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6 森でごはん

「お前本気か」


 砦にたどり着いた私が、いつも通り料理始めたら、なぜか黒猫君が後ろから呆れた声を掛けてきた。

 私、バッカス達から分けてもらっった肉を枝に突き刺し、砦の炊事用の焼き場に枝積んで、横に突き立てて普通に焼き始めただけなんだけど。


「え? なんで?」

「お前、そんな程度の火力じゃいつまで経っても中まで火が入んないだろ」

「うん。だから言ったじゃん、いつもレアステーキだったって」


 あ。黒猫君が頭を抱えた。


「お前よくそれで食ってこれたな。塩もなしにこんな血抜きもしてない獣の肉をレアで食い続けるって、下手したら中毒起こすぞ」

「え? ほんと!?」


 黒猫君が私を脇に避け、私が積んだ枯れ枝を整えながらその周りに石を積んでく。彼が手際よく作業を終えると、そこには小さな囲炉裏が出来ていた。

 黒猫君、すぐに砦の中に入って鉄串を手に戻ってくる。


「え? そんな物どこにあったの? どうして黒猫君が知ってるの?」

「お前がまだ起き上がれない頃、散々兵士が料理してるのを見てたからな」


 話しながらも手早く肉を串刺しにして、器用にさっき作った囲炉裏に引っ掛けて肉を炙り出す。「ついでに」と言って黒猫君がポケットに手を突っ込むと何故か玉ねぎがゴロゴロ出てきた。


「それどうしたの?」

「買い取り品から失敬してきた。キールのツケだ」

「そうじゃなくて。なんで黒猫君のポケットから玉ねぎが出て来たの?」

「それは俺が持ってきたからに決まってるだろ。お前が野菜に飢えたって言ってたからな」


 ああ、そっか。よく考えれば私こそ準備するべきだったんじゃなかろうか。

 自分の考えの足りなさに頭を抱えてると、黒猫君がしゃがみこんで玉ねぎを丸のまま火にくべて、火かき棒で枝を動かしながらため息をついた。


「それにしてもお前の火魔法は便利だよな」


 思い出したように黒猫君が言う。


「でしょ!? でもどうやらこっちにはマッチがあったんだよね」

「ああ俺もトーマスに見せてもらった。どうもこの世界まだまだ俺達の常識とはかけ離れた所が多そうだな。いっそナンシーまで出ればもっと色々見えてくるかもしれないし、やっぱ行くしかねえよな」


 黒猫君が半分独り言のようにそう言ってハッと気付いたように顔を上げてこっちを見る。


「そう言えば俺ももう街の外に出れるんだし、明日辺り固有魔法を試してみるか」

「そっか、そうだよね。でもテリースさんかキールさんに一緒に行ってもらおうね」

「そうだな」


 黒猫君は心ここにあらずといった感じで生返事を返してきた。

 しばらくそのまま無言で囲炉裏の中をを突いてた黒猫君は、ふとすぐ後ろに腰を下ろしてた私を振り返りながら聞いてきた。


「お前がバッカスに言ってたことだけどさ。いつかここに住みたいってやつ。あれお前結構本気だろ」

「え? ああ、うん。そうだね。今のままだと結構大変だけど少しづつ物を増やせればここはいい所だなって思ってる」

「それは……バッカス達がいるからか?」


 私はちょっと考えてすぐに返事した。


「ん、そうじゃなくて。なんかこの森、優しい感じがするんだよね。受け入れられてるって言うか。まあ私の場合、バッカス達のお陰でそんな風に感じられる生活出来てたんだけどさ」

「そうか」


 私の少し曖昧な答えに黒猫君はそれでもボツリと答えてまた考え込ん出る。

 それ以上なにか話す前に私達のお肉が出来上がり、私たちはそのままバッカス達の待つ広場に向かった。


 バッカス達は大概数人ずつのグループで行動してる。夕食なんかもその人達と食べるのが普通らしい。

 だけど今日に限っては全員が砦の前の広場に集まり、積み上げられた枝を盛大に燃やして、キャンプファイヤーみたいにその大きな焚き火の周りに集まってきていた。とは言えまだまだ日は明るいんだけどね。

 私がここに来た初日もそうだったから、これが彼らの知らない人間への流儀なんだと思う。

 因みに、私と黒猫君のお肉は黒猫君がちゃんとお皿に盛って、蒸し焼きにしたクリーム状の玉ねぎを上に乗っけてくれた。手づかみじゃなくてちゃんとフォークまで付いてる。

 ……黒猫君がいてくれたら、きっと私の捕虜生活はすごくましな物になっていたに違いない。


「そう言えばバッカス達ってお酒飲まないよね?」


 一緒に座って食べ始めてからずっと、バッカスったら肉をただただ口に放り込み続けてる。息継ぎもなければスープも飲まない。あ、今日は私作ってないけどね。

 バッカスなんて見るからに酔っぱらって周りに絡みまくりそうなタイプなのに、一度もここでお酒を飲むの見たことない。

 そう思って尋ねると、バッカスが少し顔を顰めて答えてくれた。


「ああ、俺達にとってアルコールは毒みたいなもんだからな。酔ってるっていう自覚もなしに突然死んじまったり、発狂して自殺する者が多いんだそうだ。俺自身はまだ口にしたこともない」

