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36話 カサアゲ

「雨じゃん……」


 授業終了後、本日部活が休みということで早々に家に帰ろうとしたところ、ゲリラ豪雨なのか猛烈に雨が降っていた。

 横殴りのレインだ。


「折りたたみは…………入れ忘れた。もう死を覚悟するほかなしか」

「何してるんだキヨ」


 下駄箱に立ち尽くす俺に声をかけてきたのは、唯一無二の大親友、桐生だった。


 いや、別に桐生が傘を持っているから親友だとか言っているわけではないんだぜ。

 断じて違うんだぜ。


「傘を持ってきてなくて詰んでるところ」

「何だ、持ってきてないのか」

「つーか桐生は何で折りたたみじゃなくて、ノーマルの傘を持ってるんだよ。天気予報で雨なんて言ってなくね?」

「やれやれ……。準備は常にしておくものだろ」


 またこいつやれやれ言いやがった。

 呆れ系主人公か?


「一本は普通置き傘しておくべきだろ」

「置き傘かよ! めちゃずっこいな!」

「ずっこいって……どこの方言だよ。お前東京生まれ東京育ちだろ」

「ずっこすぎてイライラしてくるべ! オラも傘に入れてけろ!」

「色々混ざってるぞ」


 傘に入れてくれとは言ったものの…………雨が横殴りすぎて意味ない気がするな。

 2人で入ってたらバンバン雨入ってきそう。


「おい2人とも下駄箱で何を……って雨降ってんじゃねーか」

「マジかよ」

「傘持ってねー」


 今度は3バカかよ……。

 同じクラスとはいえ、最近はよく絡むな。


「お前ら部活は?」

「俺は今日は休みだし、有馬は帰宅部で、長屋はバスケ部の買い出し頼まれてんだ」

「買い出しとかマネージャーの仕事じゃねーの?」

「マネージャーがいないんだよ」


 だから買い出しは1年の仕事ってか。

 大変だなバスケ部。


「それよりも、今問題にすべきは桐生の傘を誰が借りるかということだな」

「ああ、全くだ」

「ちょっと待てお前ら。なぜ俺が傘を貸すという話になってるんだ」

「なぜって……当然だよな加藤?」

「ああ。なぜなら……俺たちは親友だからだ!」

「理由になってないぞ」


 ぶっちゃけ自分でも、とんでもない暴論であることは分かってる。

 非難されようとも構わない。

 スゲーいいことを思い付いたから!


「だいたい俺にメリットがないだろ」

「俺達の誰かを救うことができる」

「それデメリットだろ」

「何で!?」

「とにかく傘は俺が使うぞ」

「よし、桐生の承認を得ることができた」

「キヨ、いつから思考回路バグっちゃったんだ?」


 ボロクソに言われとる。

 でも俺は何としてでも、キヨから傘を借りたい!


