1 森へ
目を覚ますと隣にあゆみがいた。
俺は手を伸ばしてあゆみの頭をポンポンと撫でた。
確かな手応えがあった。確かにあゆみがそこに居た。
俺は安心してもう一度眠りについた。
* * * * *
朝起きると黒猫君が隣で寝てた。
目を覚ましたかと思うとにへらっと笑って私の頭を撫でた。
小さく一つ頷いてまた目を閉じて眠ってしまった。
私の隣で。
ねえ、なんで君が私の隣で寝てるのよ!
いくら寝相が悪くてもまさか隣の部屋から転がってきたってわけじゃあるまいし。
もう人型になったから別の部屋をもらってそっちで寝るんじゃなかったのか?
でもまだ寝足りない私は今見たものを見なかったことにして、そのままもう一度目をつむった。
* * * * *
「あゆみ、いい加減起きろ」
次に目を覚ましたのは結構あとだった。
声の主を探せば黒猫君がなんかさっぱりした顔で戸口に立っていた。
「あ、黒猫君おはよう」
「もうおはようとは言えねぇ時間だぞ。とっとと着替えろ、森へ行くんだろ?」
黒猫君がそう言いながら戸棚から新しい服を渡してくれる。
見覚えのない服だから昨日黒猫君が言っていた農村で貰ってきた服なのだろう。
ふと見れば私、昨日は服着たまま寝ちゃったらしい。どうりでなんかゴワゴワしてたはずだ。
「うん、今着替えるから」
「……外にいるぞ」
今日は珍しく気を利かせて自分で出ていってくれた。
受け取った服を広げてみて納得がいった。
これもしかしなくてもこっちの下着。
黒猫君が手渡してくれた半袖のシャツと少し幅広なパンツの間に麻の短いタンクトップみたいなのと裾は短いけど男性用のトランクスみたいのが挟まってた。
着心地はともかく、着替えがあるのはすごく嬉しい。
今の上下ももうそろそろヤバイ気はしていたのだ。
汚れとかじゃなくて寿命が。
これ壊れたらどうしようってかなり恐々としてはいたのだ。
まあ決してお高くないセット品だったしね。
取りあえず着替えてみる。
正直言ってかなり抵抗があるけど、これ、慣れるしかないよね。
なにより麻ってのが辛い。すごくチクチクする。
そういえばベッドのシーツとかもそうだし、もしかして木綿がないのかな。
着替え終わった私は、いつの間にかベッド横の椅子に置かれていた杖をつかって立ち上がる。
そう言えば私、どうもかなり筋肉がついたみたい。
実は杖なしでも椅子から立ち上がるくらいは出来るようになった。
そのまま真っ直ぐ立ってるだけなら片足でバランスも取れる。
ま、それ以上動けないんだけどね。
「お待たせ」
扉を開けるとすぐ目の前の廊下に黒猫君が寄りかかりながら腕組みして待ってた。
「先にキールの所に寄って行くぞ」
そう言ってスタスタと先に行ってしまう。
私も後ろから続くとキールさんの執務室のドアを開けて待っててくれた。
「キールさんおはようございます」
「よくねむれたようだな」
一緒に入って声を掛ける。
「こいつを連れて森に行ってくるがお前のほうはどうする?」
黒猫君の質問の意味が今一つ分からない。
「街から正式に人を出すとなると色々面倒だ。お前が俺の名代ってことで行ってくるのが一番無難だろう。下手に人数を出すとあちらの神経を逆なでしかねない」
ああそっか、私が森に行くだけが目的じゃないのか。
「俺もそう思う。あの様子ならバッカスが今更変な真似するとも思えないしな」
「ああ、それなら問題ないですよ。みんな今頃水浴びに行ってるでしょうし」
私の暢気な意見は二人に無視された。
「日が暮れる前には必ず戻るから後よろしくな」
「ああ。農村のほうはテリースが向かったし、台帳以外はお前が雇った連中が対応してくれている。ただ最近ここに物資が残りすぎてる。少し考えないとマズいぞ」
「オッケー。帰ってきたらまた相談しよう」
それだけ言うと黒猫君がまた私を抱え上げる。
「ほら、杖は自分で持っとけ」
「いや、運んでもらわなくても自分で行けるよ?」
「お前に歩かせてたら向こうに着く前に日が暮れちまう」
あ、それはそうかもしれない。
仕方ないので黒猫君にお任せしてしまう事にした。
それにしても。
昨日も思ったんだけど、運び方でその人の性格が良く分かる。
テリースさんは必要以上に丁寧で、私が揺れないように細心の心遣いをしてくれる代わりにゆっくりだ。
アルディさんは軍人らしく「壊れなきゃいいや」と私を荷物のようにで運んでくれる。
正直けっこう扱いが荒い。
そして黒猫君は。
ちゃんと気遣いながらしっかり抱えてくれるのに、私がどんなに揺れてもお構いなし。
お陰で黒猫君が飛ぶように走り始めたせいで私はまたも口を開けなくなった。
城門の所で一旦止まってアルディさんに挨拶をする。
私達の姿を認めたアルディさんが、すぐに上から降りてきて門兵に私たちを通すように言ってくれる。
「いくら合意出来たとはいえ、昨日までは敵だったんですよ。本当に二人だけで大丈夫ですか?」
「まあ、あゆみが一週間いて何にもなかったって言うんだ。こういう時こそ相手を信じるしかないだろ」
「まあ、それもそうですが」と不安げな顔で呟きながら見送ってくれた。
みんなやっぱりまだバッカス達を完全に信用してくれたわけではないのだろう。
私に言わせれば疑うだけ無駄なんだけど。
城門を出ると黒猫君は今まで以上にスピードを上げ始めた。
私はそのスピードに慄いて、振り落とされないように黒猫君の首にしがみつく。
それを見下ろした黒猫君がニヤリと笑って余計スピードを上げた。
いやいや、黒猫君。私、君が走りやすくするためにしがみついたんじゃないから、これ。
単に落ちたくないだけだから。
だからこれ以上スピード上げないで!
もう下手な自転車より絶対早いでしょこれ!
ぐんぐんと近づいてくる森の端に数人の狼人族の皆さんが見えて来た。
その一人は勿論バッカス。
一体いつからあそこで待ってたんだろう?
ちゃんと今日の水浴び行ったのかな?
近づくにつれ少しずつスピードを落とした黒猫君が、彼らの目の前でゆっくりと立ち止まった。
「約束通り遊びに来たぞ」
「え? 私達遊びに来たの?」
黒猫君の言葉に私はつい聞き返してしまった。
バッカスがそれを面白そうに見てる。
「おう。折角来たんだから面白い所に連れてってやるよ」
そう言ってくるりと向きを変えて先導し始めた。




