30話 兄妹ゲンカ
放り投げだった妹との関係についてです。
蛇足という形ですので、若干のタイトル詐欺で主人公みたいなことしてんじゃねーよ、と思うかもしれませんが、そこはご愛嬌で……
「兄貴」
夜、部屋でくつろいでいると、妹の愛が遠慮無しに襖を開けて声を掛けてきた。
ここしばらく、何かあるたびに声を掛けてくるのだが、大抵は大した用事ではない。
今回も大した用事ではないのだろう。
「何だよ」
「明日……友達家に連れてくるから」
「あっそう。好きにしたらいいんじゃねーの? その時間、外にいりゃいいんだろ」
「泊まっていくんだけど」
「…………そりゃ外にはいられねーな。分かったよ絶対襖は開けねーよ」
「…………誰が来るとか気にならないの?」
「?? 全然。何で?」
「っ! 何でもない!」
そう言って襖をバン! と閉めていった。
マジでなんなんだよ。
こんな理不尽なキレられ方ある?
多感なお年頃だからって限度があるだろ。
早いとこ一人部屋が欲しいぜーーーーーー
「て事があったんだけどさぁ、もうめんどくさいのなんの」
「そうか、愛ちゃんは今年受験なのか」
「だからこっちも気を遣ってるわけなんだけど、向こうから突っかかってくるんだよな。そこら辺桐生はどう思う?」
部室にて、俺は桐生大先生に聞いてみた。
美咲ちゃんと海野先輩はまだ来ていない。
桐生は少し考えるように額を指でトントンと叩いている。
自分の事は鈍いが、他人のことは割と目ざとい桐生だ。
相談するにはうってつけである。
「愛ちゃんとは最近あまり会わないから、どの程度ピリピリしているのかどうか分からないが、友達が遊びに来たりするのをキヨに報告するあたり、キヨにも配慮してるんじゃないか?」
「俺には勝手に襖を開けられると困るから、釘を刺しに来ただけのように感じたけどな」
「もちろんそれも否めないが…………少なくともキヨが言うようには、愛ちゃんはキヨの事を避けていないと思うぞ。暴言を吐くわけでもなく、無視をしてるわけでもないんだからな」
「それは…………確かにそうなんだよなぁ」
前までは割りかし無視されるパターンが多かった。
愛の俺に対する対応が変わったのは、一緒にコンビニに行った後からだ。
その日の後から割りかし声を掛けて来るようになった。
「それに、キヨも別に愛ちゃんをウザがっているわけではないんだろう? 愛ちゃんが受験勉強に集中出来るように出来うる限りのことは配慮しているみたいだしな」
「…………改めてそう言われると小っ恥ずかしいからやめてくれ」
自分でも認識してないことをストレートに言われると死にたくなるな。
桐生はこういうところを物怖じせず、ズバッと言ってくるから大したもんだよ。
「そうだな…………そうしたら今日、俺がキヨの家に行ってもいいか?」
「へ? いや、別に構わないけどさ……どうしたんだよ急に」
「キヨの話を聞いて少し思うことがあってな。2人のためにも確かめておきたいことがある」
「??? よく分かんねーけど……多分、夜は愛の友達が来るから、それまでならオッケーだぜ」
『ガチャ』
ガチャ? このタイミングで部室のドアが開く?
「ごめんなさい。偶然、加藤君の家に遊びに行くという話を外から聞いてしまったものだから……」
「私達も行っていいかな!?」
この人達は…………!
俺らが部室で2人で話してると毎回外で聞いてるな!
『家政婦は聞いた』かよ!
とはいえ断るのも忍びないし……。
断る理由もないし。
「桐生の家と違って狭いですから、この前みたいに暴れないで下さいよ」
「「もちろん」」
信用していいのか……。
ま、土屋柚希がいないから大丈夫か。
そして40分後。
無事に家に到着。
まぁ家に向かう途中でやたらと視線は浴びてたけどな。
鷹山高校の二大アイドルとクール系イケメンが並んでいるんだから仕方がない。
男女問わず振り返ってたな。
俺?
俺は道端に落ちてる軍手と同じだよ。
そこにあるけど誰も認識しないってやつ。
久々にこんな気持ち味わったわ。
最近ちょっと麻痺してた。
「じゃあちょっと部屋片付けてくるんで待ってて下さい」
「あら、エッチな本があっても気にしないわよ。そういうお年頃だものね」
「俺が気にするんですよ! ……じゃなくてそんなもんありませんから! とにかく待ってて下さい!」
危うく海野先輩の誘導尋問に引っかかるところだったぜ。
俺の秘宝である『巨乳全鑑〜引き締まったその体型〜』は見つかっちゃあならないものだぜ……!
