50話 調査不能
「桐生はそんな人知らない…………?」
海野先輩から聞いた話とは、桐生は空野のことなど知らず、電車で誰かを痴漢から助けたこともないという。
「桐生のことだから、似たようなことが多すぎて忘れてるんじゃないですか?」
「その可能性も否定しきれないところが怖いところね。でも、嘘を付いているようには見えなかったわ」
ということはだ。
空野の話は途中から話を創作しているのではなく、一から全て創作している可能性が出てきたわけだ。
「それに、彼女の画像を見せてもピンときてなかったみたいだもの」
「それなら本当に知らないのかもしれませんね……………………いつ撮ったんですか? 空野の写真」
海野先輩が見せてくれた携帯の画面には、部室に初めて来た時の空野が写っていた。
あの時、海野先輩はカメラを取り出しているような様子はなかったぞ。
盗撮したんかこの人。
「盗撮が彼女だけの特技だと思ったら大間違いよ」
「そもそも盗撮すること自体が大間違いなことに気付いて下さい」
元々は誰を撮るための特技なんですかね。
怖いから聞かないけど。
「彼女を入部させたのは早計だったかもしれないわね」
「あっさり買収されてるからですよ」
「うっ……仕方ないじゃない。私でも持ってない颯のレアなブロマイドだったんだから」
盗撮された写真をブロマイドと呼ぶな。
この人、桐生のことが絡むと大概ポンコツになるよな。
「あとは、あなたの情報屋とやらがどこまで調べられるかね……」
「信用は出来ないですけど、その手腕は確かなものですから。海野先輩のスリーサイズぐらい、1日あれば調べられるような奴らです」
「…………頼んでいないでしょうね」
「頼んでませんよ!!」
そんな身体を隠して一歩下がられても。
スリーサイズごとき、知ったところで何にもならんよ。
それから俺は海野先輩と別れ、自分の教室に戻った。
次の日、登校する途中の門のところで3バカが立っていた。
どうしたのかと見ていたら、俺と目が合ったところで手招きされた。
どうやら俺に用があったようだ。
用があるといったら例のことだと思うけど、それにしては早いな。
昨日の今日だぞ。
俺は3バカに連れられて校舎裏へと歩いていった。
いやぁ懐かしい。
最初の頃にこいつらにボコボコにされたところじゃないか。
1年経って、まさかこんな関係性になるとは思わなかったな。
「それで、何か分かったのか? 随分早い呼び出しのようだけど」
「そのことなんだが…………」
有馬の言葉で三人は顔を見合わせ、言葉を詰まらせた。
何か非常に言いたくなさそうな、申し訳なさそうな表情だ。
良くない知らせなのは間違いない。
「どうしたんだ?」
「その…………悪いんだけどよ」
「空野日向を調査する話……無かったことにしてくれないか?」
「え?」
調査を無かったことにって…………そんなバカな。
「な、何でだよ。天条さん直筆のクーポン券、いらないのか?」
俺は懐からクーポン券を取り出した。
「それは確かに魅力的なんだけどよ…………」
「喉から手が出るほど欲しいし」
「舐め回したい」
舐めるなバカ。
じゃなくて、これを目の前にしてもあきらめるだと?
美咲ちゃんのファンであるこいつらが?
そんな馬鹿な。
「どうしたんだよ。そんなに空野の情報セキリュティは堅いのか?」
「それもあるんだけどよ……」
「それ以上に、俺たちの命がヤバいんだ」
おっと。
急に非現実的な話になってきた。
命が危ないって、社会の闇にでも踏み込んでるのか?
「適当なこと言ってるなよ。なんだよ命が危ないって。ふざけてんのか?」
「ふざけてるわけないだろ!!」
「美咲ちゃんのクーポンを前にして冗談なんか言えねぇよ!!」
「俺達のことをナメんなよ!?」
「……ごめん」
キレるポイントだったか? 今の。
でもこいつらがふざけているわけじゃないというのは分かった。
それじゃあ一体、何がこいつらを怯えさせてるっていうんだ?
「…………空野は何者なんだ?」
「……普通の女子高生さ」
「だけど彼女には気を付けた方がいいぜ」
「じゃないと…………社会的に抹殺されることになる」
社会的に抹殺……。
また物騒な単語が飛び出してきたもんだ。
それ以降、三人は空野のことについて何も話してはくれなくなり、あまり踏み込むことはするなと忠告だけされた。
三人は先に教室へと戻っていってしまった。
「3バカでさえ調べることができなかった……。それどころか返り討ちに遭う始末、ね」
1人残された俺は、少し考察してみる。
考えられるのは、昨日すぐに調査を始めた三人は空野にその動向を悟られ、逆に弱味を握られてしまった……ってところか。
だとしたら相当の猛者だぞ、空野日向は。
情報戦に長けている三人をたった一人で退けたことを考えても、変態レベルは高い。
ただの桐生のストーカーかと思っていたけど、次元が違うタイプかもしれない。
海野先輩をノーマルストーカーとするなら、空野日向はクレイジーストーカーか?
とにかく、情報屋に依頼した件は失敗に終わったことを海野先輩に伝えなきゃだな。
俺も教室に戻ってーーーーーー。
「せ〜んぱい」
ヒヤリと背筋が凍った。
背後から突然として聞こえてきた声に足が止まる。
まるで磁石のN極とS極のようにくっついて離れない。
…………なんでこのタイミングで彼女がここに?
「加藤先輩。少しお話し……よろしいですか?」
ゆっくりと振り返った先には、少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、体をモジモジとさせている空野日向がいた。
俺は知ってるぜ。
これは断じて告白イベントなんかではないってことをな。