21.5話 聖夜につき
あったかもしれないし、無かったかもしれないクリスマスの夜。
「いらっしゃい加藤君。ゆっくりしていってね」
リビングにちょこっとだけ顔を出した。
里美のお母さんがおり、見た目通りに優しそうな人だ。
お義父さん…………失礼。
里美のお父さんはまだ帰ってきていないようだ。
「お邪魔します。あまり長居しないようにしますので」
「気にしなくていいのよ。なんなら泊まっていく?」
親公認ゲッツ。
それはつまり…………そういう展開になってもいいということだよな?
俺はそこらの草食系男子じゃないんだぜ?
下心はもちろんあるし、チャンスがあるなら飛びつくつもりだ。
だってまだ手を繋いでしかないんだぜ?
今時こんな健全なお付き合いあるかよ。
俺は今日、男になる!!
「清正も夜には帰るってば。ほら、部屋行こ?」
そんな事は無かった。
本人が却下した。
すいませんでした。
里美はリビングを出るとそのまま階段を上っていった。
俺ももちろんその後ろについて行く。
「里美の部屋は2階にあるんだな」
「うん」
「1人部屋ってのはやっぱりいいよな」
「あれ? 清正も1人部屋じゃなかった?」
「まぁ…………微妙だよな。襖で仕切られてるだけだからテレビの音とかダダ漏れだし。それで妹とケンカになる」
「あ〜凄い想像できる」
階段を上り右に曲がると突き当たりに扉があり、表に『SATOMI LOOM』というシャレオツなネームプレートが掲げられていた。
「どうぞ〜」
里美が扉を開け、中へと案内する。
うん。
整ってんな〜…………。
勉強机にベッド。
小さなテーブルが一つに控えめな大きさのテレビ。
俺と違ってガサツな所がない。
「おお…………掃除した?」
「そりゃしたけど……だから元から綺麗だってば。じゃあそこ座ってていいよ。お茶とってくるね」
そこって…………ベッドじゃん。
いいのか?
ベッドに座っていいのか?
じゃあ遠慮なく座るぜ。
ハァハァ…………って変態か俺は!!
be cool……。
「それじゃあ失礼して。ついでに茶菓子も追加してよ」
「うわっ。厚かましい発言だ」
「なんてね。ちゃんと俺が買ってきてっから必要ねーよ」
そう言って俺はカバンから、道中に買ったロールケーキを取り出した。
「え、いつの間に買ってたの!?」
「はっはっは。企業秘密だ」
企業秘密っつーか、本当は最寄駅に行く前に買っておいただけだ。
普通のケーキにすると、カバンの中に入れた時に形が崩れそうだったのでロールケーキにした。
「じゃあとってくるね」
そう言って里美は出て行った。
部屋に残された俺は特に何をするわけでもなくボーっとしていた。
無心にならないとソワソワしてしまうからだ。
落ち着かないこの気持ち。
彼女の家に来たことがある奴なら分かるだろう。
ふと勉強机を見ると、中学の時の卒アルがあるのを発見した。
「懐かしいな……」
手に取って中を見てみる。
懐かしい顔触れが並んでいた。
その卒アルの写真の中に、俺と桐生が2人で並んで笑い合っている写真があった。
もちろんカメラ目線というわけではない。
「こんなピックアップされてる写真があったのか……」
別に俺は友達がいなかったわけではない。
桐生と一番仲が良かったというだけだ。
だが、桐生はあまり友達が多いとは言えなかっただろう。
女の子からの人気は凄まじいものがあったが、男子と遊んでいるのをあまり見たことがない。
それは今も変わらないが…………。
里美は…………お、いた。
笑ってる所なんか今とあまり変わらないよな〜。
まぁたったの1、2年しか経ってないし当たり前だけど。
それでも今の方が垢抜けてるよな。
高校入ってからのほうが可愛くなった。
「お待たせ〜…………って卒アル? うわぁ私も最近見てなかったなぁ。懐かしい!」
お茶が乗ったお盆をテーブルに置き、里美が俺の隣に腰掛け、俺の手元にある卒アルを覗き込んできた。
フワリとした甘い香りが俺の鼻をくすぐる。
なんだか少し照れ臭くって。
俺は座り直すフリをして微妙に距離をとった。
「何だか幼く見えるね〜。ほら、清正の一年生の時なんて子供みたい!」
「うるせ。そしたらお前も化粧なんてしてないから芋っぽいじゃんか」
「芋っぽいってひどくない!? どうせ清正には私の魅力は分かりませんよー」
里美がプイっとそっぽを向く。
どうしようもなく可愛い。
美咲ちゃんが同じことをしても、同じように可愛いと思うのだろうけど、何かが違う。
これが惚れてるってことなんだろうか?
だとしたら、何て耐え難いものなんだろう。
こんな感覚、経験が無い今だからこそ得られるものなのかもしれない。
時が経てば自然とこの感情も薄れていくのだろうか。
それなら俺は、今を大切にしたい。
「お前の魅力は嫌と言うほど分かるよ……。だから何度も言ってるんだ。俺はお前に惚れてるんだよ、里美」
「ふえっ!? な、な、何よ急に……。そんなハッキリ言わなくても……」
俺は里美の目をじっと見つめる。
里美は目を泳がせながら、ワタワタと顔を赤らめていた。
俺は覚悟を決めた。
絶対目は逸らさない。
「里美はどうなんだよ?」
「うえぇ………………? い、言わなきゃダメかな…………?」
俺は無言で頷く。
「う………………………………うん。私も清正のこと…………好きだよ」
そう答え、スッと目を閉じる里美。
俺は彼女の頰に手を添え、そして徐々に顔を近づ………………。
「や、やっぱ無理ーーーーーーー!!」
突き飛ばされた。
あまりの出来事に思わず放心してしまう俺。
………………マジ?
「あ! ご、ごめん清正! 違うの! 嫌とかそういうことじゃなくて、恥ずかしすぎて心臓止まるっていうか……まだ早いっていうか……! とにかく悪気があったわけじゃないの!」
パタパタと顔を手で仰ぎながら必死で弁明する里美。
突き飛ばされた瞬間、ショックで死んだかと思った。
「そ、そっか……。いや、悪いな。雰囲気で何となく…………。それにしてもビビった〜、ガチで今泣きそうだったわ」
「ご、ごめんって! あ、ほら見て! 外! 雪降ってるよ!」
急いで話題を変えた里美は窓へと駆け寄った。
つられて俺も外を見ると、パラパラと雪が降り始めていた。
「本当だ……」
「凄いね、ホワイトクリスマスだ!」
そう言って里美は窓を開けた。
恐らく本音は、火照った顔を冷ましたいという意図があるのだろう。
何故分かるのか?
だって俺も同じだから。
「ゴメンね清正」
「もういいって。俺の方が配慮足りてなかったよな。ゴメン」
外を眺めながら沈黙になる。
拒否された以上、バツが悪くて言葉が出てこない。
自分が思っている以上にショックだったみたいだ。
「いつか……」
「?」
里美が口を開く。
「いつか私の準備ができるまで……待っててくれる?」
「………………ああ、いくらでも。待つことには慣れてるんだ」
「えへへ、ありがとう」
俺達はお互いにはにかみながら、窓を閉めて部屋へと戻った。