51話 釘刺し
「空野…………何の用?」
俺は早鐘を打つ鼓動を必死に抑えながら聞いた。
まるで計ったかのようなタイミング。
俺が一人になったところを見計らっていたのか。
「用……ってほどでもないですよ。同じ部活の先輩をたまたま見かけたのでご挨拶にと思いまして」
そう言って恥ずかしそうに顔をキョロキョロさせながら答える空野。
これだけを見れば、可愛らしい後輩のあるべき姿だ。
「もう入部届けは出したのか?」
「はい! 海野部長に用紙を頂いてからは、その日に提出しました!」
行動がお早いことで……。
「今日から私も部活動に参加させていただきますね」
「他の人達も今日ならいるはずだから、その時改めて挨拶って形だね」
「桐生先輩と天条先輩ですよね? お会いできるのを楽しみにしてました」
桐生はともかく、天条さんのことも既に把握済みか……。
まぁ天条さんもこの学校では有名人なわけだし、入学してすぐに知っていたとしても、不思議じゃあないか。
「前は〝桐生さん〟って呼んでなかった?」
「同じ学校の、それも同じ部活の先輩に当たるわけですから、呼び方もそれに倣って変えてみました」
その方が可愛いでしょ? みたいな思惑が何となく見えたな……。
いや、今のところそんなあざとさは一度も見せてはいないんだけどね。
「あ、話は少し変わるんですけども」
「なに?」
「先程一緒にいた方々は、加藤先輩の友人の方々なのです?」
「そーーー」
俺は勢いでそうだよ、と言いかけて止まった。
この自然な会話のやり取りからの唐突な核心をつくような質問。
このタイミングで三人のことについて聞いてくるとしたら、その理由は一つしかない。
ボロは出さないぜ俺は。
「全然違うよ。あいつらは天条さんのファンで、俺は天条さんと仲が良いからアレコレ聞かれてるだけさ」
あいつらなら友達じゃないと言い張っても心が痛まないな。
それに、言ってることに嘘は付いてないし。
「そうなのですか? それは失礼しました」
「何でそんなこと聞くんだよ?」
「昨日のことなのですが…………帰り道、三人組の男の人達にストーカー紛いのことをされて、その背格好があの人達に似ていたものですから……」
こいつ…………!
これはもう探ってるってレベルじゃない。
俺が三人に指示を出した犯人だと分かってて揺さぶりをかけてきてやがる……!
背格好が似てるとか言ってるけど、実際は直接あいつらとも接触してるだろうし、ここに現れたのも校門の入り口から既に見張られていた可能性すらある。
「そ、それは災難だったな。何か変なことされてないか?」
「はい。私も痴漢の一件があってから、撃退法を身につけてますから」
そう言ってハニカミながら胸を張る空野。
痴漢が事実じゃないことは裏が取れてる。
その笑顔の裏に、何を隠してる?
「そっか……。今度から何かあった時は俺達に言えよ? 助けになるからさ」
「ありがとうございます! 加藤先輩は頼りになりますね!」
空野がぺこりとお辞儀をする。
くそ。
可愛い。
普通に可愛い後輩だ。
「あ、そろそろ教室に行かないとですね。それでは加藤先輩、また放課後よろしくなのです」
「あ、ああ…………」
相手の思惑を考えて話すのは、こんなにも疲れるのかよ。
やっと終わったかと一息ついた瞬間、すれ違い様に空野が俺の耳元で呟いた。
「先輩も……背後に気を付けて下さいね……? 誰かが付いてきてるかもしれませんから……」
ゾワリと鳥肌が立った。
空野の口角が少し上がっているのが横目で見えた。
これは…………ある意味宣戦布告だ。
「これ以上私のことを探るようであれば、三人と同じ目に遭わせますよ」と、釘を刺しにきたんだ。
…………とんでもない後輩がいたもんだ。
何で俺はそんな渦中にいるんだ?
本来なら関係ないはずなのによ。
これも全部桐生のせいだ。
今度あんぱん奢らせてやる。
……………………。
…………でも待てよ?
この状況って今さ、めちゃくちゃ主人公ぽくない?
俺を中心にして物語が進行してる感ない?
闇を抱えてる後輩に対して、美人な先輩と一緒に親友のために戦うという構図。
ヤバいちょっと興奮してきたな。
やる気出てきたわ。
そうと決まれば、さっそく海野先輩に報告だなこれは。
主人公コンプレックス男
VS
変態盗撮ストーカー女