「あ、そうか。犬もそうだもんね」


 そう言えば前に家の犬を検診に連れてった時に獣医さんにも同じような事言われたの思い出した。私がそれを言ったらバッカスが「犬と一緒にするな」ってふくれた。それ、また犬を馬鹿にしてる発言だからね。


「因みにこれは何の肉だったんだ?」


 黒猫君が自分の分の肉にかじりつきながらバッカスに尋ねると、バッカスが大きな葉に載せられた自分の分の肉を指でかき分けながら答える。


「今日は狩に行った連中が仕留めてきたウサギと猪の肉だな」


 それを聞いた黒猫君がホッとした様子で「ちゃんと火を通しといて良かった」って呟いてる。

 ……私、間違いなく同じような肉を半生で食べてた気がするんだけど。もしかして私のお腹、凄く丈夫なのだろうか?

 そこで黒猫君がふと思い出した様にバッカスに話しかける。


「そう言えばバッカス、お前ら人間は食わないんだってな」

「どうして黒猫君がそれ知ってるの?」


 私は驚いて黒猫君に尋ねる。私は直接バッカスに言われたから知ってたけど。不思議そうな私に黒猫君が少し困った顔で答えた。


「あゆみが攫われた時俺が……ちょっと心配で尋ねたらキールが教えてくれた。死んだ街の人間の遺体があんたらに荒らされてたことは今まで一度も無かったって驚いてた」


 それを聞いたバッカスがすごく嫌そうな顔で黒猫君を見返す。


「いくら飢えたって同族で共食いなんて出来るかよ」

「え? でもバッカスは狼……」

「『狼人族』。人も混じってんの。俺らの先祖は何度も交配を繰り返したって伝わってる」


 言ってる意味がしばらく経ってから頭に届いてつい赤くなってしまった。そんな私とは違い、黒猫君はちょっと考えてから尋ね始める。


「その中には俺達みたいな変わったのがいなかったか? なんつうか、突拍子もないこと言ったり作ったりって奴」

「ああ、人だったのか狼だったのかは分からないが伝承に残ってるやつがいるな。何十代も前の話だが、そいつがこの刀の作り方や鎧の組み方を編み出したそうだ」


 バッカスに言われて黒猫君の顔を見てしまう。


「転移者かな?」

「かもな。俺が猫になっちまってるくらいだ。狼に混じった奴がいても驚きはしない」


 私が首を傾げて問えば黒猫君がニヤリと笑って答えた。


「そう言えばネロ、お前俺達の製鉄方法についてなにか知ってんのか?」


 バッカスは口調を変えずに軽く聞いて来たけど、その目線の厳しさがバッカスの内心を表してる気がする。

 黒猫君は少し俯いて、言葉を選んで答え始めた。


「……細かいことは言えねえが、多分同じ製鉄方法を俺は知ってる。と言っても知識として知ってるだけで細かいことは知らない。お前らみたいな刀を作れって言われてもまず出来ねぇな」


 そこで言葉を切ってしっかりとバッカスを見つめながら続けた。


「だけどお前が隠したいってんなら俺はそれを誰かに言うつもりはない。お前が信じるかどうかはともかく、あんたらの仲間が口を割らないのと同じで俺だって他に言いふらすつもりはない。ただな……」


 もう一度言葉を切った黒猫君は今度は真っすぐに前を向いて、今までよりはっきりと言葉を発した。


「お前らの身内だって鉄の心を持ったやつばかりじゃないってことも覚えておいて欲しい」


 黒猫君の言葉にバッカスがいきり立った。


「おい、それはどういう意味だ?」


 バッカスの口調から軽い響きが消えて、代わりに少し低い脅すような響きが混じってる。

 でも黒猫君はそれにも全く動じた風もなく、淡々と答え続けた。


「覚えてるか? 俺達が最初に決闘を申し込んだ時。あの場でタッカーとダンカンって奴らがあんたらの仲間の死体を持ち出してきただろう。結局あれはタッカーがあゆみ達を攫って俺達がいがみ合うように仕組んでたんだが」


 焚き火の爆ぜる音が気になるほど静かな場に、黒猫君の声が静かに響く。


「あの後そのタッカーを捕まえて尋問したんだが、どうやらあの狼人族の男は元々タッカーと中央の人間に脅されて使われてたらしい。それを話をでっち上げるために殺したそうだ。ついでにタッカーがまだここにもう一人『子飼い』がいるって供述した」


 黒猫君は別段声を控えもせずに、そう言って周りを見回した。


「よく考えてみろ。あんたらが逃げてくる前、鉱山で働かせる為に仲間が沢山捕まえられたんだろ?もし中央の奴らがそれを人質に取ったとしたら、ここにいる奴らだって反抗できるやつばかりじゃないだろ」