「やってることカツアゲと一緒だぜ……。ったくしょうがねーな。付き合ってやるよ」

「さすが桐生さん!」

「イケメン!」

「惚れてまうやろー!」

「で? どうやってこの一本を使う奴を決めるんだ?」

「俺がちゃんと考えてる。お前ら記憶しりとりって知ってるか?」


 記憶しりとりとは、最初の人が『りんご』と言ったら、次の人は『りんご、ゴリラ』といったように、前の人が言った単語も言っていくしりとりのことである。


「知ってるぞ」

「なら話は早いな。一度でも言えなくなった奴は負け。順番は……時計回りでいいか」

「オーケー」


 俺→中西→有馬→長屋→桐生の順番だ。


「それじゃあまず俺からだな」

「最初だから余裕だな」

「最初は…………パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ。で」

「はあああああああああああああ!!!」 


 これぞワンターンキル。

 少し前にピカソの名前がネットで流行ってたからな。

 チラリと携帯でカンニングしながらだけど。

 ちょこちょこ連絡が来てる通知音が鳴っているから、他の人には連絡を返してるようにしか見えないだろう。


「ふざけんな覚えられるかよこんなの! 人名は無しだろぉ!」

「人名は無しだなんて言ってないだろ」

「確かに」

「確認しなかったお前の負けだな」

「一応挑戦したらどうだ?」

「ぐ………………パウロ……」

「パブロだアホ」

「クソが!」


【中西脱落】


「じゃあ、人名は無しでいいな?」

「そうだな」

「意義無し」

「じゃあ次は軍師から」

「よし」


 伊達にメガネを掛けてないからな。

 どんなトリッキー戦術でくるか見物だ。


「あ〜……くま」

「普通だ!」

「裏取るかと思ったら正攻法かよ!」

「何のためのメガネだ!」

「視力補正のために決まってんだろ! とりあえずは様子見ってところなんだよ」


 このままの流れだと長引きそうだな……。

 単純な記憶力では桐生に分があるし……。


「余裕だな。とりあえず、『クマ』『マリモ』で」

「はい長屋バカアウトー!!!」

「はあああ!? 何がだよ! 何も間違っちゃいないだろ!?」

「そうだぜ有馬。普通にクマって言ってるじゃないか」

「誰も気付いたものはいないのか……俺様の見事な仕込みに」


 仕込み?

 何かやってたかこいつ?


「……………有馬は『クマ』じゃなくて、『アクマ』って言ってたってことだろ」

「さすが桐生。目敏めざといな」


 アクマ………………あ〜くま…………アクマ!?

 なんじゃこりゃ!

 俺のよりコスいじゃねぇか!


「いやそれ単語に含まれてると思わんでしょ普通!」

「確認を怠った貴様が悪い」

「まぁ確かに」

「俺は気付いていたしな」

「諦めろ長屋。コイツらはこういう奴らだ」


 多少ズルイとは思うが、敗北者が増えるのならそっちに加担しようじゃないか。


【長屋脱落】


「これで残るは3人……」

「一度も続いてないけどな……」

「次は桐生からだ」


 問題はここだ。

 桐生を負けさせるために、俺はこの一撃を回避する必要がある。


「俺は卑怯な手は使わない。正攻法で攻めさせてもらう」

「へっ、どうだかな」


 来い!


東京特許許可局とうきょうとっきょきょかきょく

「やっぱり正攻法じゃねぇ!」

「記憶力関係ねぇじゃねぇか! そんな手を使って恥ずかしくないのか!」

「「お前らが言うな」」

「一度でも言い間違えたら終わりなんだろ?」


 ぐっ……!

 まさか桐生もこんな卑怯な手を使ってくるとは……!


「やってやろうじゃねぇか……! 一度も噛まずに言い切ってやるよ! すぅ〜…………東京特許許可局!」

「すげー言い切った!」

「やるな」

「次は『く』か……。『く』から始まる言いにくい言葉は思いつかないな……。じゃあ『くちばし』で」

「ふむ、普通だな」


 その普通の意図を汲んでくれよ。

 何故俺がこんな絶好球を出したのかを。


「東京特許許可局、くちばし」

「普通に言ったよ。有馬もすげーな」

「『新設診察室』」

「また言いにくいやつ!」


 いいぞ有馬。

 これで桐生が言えるかどうか……!


「…………東京特許ときゃきょく」

「だはははははは! 普通に自分の言った奴で噛んでんじゃねーか桐生!」

「桐生のダサいとこ見るの珍しいな」


【桐生脱落】


 とりあえず目的は達成できたな。

 桐生から傘を取り上げることに成功したぜ!


