60話 幕引き
─キヨ目線─
「───そうして俺はその後、陸川に確認を取った。すると案の定だ、陸川は差出人不明のメールでキヨと連絡を取るなと脅されていたわけだ」
「………………」
「加藤君の後を追っているアナタの後ろを追うのは簡単だったわ。まさか自分が後を付けられているなんて、誰も思わないでしょうからね」
桐生と海野先輩が話した内容は衝撃的なものだった。
空野が俺達と同じ中学にいたこともそうだが、その時から俺は好かれていたというもの。
ニワカには信じ難い。
そんなまさか、それじゃあまるで、俺が主人公みたいじゃないか。
おっと、ニヤけている場合じゃない。
見過ごせないのはその後だ。
空野が里美を脅して俺と連絡がつかないようにしていただって?
どうりでいくらメッセージを送っても既読無視になるわけだ。
いったい俺がこの期間どんな思いでモヤモヤしていたか、どんな思いで破断を意識してきたか。
「空野、どう弁明する気だ?」
「…………弁明は、しません。ここまで状況証拠を集められては、言い逃れも何もできませんから」
「潔いのね」
「でもそんなに悪いことをしましたか? 私はただ、加藤先輩と仲良くなりたくて、でも長く想っている間に憧れが強くなりすぎて近付き難くなってしまっただけなんです。確かにやり方は決して良くはありませんでしたけど、誰かに迷惑を掛けるようなことはしていません」
「お前───」
「迷惑を掛けていないだと? ふざけんな」
俺は旧体育館の扉を開け、桐生の声を遮って中に入った。
俺の姿を見た空野はビクッと体を震わせ、先程までの威勢がどこかへ行ってしまったようで、まるで最初に部室に来た時のような態度になった。
「ど、どうして加藤先輩が…………!」
「俺が呼んでおいた。ここからは当事者に話してもらおうか、やられた本人がどう思っているのか」
桐生と目が合い、頷く。
桐生の中では初めから空野を追い詰めるシナリオが出来ていたわけだ。
「俺は空野と会ってから正直、ずっと空野は桐生の後を追っていると思ってたし、ぶっちゃけ今も何がどうなってるのかさっぱりだ」
「………………」
「空野が歪なやり方で俺の事を好きだって言われても実感ないし、また俺の知らないところで何かが起きてたんだと思うと悔しい部分もあるし、桐生に美味しいところ持っていかれた感も否めないし」
「話が脱線してるぞキヨ」
おっと、溢れる想いが止まらなかった。
「とにかく混乱の渦中にいるのは間違いないんだけども、それでもハッキリしてることはある。お前が里美を脅迫して俺との連絡を阻害してたって部分だ。誰かに迷惑を掛けていないだと? バカ言うな、お前は俺の一番触れちゃいけない聖域に触れた」
「そ、それは………………はい」
空野は俯きながら、素直に頷いた。
尚も俺の口は止まらない。
「俺が一体どう言う気持ちでこの1.2週間過ごしたと思ってるんだ? 自慢じゃないが俺は、女の子関連でまぁまぁな数のトラウマを抱えている」
「確かにそんなイメージあるな」
「今回、里美に既読スルーされまくって俺の心はズタボロだ。効いた、本当に効いた」
「意外と紙メンタルだよな」
ちょくちょく俺のウィークポイントを突くような合いの手やめろ。
さらにヘコむだろうが。
「だけど一番は里美に手を出したことだ。俺のメンタルがいくら傷付こうが構わないが、里美を悲しませるような事をする奴は許せない」
「……はい」
「今後、部活を辞めろとまでは言わないが、俺をストーキングしたり、里美に手を出すようなことだけはしないでくれ。そんな事をするような奴に、俺の心は絶対に惹かれない」
「……はい、すいません。部活は明日、退部届を出します。皆さんにご迷惑をお掛けして、すみませんでした……」
空野は終始申し訳なさそうに素直に頷いていた。
唇をキュッと固く結んで、泣くまいと我慢しているように見えた。
もし本当に空野が俺に好意を抱いていたとするなら、好きな相手にここまでボコボコに言われたら泣きそうになる気持ちは分からんでもない。
でも自業自得だと、俺は思う。
「ちなみになんだが、空野は里美に対してなんて脅迫のメールを送ったんだ?」
「いや、その…………何て言いますか……」
「まさか、そんな口に出すのも酷い事を里美に言ったのか?」
「そ、それは…………」
「俺は陸川から聞いてるから代わりに話してやるよ」
桐生が代わりに名乗りを上げた。
「つーか早めに知ってたんなら俺にも情報共有してくれよ。マジで泣きそうだったんだからな」
「陸川の事を話すとなると全部話さなきゃならなくなるだろ。そうすると演技下手なお前のことだ、状況証拠を集める前に必ずボロを出す」
な、なんという信用の無さ……!
事実なだけに反論できない……!
「それで、どんな内容なんだよ」
「『加藤清正と連絡を取るのをやめろ。さもなくばこの音声が学校中にばら撒かれることになる』」
「……? 音声?」
「空野、あるんだろ? 流してやれ」
空野は少し抵抗の色を見せながら、スマホをとりだし、何か操作を始めた。
これだけ渋るってことは、空野にとって恥ずかしい何かなのか?
しばらくすると、空野のスマホから音声が流れ始めた。
「『───まず性欲は人間の3大欲求のうちの一つだ。そして昨今、携帯という文明の利器により書籍自体の存続が危ぶまれている中、男という生き物はエロ本が落ちていたらまず開かずにはいられない生き物だ。つまり! 図書館にエロ本を置くことによって、引いては将来的な書籍の存続並びに少子高齢化の対策という未来に繋がる可能性が───』」ブツッ!
「………………」
「………………」
旧体育館がシンと静まり返っていた。
ある者は顔を背け、ある者は笑いを堪え、ある者はドン引きしたような目をして、ある者はとある日の事を思い出しているから。
そう、これは──────。
「俺じゃねぇかああああああああ!!!」
「はい……あの、これは本当たまたま加藤先輩を見かけた時に録音したもので……」
これ美咲ちゃんの珈琲店で3バカとくだらない話してた時の奴じゃねぇかよ!!
なんでそんなもん録ってんだ!!
空野にとってでも里美にとってでもなく、俺にとって恥ずかしい奴じゃねぇか!!
「フッ……これはお前らが下らない話をしててフッ……美咲に愛想笑いされてた時のプフッ、奴だな」
「笑いながら話すな。殴りたくなる」
「いっそ拡散された方が世のためになるんじゃないかしら」
「海野先輩、思考を放棄しないで」
「ちなみにこの時キヨを撮った写真をトリミングしたものが、入部当日に葵さんに渡した写真になる」
「もう他の情報何も俺の中に入ってこないわ」
こうして空野のストーカー事件は、俺に対する被害が拡散されるところを未然に防ぐことができたということで、幕を閉じたのだった。
あと1話だけ書いて、空野の話は終わりになります。