そんなことは置いといて部屋の片付け片付けっと。
家に入ると中はもぬけの殻だった。
母さんは仕事だとしても、愛もまだ帰っていないとは。
やっぱり友達は夜ごろ来るのか。
とりあえず俺の部屋はあらかた片してっと……。
「お待たせしました。俺の部屋は二階だからくつろいでてよ。桐生、案内しといてくれ。俺は茶を入れてくから」
「ああ、分かった」
「「お邪魔しまーす」」
桐生は2人を二階の俺の部屋に連れて行った。
桐生に任せとけば問題ないぜ。
俺はリビングに入り、何かお菓子は無いかと探しながらお茶を入れた。
棚の上にチョコクッキーがあるのを発見。
すかさず確保。
「さて、こんなもんか………………ん?」
玄関のドアが開く音が聞こえた。
愛が帰ってきたのか?
予想よりもずいぶん早いな。
俺達とあまり変わらないじゃないか。
とりあえず俺も友達が来てることを言っておくか……。
「愛、悪いけど今俺の部屋にも友達が───」
「兄貴……帰ってたんだ」
「お邪魔します!」
「まさか友達って…………男か?」
「………………うん」
おいおいマジかよ。
泊まるなんて言うからてっきり女の子だと思ってたんだが…………。
つまりこれってアレだよな?
彼氏だよな?
いわゆる。
「加藤のお兄さんですよね! 俺、友ノ瀬翔って言います!」
「貴様に義兄いさんなんて呼ばれる筋合いはないが?」
「バカ兄貴! 友ノ瀬君にケンカ売らないでよ!」
ケンカなんて売ってないさ。
俺が平和主義の博愛主義者だというのは知ってるだろ?
3バカと同じように平等に接しているだけです。
「その友ノ瀬何某とやらが、今日ウチに遊びにきた友達ということで間違いないな?」
「そうだけど…………」
「手土産も無しに来るとはできた友達だな!」
「駅前のゴージーゴーナーで買ったケーキを持ってきました!」
「で、出来た友達じゃないか……」
まさか準備してるとは思わんかった。
気遣いができてハキハキと喋る、人当たりのいい少年。
桐生とは違うタイプでモテそうだ……!
そしてお気づきかもしれないが、俺はあえて“友達”という言葉を強調している。
高確率で友ノ瀬が彼氏だとは思うが、愛の大事な時期に振られでもして受験が失敗されたら困る。
そこら辺の見極めはしないとな……!
「愛、ちょっとこっち集合」
「なんでよ」
「話がある。友ノ瀬何某は外で待機」
「友ノ瀬君は別にいてもいいでしょ!」
「いや、俺は邪魔だと思うので外で待ってますね! 話が終わったら呼んで下さい!」
「このまま一生呼ばないかもしれないけどな」
パシンと愛に頭を叩かれた。
兄の頭をはたくとは何事か。
友ノ瀬が外に出て行くと、俺と愛はリビングに入った。
「話って何。手短かにお願いしたいんですけど」
「友ノ瀬ってお前の彼氏?」
「……………………そうだけど」
はい予測確定。
泊まるって言ってる時点で99%そうだとは思ったけど。
「母さんは男が泊まること知ってんの?」
「…………知らない」
「は? ヤバイだろそれ。ちゃんと許可取ってからにしろよ」
「別に兄貴には関係ないじゃん」
「関係大アリだっての。母さんや親父が知ったらどえらいことになるぞ。お前もうすぐ受験だろ? 落ちたらどうするんだよ」
「……落ちないし。なんでそんなこと言うの?」
「お前が落ちたら困るんだよ」
「……………………なんで?」
「家の空気が悪くなんだろ。俺にまでそのシワ寄せが来そうだからだよ」
「なにそれ……! そんなの知らないよ! 私のことじゃなくて自分のことばっかり!」
「そりゃそうだろ! ただでさえお前には気を遣ってやってるんだからこれ以上ストレス溜めさせるなよ!」
「だったら私のことなんてほっといてくれていいよ! 今だって友ノ瀬君にケンカ売るようなことするし…………!」
愛がヒートアップする。
久々に正面切って兄妹ゲンカをしているかもしれない。
「中途半端な優しさなんて見せないでよ!」
「はっ! 中途半端な優しさ? 別にお前に優しさなんて見せた覚えはないけどな! 最近も突っかかってくるのはお前からじゃねぇか! だったら二度と俺に話しかけてくんな!」
言った後で言い過ぎたかもしれないと思った。
愛に釣られて俺もヒートアップしたのかもしれない。
売り言葉に買い言葉で、本来思ってもないようなことまでも口から突いて出た。
愛を見ると、口をキュッと固く結びながら瞳を濡らしている。
いつもの泣く寸前の愛だ。