「ちっ、俺の傘なんだがな……」

「とりあえず渡してもらおうか」


 俺は桐生から傘を受け取った。

 この結果を経て、すでに俺は先程から連絡を取っていた相手に、すぐさま連絡を入れた。


 すぐにここへ来るはずだ。


「後は俺と加藤の一騎打ちか」

「ん? あー…………オッケー。俺からだな。じゃあ『リボン』」

「いや、『ん』で終わってんじゃねーか!」

「おや本当だ。裏を読み過ぎてうっかりしてしまった」

「何だこの幕切れは……」


 ぶっちゃけ傘があろうと無かろうとどうでもいいや。

 どうせゲリラだから、しばらくしたら止むだろうし、何より今回の目的の下準備するのに結構頭使ったから、もう疲れた。


「ウィナー有馬!」

「ふはははははは! 傘は借りていくぞ桐生!」

「今度返せよ」

「勿論だとも。それじゃあ圧倒的勝者である俺は、悠々と帰らせてもらおうかな」

「くっ……言い方がいちいち腹立つ……。コスいのが一番の取り柄のくせに」

「仕方がない。卑怯者が勝つ戦いだったからな。一番の卑怯者が勝つのは当然の結果だ」

「伊達メガネのくせに」

「お前らボロクソに言ってくるな! それに伊達じゃねぇよ! ガチメガネだっての!」

「だからガチメガネって何だよ……」


 間も無くか……。

 早く来てもらわないと、桐生がどういう行動に出るか……。


「は……はやて

「ん? ああ、葵さんか。今から帰りか?」


 突然桐生に声をかけたのは、海野先輩だった。

 ま、突然とは言っても、俺が呼んだんだから偶然でもなくて必然なんだけどね。


「おい海野さんじゃん……」

「何でこんなところに……って、どうせ桐生絡みか」


 美咲ちゃんのファンであるこいつらでも、流石に美咲ちゃんと対をなす存在である海野先輩にビビってるな。


「そうなんだ。私も今から帰るところなんだけれども…………颯は?」

「帰ろうと思ったんだが、諸事情で傘が無くなって帰れなくなった」


 チラリとこちらを見てくる。

 そんなカツアゲに遭ったかのような目で見られても困ります。


「ふ、傘があったら2人で帰るところだったんだろうが、上手く潰してやったぜ」

「ナイスだな有馬。友人の幸福を潰すとは」

「ああ。クズにしか出来ない」

「お前らも参加してたよな……?」


 こいつら他人の足を引っ張って生きていきそう。

 でも残念ながら、お前らの思惑通りに事は運ばれないぞ。


「だったら……私の傘に一緒に入って行かない?」

「いいのか?」


 そう。

 これこそ俺が仕組んだもの。


 元々海野先輩から頼まれていたこととは、何処かのタイミングで2人きりになれる状況を作って欲しいという内容だった。

 そんなのいつでも出来そうな気はするが、あくまで偶然を装う形でという要望だった。


 自分から誘う勇気がなかったんだろう。


 だから今回思いついたのは、海野先輩が傘を持っていることを先に確認し、桐生から傘を奪うことで相合傘で帰ってもらおうと考えたわけだ。


 過程はどうあれ、結果的には上手くいったな。


「鷹山高校2大アイドルの1人と相合傘だと……!?」

「お前ら石は持ったか?」

「両手に1つずつな」

「投げる気か!? 桐生に投げるつもりか!?」


 俺の作戦を潰すつもりかお前ら!


「でもどちらにせよこの雨だからな。相合傘は難しいだろ」

「あ…………雨足弱くなってきた」

「神すらも桐生の味方をするのか!」


 彼、主人公だから。


「じゃあ俺が傘を持つよ。なるべく濡れないように、身体を寄せてくれ」

「あ…………うん」


 こうして2人は雨の中帰っていった。

 最近は割りかし美咲ちゃんと一緒にいるパターンが多かったから、海野先輩にこんな日があってもいいと思う。


 脅されてやったことだけど、いざ成功すると心は晴れやかな気分になるな。


 さて……後は邪鬼じゃきみたいなこいつらの扱いをどうするかだ……。

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