54話 相談
【桐生】
〜2週間前〜
「一人でここに来るなんて珍しいな」
バイト中、葵さんが天条珈琲に来ていた。
葵さんがこういう所へ来る時は、決まってキヨや美咲と一緒にいたが、今日は一人だけのようだ。
「あら、私って結構喫茶店とかが似合うと思うのだけど」
「自分で言うのか?」
「颯はそうは思わないのかしら?」
大した自信をお持ちのようだ。
葵さんにはこういうところがあるから敵わない。
「オーケー分かった。充分、絵になってるよ」
「ふふ、分かってくれたようでなによりよ」
「それで、本当はどんな要件があってここに来たんだ? ここのコーヒーをただ飲みに来たわけじゃないんだろう?」
カウンターから店長の鋭い視線が背中に突き刺さっているのを感じる。
分かってますって。
別に店長の入れるコーヒーを馬鹿にしているわけじゃないですよ。
「さすが、察しが良いいわね」
「葵さんは裏で暗躍するタイプだからな。普段と違う行動をする時は、大抵理由があるもんだ」
「それはさすがに考えすぎじゃないかしら……」
憤慨だわ、と口を尖らせる葵さん。
1年も付き合いがあれば、大体の性格は分かるってもんだ。
「すいませーん」
「あ、はーい。颯くん、あちらのお客さんお願い!」
「分かった。葵さん、バイトは後2時間かかるから別日のほうがいいかもしれないが……」
「待ってるわ」
「いいのか?」
「貴方達の仕事ぶりを見てるのも、私にとっては娯楽の一つなのよ」
そう言って葵さんはクスリと笑った。
「大した娯楽だな。分かった、そしたらくつろいで待っててくれ」
「ええ。お仕事中に邪魔したわね」
俺はテーブルを後にし、接客を続けた。
葵さんはそのまま席に残り、注文したアイスカフェラテを飲みながら本を読んでいた。
2時間後、俺は高校の制服に着替えて葵さんの座っている席に向かうと、制服を着た知らない男2人が葵さんに絡んでいるところだった。
あの制服は……柚希と同じ瑞都高校の生徒か。
「いーじゃん遊ぼうよー」
「待ち合わせをしてますので」
「って言っても、1時間以上一人じゃん? もう来ないって」
「なんなら俺らが金は全部出すからさー」
ここに来る客は元々、美咲目当てで来るやつが多いらしいからな、そこへ一人でいた葵さんに目を付けたってわけか。
葵さんもウチの高校じゃ『鷹嶺の花』なんて呼ばれるぐらいに人気があるし、ああいう輩も寄ってくるんだろう。
「お金の問題ではないわ。あなた達には魅力が無いと言ってるの」
「おお、怖」
「大丈夫だって、一緒に遊んでみれば俺らの魅力も───」
「なら俺も混ぜてくれよ」
俺が後ろから声をかけると、二人が同時に振り向いた。
「あら、颯」
「何だお前…………って、さっきの店員?」
「店員が何の用───」
「待ち合わせしてたのは俺なんだよ。それに、揉め事を起こすようなら店員としてアンタら2人を出禁にしなきゃならないが」
二人が押し黙った。
そもそもの目的は美咲だろう。
俺に客の誰かを勝手に出禁にする権限なんてないが、ハッタリでも出禁にすると言われれば、こいつらも困るはずだ。
「わ、分かったよ」
「悪気は無かったんだ」
「ああ、分かってくれればそれでいい。普通のお客としてならいつでもお待ちしております」
二人は「やっぱり美咲ちゃんだよな……」「俺たちの天使は彼女だけ……」などとヒソヒソ話をしながら出ていった。
美咲に悪いことをしたような気がしないでもないが、店が繁盛する分には彼女もやぶさかではないだろう。
「ありがとう王子様」
意地悪く葵さんが笑った。
含みのある言い方をしやがる。
「どういたしましてお姫様」
なので俺も意地悪く返しておいた。
だがお姫様と言われて満更でもないようだ。
俺は葵さんと同じテーブルに座ろうとしたが、彼女は立ち上がった。
「美咲にはあまり聞かれたくない話なの。外へ出てもいいかしら」
「ああ、分かった」
美咲に聞かれたくない話か……。
美咲に関わる何かか?
とにかく、葵さんがそう言うなら従うほかない。
どちらにせよ、美咲はまだ家の手伝いがあるから離れることは出来ない。
俺と葵さんは駅の方向に向かって歩いた。
18時と言えど、人はまだ多かった。
「それで、何の話だ?」
「そうね、まずは…………空野日向という名前に心当たりはある?」
「空野……?」
そう言って葵さんはケータイに写った一人の女の子を見せてきた。
…………見たことがないな。
それなりに知り合いは多いつもりだが、空野という名前に心当たりはない。
「知らないな」
「じゃあ今までに電車で痴漢に遭われてる彼女を助けたことはある?」
「いや、それもない。痴漢現場に遭遇することなんて、なかなか無いだろう」
「颯の場合、無いと言い切れないから聞いたのよ」
どういう意味だそれは。
まるで俺がトラブルメーカーみたいな言い草じゃねぇか。
キヨの方がよっぽど波乱万丈な人生を送ってると思うぞ。
「で、その空野ってやつがどうしたんだ?」
「この子は新しく天文部に入った後輩よ」
「ほぉ、葵さんが入部許可を出すとは珍しいな」
「どういう意味かしら?」
「今まで大量の入部希望者を断ってたじゃないか」
数多の入部希望者をちぎっては投げちぎっては投げ。
東大合格よりも難易度が高い狭き門として有名になっているほどだ。
「事情が変わったのよ」
「事情ねぇ」
「それで彼女が言っていたの、この部に入った理由は颯に会いに来たんだって」
「俺に…………?」
だがしかし、俺は空野なんて奴は知らない。
また何か面倒事の匂いがするな。
しばらく桐生目線が続きます