜ…………今は聖職者だがな」
「性職者の間違いだろ」
「はい追加」
「うおあああああああ!!!」
実はこの二人仲良いだろ。
コントやってるようにしか見えねぇよ。
そうこうしている内に俺は課題終わったしな。
「先生、俺は課題終わったんで帰っていいですか?」
「ん? おう、終わった奴から帰っていいぞ」
「先生」
「何だ有馬」
「俺の人生も終わってるんで帰っていいですか?」
「終わってるのはお前の頭だ」
俺は荷物をまとめ、早々に教室を出る準備をした。
…………一応、最後に有馬に激励の言葉でも送っておくか。
「有馬」
「何だ? 手伝ってくれんのか?」
「俺はこれから…………美少女達と遊んでくるよ!」
「貴様ああああああああ!!!」
眼鏡の奥に血の涙が見えたのは、果たして俺の幻覚だったのだろうか。
いや、幻覚じゃない。
反語。