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俺はどうしても主人公にはなれない  作者: もぐのすけ
二年生 新入部員編
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61話 エピローグ

 〜空野目線〜



 加藤先輩を見かけたのは、本当に偶然だった。

 中学時代に好きになり、でも私に声を掛けるような勇気も無くて、それでも加藤先輩のことが知りたくて自然と後をつけるようになった。

 加藤先輩がふとした時に見せる笑顔、それがいつか私に向けられるようになるかもしれないなんて、ありもしない妄想をしながら加藤先輩を見ているだけで幸せだった。


 でも加藤先輩に彼女が出来たと聞いて私は横取りされたとか、私の方が相応しいだとか、そんな不相応なことは考えず、ただただ何もしないでいた自分に不甲斐なさを感じた。


 それからは加藤先輩の後をつけるのをやめ、またいつも通りの学校生活を送るようにした。


 そんなある日、加藤先輩が卒業した後に加藤先輩の妹さんである加藤愛さんが、兄が付き合っていた彼女に振られたらしいと友達と話しているところを聞いてしまった。

 それだけなら特に何も思わなかったと思う。


 でも、友達と人気だって噂の珈琲店に行った時に、偶然加藤先輩を見かけてしまった。

 見つけてしまった。


 高校生になった加藤先輩はやっぱりカッコよくて、友達と笑い合いながら話している姿がやっぱり魅力的で。

 私はまだ加藤先輩のことが好きなんだって認識してしまった。


 それからは加藤先輩のいる鷹山高校を目指すようになって、加藤先輩が入っている部活なんかも調べたりして、今度は追いかけるだけじゃなくて自分から動いてみようと心に決めた矢先、加藤先輩が振られた相手とヨリを戻しているということも知ってしまった。


 私は、きっと加藤先輩はその彼女さんの良いように弄ばれているだけで、加藤先輩を本当に好きなのは私だけなんだと思い、どうにかして彼女さんから加藤先輩を取り戻そうと考えた。


 加藤先輩のいる天文部には、中学時代に有名だった桐生先輩や、鷹山高校で1、2を争うほど人気者の海野先輩や天条先輩という方がいることを知り、普通に入部することは難しいらしく、私は外堀から埋めていくことにした。


 海野先輩や天条先輩が桐生先輩に好意を持っていることを調べて、上手く懐に入る。

 そして入部後は桐生先輩を隠れ蓑にして、加藤先輩に近づく。


 入部当日に部室に行った時は、突然加藤先輩が目の前に来て、思わず心臓がひっくり返りそうになった。

 こんなにも近くで加藤先輩を見たのは初めてだったし、言葉を交わしたのも初めてだった。


 それから先の事は桐生先輩が話した通りだ。

 私は加藤先輩の彼女さんに脅迫めいたメールを送って加藤先輩との連絡を断たせ、空くはずのポジションに入り込もうとした。

 結果は海野先輩と桐生先輩に全てを見透かされて失敗。

 せっかくお近づきになることができた加藤先輩にも切り捨てられた。


 結局、自分の利益のために誰かを騙しても、自分に返ってはこない。


 分かってはいたはずなのに、理性の歯止めが効かなかった。




「ぐすっ…………明日、退部届を持って行こう……」


 まだ明るい帰り道、視界が涙でボンヤリと歪みながらトボトボと歩いていた。


「あうっ」


 ドンッと誰かとぶつかってしまった。

 俯いていたせいで、気付かなかった。


「痛ってーなてめぇ」

「す、すいません…………」


 ぶつかった人はニット帽を被っており、その顔は憎悪にでも満ちているかのように怖かった。

 いわゆるヤンキー……?