 途中まで文句を言いかけていたバッカスがグッと詰まって黒猫君を睨みつける。


「だから急いで北の森に向かいたいんだ。あんたらの問題はあんたらだけじゃなくて俺らの問題にもなってる。なるべく早く様子を見て、もし出来るならあんたらの仲間を解放して来たい」


 黒猫君の言葉を聞いたバッカスの顔が怒りから徐々に驚愕へと変わっていった。


「お前……本気か? 俺達の部族が全員で戦いながらも逃げるしかなかったんだぞ?」


 バッカスの驚きと戸惑い、そしてちょっとの期待が入り混じった言葉に、だけど黒猫君はちょっと眉根を寄せて返事する。


「あ? ああ、別に俺はそこにたむろってる奴らとガチでやる気はないぞ。俺が言ってるのは、なんとかして捕まった狼人族を助け出すって話だ」


 黒猫君の返事にバッカスが顔を曇らせ、俯いて考え込んだ。そして苦しそうにボツリと答える。 


「俺達の名誉はあの鉱山の奴らに汚された……」


 それを聞いた黒猫君が、猫の時みたいに目をキラリと輝かせてバッカスを見返した。


「お前、名誉と家族、どっちが重要だ?」


 バッカスは黒猫君の質問に一瞬目を見開いて、でも口を一文字に引き結んで答えられない。答えられない答えをしばらく唸りながら考えて、そして最後に絞り出すように答えた。


「……分かった。じゃあ俺も行く」


 そう言葉を絞り出したバッカスは、途端、胸のつかえがとれたと言うようにすっきりした表情で頷いてる。それを見て黒猫君も満足そうに笑いながら付け足した。


「そうしてくれると助かる。まあ、まずはナンシーに先に行くことになると思うがな」

「なぜだ?」

「正直、俺達はまだこの世界の人間の常識を知らなすぎる。この街は小さ過ぎてどうも見落としが多い気がする。中央の連中がどんななのかナンシーに出れば少しは見えてくるだろ。ここまで相手を知らずに向かうのは無謀すぎる」


 ああ、それで昨日もキールさんにナンシーはともかくって言ってたんだ。私はてっきりお休みをもらって遊びに行きたいのかと思ってた。ま、そんな暇ないよね、やっぱり。


「じゃあ、ナンシーまでは俺も着いてくが街にはちょっと入れねぇだろうな」

「ああ、その格好で入ったら結構いいパニックになりそうだな」


 なんか二人ともすでにナンシーに行く方向で話を進めちゃってるけど……


「ねえ、黒猫君。それじゃあ水車小屋はどうするの?」

「お前がいれば大丈夫だろ」


 私の質問に黒猫君がなんでもないとでも言うように答えた。


「ちょっと待って!? 黒猫君、私をおいてく気?」

「行きたいのか?」

「行きたいもなにも、まさか置いてけぼりにされるなんて思っても見なかった」


 本当に。まさかここに来て別行動をするなんて言われるとは思いもよらなかった。なのに黒猫君、ちょっと複雑そうな顔で私を見返して小さなため息をついた。


「……それは後で話し合おう」


 どうも黒猫君、私をごまかそうとしてる気がする。後でしっかり聞き出さなくっちゃ。


「水車小屋ってなんだ?」


 そんな私たちのやり取りを横で聞いてたバッカスが口を挟んできた。いい機会なのでちょっと説明しとこう。


「ああ、水車小屋は川の横に作って川の水の力で粉を挽く施設のこと。街で必要な施設をこの森の奥の川に作れれば、バッカス達が農村に行かなくても手伝えるねって話してて」

「それは森を汚さないのか?」

「うん、それは大丈夫。大体バッカス達が面倒見るんだから。バッカス達がちゃんと片付けてれば大丈夫だよ」


 それからしばらくバッカスとどのあたりが一番使い勝手がいいか相談を続けた。バッカス達は別にいつ始めても大丈夫だという。それならなるべく早く人を連れて来るって黒猫君が答えてる。


 夕食も済んで空も夕日に暮れてきた頃。

 黒猫君がそろそろ戻るって言い出した。そう言えばキールさんに日暮れ前に帰るって言っちゃったんだっけ。

 仕方ないのでバッカス達にサヨナラを告げて森を出た。砦からはぞろぞろとみんな出てきて、私との別れを惜しんでくれる。またいつでも会いに来れるのにね。

 あ、違う。みんなの視線が私の手に集中してる。

 そうか。あれは私のゴールデンフィンガーとの別れを惜しんでたのか。覚えてろよ。


 森の出口まで送ってくれたバッカスに黒猫君がなんか内緒話してる。

 また私はのけ者か。なんか気分悪いなぁ。

 さっきのナンシー行きにしても、森で遊んでた時も、なんでこの二人は勝手に意思疎通して色々私抜きで決めちゃうかな。

 ちょっとお怒りモードの私は帰りの道中ずっとぶーたれて一度も黒猫君に口を利いてあげなかった。

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