その時、リビングの扉がガチャと開き、美咲ちゃんが入ってきた。
まさかのタイミングだ。
「キヨ、大丈夫? 少し遅かったから何か手伝えないかなーって…………どうしたの?」
異様な空気を察したのか、美咲ちゃんが固まった。
愛は美咲ちゃんに一瞥をくれると、俺をキッと睨んだ。
「何よ! 私には散々言ってきたくせに、自分だって彼女を家に呼んでるじゃん! 何!? 私に対する当て付け!?」
「待て待て! 天条さんは別に───」
「バカ! 兄貴のバカ!」
愛は俺にそう吐き捨て、そのまま家を飛び出して行ってしまった。
まさかここまで大事になるなんて思わなかった。
「キヨ……今のってまさか妹さん? ゴメンなさい、タイミング悪いところで入っちゃって…………」
「天条さんのせいなんかじゃないよ。あいつが勝手に勘違いしただけだから」
今の騒ぎが上まで聞こえていたのか、桐生と海野先輩が二階から降りてきた。
「キヨ、大丈夫か? まさか愛ちゃんとケンカか?」
「恥ずかしいところを聞かれたようで……」
「加藤のお兄さん! 今加藤が飛び出て行ったんですが、何かあったんですか!?」
友ノ瀬も慌てて中に入ってきた。
理由はどうあれ、せっかく来てもらった友ノ瀬には悪いことをしたかもしれない。
「ちょっとケンカしてな。ま、すぐ戻ってくるだろうから友ノ瀬には悪いけど少し待っててくれよ」
「…………もしかして自分が原因ですかね?」
遠からずも近からずって感じだけど……。
「ほとんど俺らのことだから関係ないよ」
「でも…………! あ、加藤は俺のことなんて紹介してましたか?」
「ん? 愛の彼氏だろ?」
「やっぱりもう話してたんですね……………………。実は俺…………加藤と付き合ってるわけではないんですよ」
……………………はぁ?
どういうことだよ一体。
何で愛はそんな嘘ついたんだ?
ドッキリか何か?
つーか友ノ瀬が知ってるってことは、こいつら共犯か?
「じゃあ付き合ってもないのに今日泊まろうとしたのか?」
「泊まり? いえ、俺は今日泊まりませんよ? というよりその話は知らないな……」
「横槍で入って悪いが、つまり君と彼女はどういう関係なんだ?」
「俺と加藤はただの仲良い友人です。特別な関係とかじゃありません。ただ、今日だけは彼氏のフリをしてくれって加藤に頼まれたんですよ」
「なぜ、そんなことを頼まれたのかしら?」
「加藤はお兄さんと仲直りがしたかったみたいです」
………………俺と仲直り? 愛が? 何のために?
「詳しく聞いてもいいか?」
「元々この話はするつもりは無かったんですけど………………少し前に加藤に相談されたんですよ。兄の本音が知りたいから、彼氏のフリをして家に来てくれないかって。俺に断る理由なんてありませんから、人助けの一貫だと思ってOKしたんです。詳しくは知らないんですけど、まさかこんなことになるなんて…………騙していてすいませんでした」
…………愛は何で俺の本音を知りたいんだ。
というより、2人の名前の呼び方がなんとなく他所よそしかったのもそのせいか。
一体愛が何を思ってこんなことをしたのか、俺もお前の本音が分からねーよ。
「…………少し手ほどきするのが遅かったか。キヨ、お前はすぐに愛ちゃんを追え」
「な、何でだよ。俺は何も分かってないんだけど」
「キヨ、お前は別に妹の事が嫌いなわけじゃないんだろ?」
みんながいる前でそんなことを聞くのか。
容赦ないな桐生。
「…………嫌いじゃねーよ。むしろあいつがちゃんとした人生を送れるか心配してるぐらいだ」
「ならそれを直接愛ちゃんに伝えろ。本心から向き合って、キヨが思っていることをそのまま伝えるんだ」
「そんな恥ずいこと……」
「じゃないと、これから先お前たちは後悔することになる。仲のいい兄妹でいたいなら、今すぐに愛ちゃんを追いかけることだ」
まるで未来でも見えているかのような言い草だな……。
本当に他人の関係には目ざといぜ。
それだけに、桐生が言うことに間違いはない。
「分かった……ちょっと探してくるよ。家、空けるけどいいか?」
「おう。留守は任せろ」
「私達が泥棒が入らないように見てるから!」
「気をつけるのよ」
「お兄さん、俺も加藤を探します! 俺にも責任ありますから!」
「じゃあ頼んでいいか? ………………見つけたらこの番号に電話頼むよ」
「分かりました!」
俺は靴を履いて、人騒がせの妹を探すために、駆け足で玄関を飛び出した。