37話 進展
私は空を眺めた。
町の明かりが激しく夜を照らし、満天に輝くはずの星々はなりを潜めてしまっている。
その中でも大きく主張できる星だけが、人々の目に止まることができる。
私はどちらに該当しているのだろうか。
彼の目に私は映っているのだろうか。
今は隠れている星の1つなのだろうか。
私は…………あなたの一番星になりたい。
レンズ越しにしか見えない星なんかじゃなく、ふと見上げればいつでもそこにいるような星に。
あなたは気付いているのかしら。
私の一番星に…………あなたが既になっていることに。
いえ……気付いてもらえるようにしなければダメね。
そうしなければ優しいあなたのことだもの、気付かないフリをするに決まっている。
私は学校を卒業する前に……あなたに気持ちを伝えるわ。
※
「久々に天体観測をしよう」
放課後、部室に集合している時に海野先輩が提案した。
言われて初めて気付いたが、夏休みに行った天体観測以降、星を見る活動をしたことがない。
おかしな話だよな、天文部なのに。
「俺はいいですよ」
「急にどうしたんだ? 葵さん」
「冬場は空気が乾燥して見えやすくなっているのよ。そうでなくとも、天文部らしく活動はしていないとね」
「いいですね! 私も大賛成です!」
と、いうことで。
俺達は次の金曜日に夜、学校に残り天体観測を行うこととなった。
ちなみに今回は泊まりではなく日帰りである。
泊まりだったら俺のトラウマが蘇ってきてしまうから配慮された…………なんてことはなく!
単純に泊まって見ることのほどではないからだ。
ちなみに金曜日は顧問の宿直と重なった、ということも大きな理由になっている。
顧問にもたまには仕事してもらわないとな!
「結構夜は冷え込むから、防寒しないとダメだよなー」
「スキー用のウェアでも着ていくか?」
「冗談キツイぜ。それは桐生が着ていけよ」
日曜日の午後、俺は桐生の部屋でくつろいでいた。
電気毛布の上でぬくぬくしている。
「お前は猫か」と言われれば、食い込み気味に「そうです」と答えられる自信がある。
桐生の部屋は5人入ってもスペースがあるくらい広い。
オートロック付きのマンションに住んでいる時点でお察しだ。
さらに父親は単身赴任で母親と2人暮らしだという攻めっぷり。
その内、親方! 空から女の子が! と言ってきても不思議じゃない。
「実際のところ、天体観測についてどう思う?」
桐生に聞いた。
確かに海野先輩の言っていることは最もだったが、唐突過ぎると言えばその通りだ。
調べたら、2月は特に流星群が見れるといったこともないようだ。
「俺は楽しみだよ。何より、全員で部活動できることが嬉しい」
「カーッいい子ちゃんだねぇ」
「キヨはそうじゃないのか?」
「いや? 普通に楽しみだけど」
単にそれを平然と口にするのができないってこと。
よく恥ずかしげもなく言えるな。
「葵さんが持ってる天体望遠鏡は、かなり綺麗に映るからな」
「あーあれな。毎日欠かさず手入れしてるもんな。結構値段も高そうだ」
すぐに値段を気にしてしまうあたり、俺は貧乏性が抜けないな。
それにしてもこの毛布マジあったかい。
コタツと同じで謎な吸引力あるわ。
『ピンポーン』
インターホンが鳴った。
「お客さん?」
「配達じゃないか?」
桐生のお母さんがいるので、俺達はそのまま部屋から出ようとはしない。
しばらくすると桐生のお母さんが部屋に入ってきた。
「颯、柚希ちゃんよ」
「うげ」
思わず俺が声を上げてしまった。
桐生の幼馴染である土屋柚希は、正直言って苦手だ。
ソリが合わないとかじゃなくて、そもそも視界の中に入っていない感じがするのだ。
「どうする? 清正君が来てるって話す?」
「いや、キヨも柚希とは面識があるから大丈夫。入れていいよ」
「はーい」
まぁ仕方ないよな。
ここは桐生が部屋主だし、俺がNOというわけにもいくまい。
しばらくすると、こちらに向かってくる足音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。
「やっほー颯! 遊びに………………何だあなたもいたの」
「何だとは何だ」
やはり早々にケンカを売ってきたか。
おーおー不機嫌そうな顔になってるな。
胸揉んだろか?