まさくん、こいつ鷹山高校の生徒ですよ」

「しかも結構可愛いっすね」


 ニット帽の男の人の他に、取り巻きのような人達が2人いた。


「おい、ぶつかった詫びにちょっと付き合えよ」

「え、ちょっ……や、やめて下さい…………」

「うるせぇ!! 抵抗すんな!!」


 突然の怒号に思わず体が震えて、固まってしまう。

 今まで経験したことのない恐怖が体を締め上げて、涙がこぼれそうになる。


 加藤先輩とは違う、下卑た笑い顔が目に焼き付く。


「てめぇがぶつかってきたんだろ? だったらちゃんと謝罪の意思を持てよ」

「そ、そんな…………」


 ニット帽の人に腕を掴まれ、いよいよ逃げる事が出来ないと覚悟した瞬間。


「おい、俺の後輩から手を離せよ」


 後ろから別の男の人の声がした。

 それはさっきまで私のことを追い詰めていた人の声。


「桐生……先輩……!?」

「こ、こいつ……!」

「桐生ぅ……! 久しぶりじゃねぇか……」


 ニット帽の人が私の腕から手を離したため、私は桐生先輩の元へ駆け寄るようにして逃げた。

 桐生先輩とこの人達は面識があるようだった。


「葵の奴は元気にしてるか?」

坂下さかした、お前のようなゲスが葵さんの名前を口にするな」

「俺はよぉ、お前につけられたこの傷が毎日毎日疼いて仕方がねぇんだ……!」


 そう言ってニット帽を取ると、頭の部分に大きく手術痕のようなものがあった。

 ザックリとついた傷は、恐らく生涯消える事が無いようなものだ。


「自業自得だろ。葵さんも、お前らに付けられた心の傷は一生癒えることはない」

「雅くん……流石にここで桐生とやるのはマズいって」

「年少から出てきたばっかりだしさ……」

「ちっ…………おい桐生。必ずお前には報復してやるからよぉ。震えて待っとけや」

「断る。二度と俺達の目の前に現れるんじゃねぇ」


 ニット帽の人達は、桐生先輩に一瞥をくれると、反転して歩いて行った。


「奴ら、年少に入ってたのか」

「あ、あの、桐生先輩。どうして私なんか助けてくれて……」

「ここを通ったのは偶然だ。あいつらとは昔、因縁があったからな」

「で、でも私は……明日には退部する身だし、皆さんにたくさん迷惑をかけたのに……」


 私は申し訳なさから俯いた。

 私は最後まで、色んな人に迷惑をかけ過ぎている。


 そんな私の頭に大きく暖かい手がポンと置かれた。


 思わず驚いて顔をあげると、そこには優しい笑顔があった。


「退部届けはまだ出てないんだろ? それならまだ空野は俺達の大切な部活の後輩だ。後輩が絡まれているのを見れば助けるのは当たり前だろ。キヨだってそうするはずだぜ」


 まだ大切な部活の後輩。

 少なくとも桐生先輩はそう思ってくれている。


「確かに空野は俺達に迷惑をかけた。でもよ、これぐらいのトラブル、俺達にとっては大したトラブルでもない。キヨも葵さんも、空野のことを否定しているわけじゃないし、退部してほしいとも思ってねぇ。美咲に関してはこの事すら知らないはずだ。あいつは鈍感だからな」


 桐生先輩の言葉一つ一つが心に染みる。

 加藤先輩に対する気持ちとは別の感情に心が包まれていく。


「引き止めるつもりはないが、この1年間で天文部に入ることができたのは空野だけなんだぜ? 高校生活は始まったばかりだ、もう少し視野を広く持っていこうぜ」


 ああ……なるほど。

 桐生先輩を調べていく上で、どうして桐生先輩に好意を持っている人達がこんなにも多くいるんだろうと思っていたけど、こういうことだったんだ。


 見た目だけで人を判断するなって、こういうことだったんだ。



 ────────────────────────



 〜キヨ目線〜



「で、空野は結局退部届けを出さなかったのか?」

「はい。加藤先輩にはもの凄く迷惑をお掛けしてしまいましたが、私も天文部でやりたいことが見つかったんです」


 ニコニコと笑いながら話す空野を見て、結構図太い神経してんなと、思わず思ってしまった。

 あれだけボッコボコにされながら、次の日も平然と部室に来れるとは恐れ入ったよ。

 俺だったら2ヶ月は顔出さないね。

 ていうか顔出せなかったからね。


「私は全然気にしてないわ。今回被害を被ったのは加藤くんだけだし」

「その言い方酷くないですか!?」

「なに? なんの話なの?」


 1人、今回全く関わりがなかった美咲ちゃんが、キョロキョロしながら聞いてきた。

 でもやっぱ美咲ちゃんには、今回のような事件には関わらずにピュアなまま生きて欲しい。

 もう保護者的な目線から見てるわ。


「待たせた」


 ガラガラとドアが開き、桐生が入ってきた。


「遅かったじゃねーか」

「日直だったのは知ってるだろ。ん?」


 桐生が空野に気付いた。

 どういう反応するのか気になるところではある。


「結局、残ることにしたんだな」

「は、はい! 桐生先輩の言って頂いた言葉が私の心に響いて……やっぱり新しいことに挑戦するべきだと思いまして……!」

「いいんじゃないか。挑戦できることは挑戦すべきだ」


 なんだろう。

 あの後、桐生は空野と個人的に何か話したのか?

 少し用があると言ってすぐに出て行ったのは覚えてるが。


「ところで、私が部活に残る条件は加藤先輩をつけるようなことはしてはいけないということでしたよね?」


 空野が俺に聞いてきた。


「まぁ条件っていうか、やめてくれって話ね」

「はい、やめます! 加藤先輩には大切な彼女さんがいますし、その邪魔をするようなことは金輪際しません!」

「いい心掛けじゃん」

「なので、私は」


「「「!!!!」」」


 突然、空野が桐生の腕に抱きついた。

 俺を含めた他の女性陣があんぐりと口を開けた。


「桐生先輩にアタックすることにします! 桐生先輩には付き合ってる人とかいませんよね!?」

「あ……ああ、いないが…………」

「じゃあ問題ありませんね!」


「「問題ありまくりよ!!」」


 2人が思わず立ち上がって異議申し立てを唱えた。


 何がどうなってそうなったのかは分からないが、これはまた新たなトラブルが生まれた予感がするわ。


「ちょっと加藤君! あれは一体どういうこと!?」

「何で俺に聞くんですか!」

「私の知らないうちに何で2人が仲良くなってるの!? ねぇキヨ!!」

「だから何で俺に聞くんだよ!!」

「えへへ、皆さんよろしくお願いします!」

「やれやれ…………」


 天文部2年目、まだまだ前途多難のようだ。

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