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2 バッカスと黒猫君

 森に入っても、黒猫君は苦もなくバッカス達と同じスピードで木々の合間を抜けていく。


「……おい、もうその被ってるの取ってもいいだろ」


 言われた黒猫君が、思い出したように頭に撒いていた手拭いをはぎ取って猫耳を出した。


 因みに黒猫君のズボンはお尻のあたりに目立たない穴が開いてる。

 まだ街中では隠してる尻尾も、城門を出るときに穴から引き出してた。


 やっぱり尻尾ないと走りづらいのかな?


「そう言えばお前、俺があの時の猫だってすぐ気づいただろう?」


 黒猫君の問いにバッカスが鼻を鳴らす。


「当たり前だろ。お前、俺の鼻先をかすめたんだぞ。その匂いを忘れるわけない」


 そっか。

 それでバッカス、黒猫君が謝ったときも驚かなかったんだ。


「ああ、そうか匂いか」


 黒猫君も納得してる。


「まずは少し話したい」


 そう言ってバッカスが私達を連れてきたのはあの洞窟だった。

 私が捕まってる間に掃除させたので、今はそれ程臭くない。

 途中何人かに声を掛けながら、私達を引き連れて自分の部屋へ向かう。


 バッカスの部屋もまだ綺麗なままだ。

 ってまだ一日だけだもんね。

 この部屋に椅子なんてないので、皆で岩肌むき出しの床に車座になって座った。


「一族のやつらに聞かれる前にはっきりしておいたほうがいいだろう」


 座るなり、バッカスが真剣な面持ちで私を見る。


「あゆみ、お前は結局どうするんだ?」


 バッカスがなにを尋ねてるのかはもちろん分かった。

 黒猫君もじっとこっちを見てる。


 昨日ちゃんと謝ってもらったんだし、これ以上拗ねててもしょうがないよね。


 この問いの返事はもう決まっていた。

 ただなんとなく、黒猫君には素直に言い出せなかっただけ。


 だからバッカスの顔を真っすぐ見返して、口を開いた。


「あのねバッカス。私、実はこの森での生活、結構好きだよ。皆すごくきれいにしてくれるようになったし、毛づくろいだってそんなに嫌いじゃない。ただね……」


 私はそこで一旦言葉を切る。


 これは答えというより私からのお願いだ。

 だからちゃんとバッカスに分かってもらえるように説明しなきゃ。


「私、キールさんとテリースさんには返しきれない恩があるの。私と黒猫君が怪我で本当に死にかけていた時に、バッカス達とも敵対しててすごく大変な中で私達を救ってくれたの。だから私はまずはあそこで恩返しがしたい」


 そう言ってバッカスの顔をじっと見つめた。


「いつか全部終わって、キールさん達も落ち着いて、私達も落ち着いたら、私絶対ここに戻ってくると思う。私、こんなだから約束できないし、いつになるか分かんないけど、私はここがすごく好きだよ」


 今の正直な気持ちを包み隠さず言葉にできたと思う。

 無表情のままのバッカスを見てると、ちゃんと伝わったかは自信ないかも。


 無言のままこちらを見るバッカスに気をもんでると、突然はぁっと大きなため息をついて頭の後ろで腕組みした。


「そんなふうに言われちまったら、俺も無理矢理ここに残れって言えねぇじゃねえか。恩義は返さなきゃならねえ。それは正しい。だけどお前が俺のペットなのには変わりないからな」


 まだ言ってる。

 これは一度ちゃんと正さなきゃ。


「バッカス、それは最初っから言ってるでしょ、私、ペットになんてなる気はないよ」


 一瞬鋭い視線を向けたバッカスに、私は笑顔で先を続ける。


「でもね、家の子達と同じように、家族にだったらなったげる」


 私の言葉に黒猫君とバッカスが目を丸くした。


 あれ?

 私なんか変なこと言った?


「お前、それって俺と(つが)いたいってことか?」

「え? ち、違うよ!」


 あ、これは誤解させた!