「柚希、そうツンケンするなよ」
「はーい」
「悪いが電気毛布の上は満員です」
「ふん、別に構わないわよ。ベッドに座るから」
そういって土屋は、桐生が寝転がっているベッドに腰掛けた。
「おい、座るところは他にもあるだろ。何でわざわざここなんだよ」
「いいでしょ? ここが一番座りやすいんだから。…………で、あなたは何で撮ってるわけ?」
「いや、一応物的証拠を取っておいた方がいいかなと」
「何のよ!」
そりゃあ今後どっかの誰かさん達に絡まれた時に、攻撃の矛先を切り替えるためにさ。
弱味というか隠し事というのは、知っている分だけ強いからな。
これが情報社会という奴だ。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「颯に…………言いたかったことがあったんだけど、やっぱり大丈夫」
そう言って土屋はこちらを見てきた。
何だよ。
俺がいるからやっぱりやめとく的な。
意地でも俺はここから動かないからな。
このヒートスポットは俺のサンクチュアリだ。
「何だよ、気になるだろ」
「本当にいいよ、大切な事だから…………また今度2人きりの時に話すね」
………………なんか告白でもするかのような空気だな。
空気に敏感な俺としては、本来ならばすぐに察してこの部屋から出るべきなんだろうけど……。
「キヨ、すまないが少し席を外してもらえないか?」
「あ、ああ、分かった」
桐生直々に追い出された。
どうやらこのまま土屋から話を聞くらしい。
俺は桐生に言われた通りに部屋から一旦出て、リビングの方へと向かった。
あの流れからすれば……何か重要な話だとは思うんだけど…………。
聞き耳を立てるのも何だかなー。
リビングに入ると桐生のお母さんがクッキーを作っていた。
3時のおやつにという事らしい。
何とも家庭的である。
「あら清正くん、どうしたの?」
「いえ、美味しそうな匂いにつられて」
「食いしん坊さんね。丁度出来たところだから食べて食べて」
「いただきまーす」
出来立てのクッキーを1つ口に頬張る。
チョコクッキーのサクサクとした食感と風味が鼻を抜けていくようだ。
出来立てということが、さらに際立たせている。
「うまっ!」
「でしょー。部屋に持っていって3人で食べてよ」
「あいあいさー」
皿に盛られていくクッキーを見つつ、これを理由にして部屋へ戻ろうかなと思った。
そうすれば部屋に入る前に聞き耳を立てることができる。
俺はクッキーの盛り付けられたお皿を持って、再び部屋へと戻った。
ゆっくり、なるべく音を立てないようにソロリソロリと部屋へと近づいていく。
そして聞き耳を立てようとした時、扉がバタンと空いて、土屋が飛び出てきた。
「うわっ! あ、危ないだろ急に出てきたら」
色んな意味で。
「……ごめんなさい」
あれ?
憎まれ口を叩かれるかと思ったら……すんなり謝られた。
調子狂うな。
「桐生のお母さんがクッキー焼いてくれたから、食べるだろ?」
「………………いえ、今から帰るから」
…………ええ? 帰るって何で…………。
そう言って土屋は玄関へと向かっていった。
その時俺は見た。
彼女の目に涙が浮かんでいた事を。
そのまま土屋は玄関から外へと出て行ってしまった。
唐突な事に俺も呆然としているだけだった。
桐生を見ると、どこか悲しい表情をしていた。
何があったのか。
何も言わずとも俺は悟る。
つまりはそういう事があったんだろう。
彼女は桐生に自分の想いを伝え、桐生もまた彼女に自分の想いを伝えたということだ。
そしてお互いに齟齬が生じていた。
不成立ということだ。
「桐生…………」
さすがに茶化す気にはなれなかった。
そして俺は無言で部屋に入り、桐生が自分から話すまで、同じ部屋にいてやるのだった。