52話 顔合わせ
『例の件で報告があります』
放課後、部室に行く前に話があると海野先輩にLIMEを送っておき、朝方にあった案件を話すことにした。
部室だと空野が来てしまうかもしれない。
そうなれば、コソコソ話すのも難しくなる。
それに、こんな話を美咲ちゃんはともかくとして桐生本人に話すわけにはいかない。
揉め事が悪化するのは目に見えるからだ。
俺は周囲に気を配りながら、集合場所である旧体育館へと急いだ。
既に海野先輩がいる。
「遅いわよ」
「すいません。尾けられてないか注意していたもので」
「尾けられて……? それで、朝方にあったことは何かしら?」
俺は朝に起きた内容を海野先輩に伝えた。
海野先輩は最後まで静かに話を聞いており、俺が話終えると一呼吸置いて口を開いた。
「つまり、空野さんは貴方の差し向けた刺客すらも抑え込んで、なおかつ加藤君を脅迫してきたということね?」
「そうです。どんな風に3人を脅迫したのかは知りませんけど…………たったの1日でそんなことができるって、尋常じゃないですよね?」
まず尾けられてることを知り、カウンターパンチを食らわせる。
ストーカー筆頭の海野先輩でも難しいだろうな。
海野先輩は少し考え込むように首を傾げた。
「そもそも彼女の目的は颯で良いのよね?」
「おそらくそうだと思いますけど」
「そう……。それじゃあしばらくは様子見にしましょう」
「え? いいんですか?」
予想外の回答に少し面食らってしまった。
こんな形で海野先輩が引くとは思わなかった。
「彼女のことについて知らな過ぎるもの。颯に近付くことだけが目的なら、そもそもあまり心配する必要はないのよ」
「それは桐生が空野に振り向くことはないって意味ですか?」
「当たらずとも遠からずね」
含みのある言い方をするなぁ。
まぁ確かに、ハーレムを形成してる桐生が空野1人にお熱になる可能性は限りなくゼロに近いと思う。
ポッと出の新キャラよりも、長く付き合いのある古参のキャラの方が最終的にゴールする可能性の方が高いもんだ。
「とにかく一度、空野さんに対するアプローチは避けるようにしましょう」
「分かりました」
やっと中心人物になれるかと思ったけど、少し残念だ。
「ちなみに空野は今日の放課後の部活に顔出すって言ってましたよ」
「それじゃあ私達も部室に行きましょうか。みんな待ってるかもしれないわね」
俺と海野先輩は旧体育館を後にし、部室へと向かった。
部室の前に着いた頃、部屋の中から談笑する声が聞こえてきた。
既に誰かいるようだ。
桐生に美咲ちゃん……空野もいるか?
海野先輩が躊躇いなく扉を開けた。
「お待たせ」
「あ、葵さーん! この子、入部希望の空野日向ちゃんって知ってます? 昨日入部許可を葵さんからもらったみたいなんですけど」
美咲ちゃんがまるでぬいぐるみを抱くようにして、空野の首元に抱きついていた。
眼福だな。
「ええ。あなた達はバイトでいなかったのだけれど、私と加藤君が部室にいた時に対応したわ」
「ホントに入部許可出たんだ! うわーい私の後輩だー!」
「あはっ、くすぐったいですよ美咲先輩」
「美咲先輩だって! 颯くん聞いた!? 先輩だって!」
案の定、桐生も部室内にいた。
まるで保護者のような目線で美咲ちゃん達を見ていた。
「ああ。美咲には似合わない言葉だな」
「ちょっ、それどういう意味〜!?」
「言動の落ち着きのなさが、まだまだ子供ってことじゃないかしら?」
「葵さんまで!? わ、私ももう2年生ですよ? 大人の女性に前進してるんですから!」
「「現状維持」」
「ひっど〜い!」
いつもの光景だな。
流れるようにして、聞き心地のいいテンポの会話。
それを見ていた空野も笑っていた。
朝に会ったときの不気味な雰囲気を微塵も感じさせない、親しみやすい後輩といった感じだ。
「美咲先輩、ちなみになんですけど…………この部活の活動って基本的に何をしてるんですか?」
「え〜っと…………答えづらい質問だよね〜……」
「活動内容を聞かれて答え辛い部活とは一体……?」
「むっ、そんなこと言うならキヨが説明してあげなよ」
「そんなの余裕だよ」
頰を膨らませる美咲ちゃん可愛い。
それはさておき、俺達の部活は曲がりなりにも天文部だぜ?
その活動内容を教えることぐらい、簡単じゃないか。
天文部とは星の動きを観察、研究する部活のことだ。
すなわち!
「部室で雑談するだけの準帰宅部だ」
「天文部ですらなくなってるよ!」
「よくもまぁ自信満々に言い切ったな」
「でも間違ってないのよね」
嘘とか俺言わないし。
人生まっとーに。
それだけでエブリデイハッピーだぜ。
「へ、へー。そうなんですね……」
「内容聞いてガッカリしちゃった? ゴメンね、天文部なんて名前だけの部活で……」
「遠回しに部長である私を非難しているのかしら」
美咲ちゃんはナチュラルに人を傷付けるところがあるからね。
「空野は星とかに興味あったのか?」
桐生が聞いた。
「そ、そうですね。元々興味はあまりなかったんですけど、ついこの間私にとっての一番星を見つけたんです。それからどんどん興味が湧いてきて……」
「安心して。この部活はちゃんと天体観測も行なっているから」
「本当ですか!?」
確かに海野先輩はしっかりとした望遠鏡も持ってるし、夕方頃にはよく日記帳みたいなのも付けてるからな。
談笑で1日を終わらせてるのは俺達だけとも言えなくない。
「じゃあ私も観測しても良いんですか?」
「……? いいんじゃないか」
なぜか空野が桐生に向けて聞いた。
桐生は星に興味無いんだから、海野先輩に言えばいいのに。
あ、桐生目当てで入ってるんだから桐生にお願いするのは当たり前か。
アプローチは既に始まってるってわけね。
まぁこれぐらいだったら全然可愛いもんじゃん。
ストーカーしてるのは間違いないと思うけど、海野先輩と比べればドッコイドッコイな気もするし。
でも桐生を交えた一悶着はこれからもありそうな気がしてならないぜ。