 私はあわてて否定して、説明を付けたす。


「私が言ってるのは『家族みたいに信頼できる存在』ってこと」


 バッカスがコテンと首をかしげる。


 もう少しかみ砕かないと理解できないか。


「今だってバッカス、自分の思い通りにならなくても私のお願いを聞いてくれるでしょう?」


 私の問いかけに、バッカスが素直にうなずいた。


「一緒にいて仲良くなったんだもん、そうだよね。私もそう」


 うなずき返して先を続ける。


「私も、バッカス達の願いはかなえてあげたいって思うし、困ってたら自分のことのように何とかしてあげたいって考えちゃう。だからこれ、家族みたいだって思わない?」


 私の言葉を聞いたバッカスが、しばらく考えてから諦めたように空を見上げた。


「……前から思ってたが、お前の考えることはほんとに変わってるな」


 そして独り言のようにボソボソと呟く。


 そんなにおかしいだろうか。

 私としてはペットとか番とか、訳わからない関係と違ってちゃんとしてると思うんだけど。


「ま、いっか」


 不安になりつつ返事を待ってた私を、空から視線だけ動かしてバッカスが見た。


「確かにそれは悪くない。ペットより上等な気がする」


 そして私に向き直って続ける。


「よし決めた。これから狼人族とあゆみは家族な」


 結局、バッカスはニカッと笑ってそう返してくれた。


「うん。あ、それから。毛づくろいには時々来るからね。ちゃんと水浴び続けるんだよ。部屋の掃除も忘れないでね。でないと狼女さん達にモテないよ」


 折角注意してあげたのに、バッカスは「ほっとけ」って言いながらうるさそうに手を振ってる。

 そのまま私のお小言から逃げるように、今度は黒猫君に向き直って話しはじめた。


「でそっちの、あんたはネロでいいんだっけか?」

「あ、ああ。そう言えばちゃんと自己紹介してなかったんだな」


 突然話を振られた黒猫君。

 なんかぼーっと考え込んでたみたいで、慌ててる。


「あゆみには『黒猫君』呼ばわりされてるが他の奴らはネロって呼んでる。本名はもう捨てた」


 あ、黒猫君、名前捨てちゃったんだ。もしかして私のせいか?

 ちょっと心配になってきた。

 やっぱり後で一度黒猫君の本名を聞き直そう。


 ポケッとそんなこと考えてるうちに、バッカスがガバッと立ち上がって黒猫君に手を差しだした。


「じゃあ、ネロ、一回俺と勝負しろ」

「望むところだ」


 気持ちいいくらい即答した黒猫君が、バッカスの手を取り立ちあがる。


「え? ええ??」


 な、なんでここでこの流れでこの二人が勝負することになっちゃうの???

 そんなこと言い出すバッカスもバッカスだけど、なんで黒猫君は即答してるワケ!?


「ちょっと待って二人とも、それは昨日終わったはずでしょ!」


 焦って止めようとする私に黒猫君がきっぱりと言い返す。


「あゆみ、それとこれは別だ。お前はいいからここで待ってろ」


 そう言って黒猫君、私の杖を持って出て行っちゃった!


 ひどい!

 これじゃあ二人のあとを追うこともできないじゃないか!


「あー、あのー、今日の毛づくろい、俺が一番なんだがもう入っていいんだろうか……?」


 怒りを納められない私のところに、ビクビクしながら顔見知りの狼人族の一人が顔を出す。


 この人は悪くない。悪くないんだけど、思わず睨みつけちゃった。

 それでも手招きで部屋にいれて毛づくろいを始める。


 二人とも、覚えてろー!

 帰ってきたら絶対お仕置きする!


 などと置いてけぼりの怒りを胸中で叫びながら。


 結局、私は今日の予定の『毛づくろいメンバー』プラス、私が街に住むと聞きつけた『あゆみのゴールデンフィンガー友の会』の皆さんの毛づくろいをして二人の帰りを待つ羽目になった。

 因みにこの友の会、ここにいる狼人族は全員入会しているそうだ。


 いつの間にそんなもん立ち上げてたの?

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お読みいただきありがとうございました。
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