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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第5章 狼人族
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28 そしてまた治療院

 そのまま私を部屋まで運んで私を抱えたまま器用に部屋の扉を閉じた黒猫君は、そこで立ち止まったまんまちょっと困った顔で私の顔を覗き込んだ。


「これ言うと多分お前怒るよな」


 黒猫君が珍しく躊躇して言葉に詰まってる。

 私がなにごとかと黒猫君を見上げていると、黒猫君がはぁっとため息をつく。


「あのな、あゆみ、頼むから怒らないで聞いてくれ」

「な、なによ?」


 あんまり黒猫君が勿体ぶるので、なんかちょっと心配になってきてしまう。


「お前、バッカスのペットになったのか?」


 ああ、そのことか。


 どうも変な勘繰りをしているらしい黒猫君に、吹き出しそうになりながら答えた。


「あれはバッカスが勝手に言ってるだけ。最初っからペットなんてならないって言ってるんだけどね」


 私がわざと軽い調子で答えたのに、黒猫君は「そうか」と呟きながらでもまだソワソワしたまま言葉に迷ってる。

 しばらくして、なんとか決心が着いたのか、私から視線を外して聞いてきた。


「あー、そのなんだ。お前あいつらとずっと一緒にいて、変なことはされてないよな?」


 そう言った、黒猫君は見る見るうちに赤くなっていく。


 あ、そっか。黒猫君、少しは心配してくれてたんだ。

 それがちょっとだけ嬉しくて頬が緩んでしまった。

 仕方ないので、黒猫君を安心させるためにも今度はちゃんと答えてあげる。


「もしバッカス達に襲われたか聞いてるんだったら、あの人たちそんなことは全然しなかったよ。まあ、その代わりに嫌ってほど毛づくろいさせられたけど」

「そ、そうか」


 私の返事を聞いて、黒猫君が目に見えてほっとした様子で息を吐く。

 そこで黒猫君が顔をしかめて言葉を続けた。


「じゃあついでに言っちまうが、お前臭い」

「ひ、ひどい!」


 うわ、ついでの一言がすっごい余計だ!

 自覚はあったけどそんなはっきり言われるとは思わなかった!


 私は真っ赤になって反論した。


「しょうがないじゃん、狼人族のみんなすっごく汚かったんだから!」

「ああ、すげー犬臭い」

「これでも全員お風呂っていうか湖に入れて服も洗ってあげたんだからね。私だって湖で水浴びしたかったけど、見張っててくれる人もいないしどうしょもなかったんだから」


 黒猫君の腕に抱かれながら臭いと言われたせいで、本当に身の置き場がなくなってしまった私は、なんとか黒猫君の顔から離れようと身じろぎを繰り返した。

 なのに、そんな私を逃げられないように黒猫君がガッチリ抱えなおす。


「分かったからあんま暴れるな。仕方ねえから風呂の準備してやるよ。ちょっと待ってろ」

「お風呂ってそんなのここあったっけ?」


 暴れる私をベッドに降ろしてくれた黒猫君に不審に思って聞き返すと「いいから待ってろ」とだけ言いおいて部屋を出て行ってしまった。

 黒猫君がいなくなったのを確認して、私はクンクンと自分の身体を嗅いでみる。


 うん、自分ではわかりづらいけど多分臭いのかもしれない。

 水浴び自体、すでに1週間以上出来てないし。


 大学でもちょっと忙しくなると一週間くらい泊まり込みしてたから、普通の女の子ほど文句も出ないけど。

 今回はやっぱりあの犬ども、じゃなかった狼男たちが原因で獣臭いのがきついんだよね。


 ちょっとすると黒猫君が部屋におっきなたらいを持ってきてくれた。

 それと一緒に持ってきた桶で中に水を注いでまた出て行ってしまった。


 もしかしてこれで入るのか。

 まあ確かにないよりはましだな。


 またも待っている間、私はベッドの上でごろんと転がる。


 うわーい、久しぶりのベッドだぁ~。

 そのままあんまりゴロゴロすると自分の匂いが付きそうなので我慢する。

 でも真っすぐ体を伸ばせるだけでも気持ちいい。


 次に戻ってきた黒猫君は、手に大きな寸胴いっぱいのお湯を下げていた。

 それをやっぱりたらいに全部注いでくれる。

 それを二回ほど繰り返すとたらいは半分以上いっぱいになった。

 そこで黒猫君が私を抱えて、たらいのすぐ横に降ろしてくれる。


「今手拭いも持ってくるから待ってろ」


 もう一度黒猫君が出て行ったのを見計らってお湯に手を伸ばした。


 うわ、温かい!

 そう言えばこっちにきて温かいお湯に浸かるのなんて初めてだ。そう考えただけで心が沸き立ってきた。

 お湯がいっぱいあるだけでなんでこんなに幸せな気分になるんだろ。


 私はいつの間にかウキウキとしながら黒猫君が帰ってくるのを待っていた。


「なんだ、まだ服着てたのか?」

「え?」


 手拭いを持って帰ってきた黒猫君が、怪訝そうな顔でとんでもないことを言いだした。


「ほら脱げよ、中に入れてやるから」

「ま、待って、それはやだ」


 なにを考えてるんだ、黒猫君。

 私が恥ずかしくて真っ赤になりながらそう言うと、黒猫君がハァっとため息をつく。


「お前さ、もういい加減慣れろよ。もう嫌ってほど見たからさ、猫の時に。今更恥ずかしがってると風呂入れないぞ」


 う、それはそうなんだけど。

 それとこれとは別だ。

 どうして分かってくれないかな。

 やっぱり思ってたけど黒猫君もしかしてこういうことに全然気が回らない人なのかな?

 それに、正直ここまで素で気にしてないって言われるのは、私としてはちょっと悲しいものもあるんだけどな。


 その辺は一度ちゃんと話し合いたいんだけど、でもそんなことより、私は目の前で冷めていくお風呂がすごく気になっていて今実はそれどころじゃなかったりする。

 でもだからって、はいそうですかと黒猫君の前でバッサリ服を脱ぐ気にもやっぱりなれない。


 悩んだ末に私は良いことを思いついた。


「黒猫君、じゃあせめて目隠ししてて」

「はぁ?」

「ほら、その枕カバーでいいよ、被ってて」


 私がベッドの枕を指さすと、黒猫君がハァっとまた大きなため息をつきながら、ベッドのところに行って枕からカバーを外して持ってきた。

 それを私のすぐ横で膝を突いてからかぶってくれる。


「これでいいか?」

「オッケイ、ちょっと待って」


 黒猫君にこちらが見えなくなったのを確認して、私はやっと安心して服を脱いだ。

 下着はそのまま。

 私を抱え上げようとした黒猫君がふと思い出したように手を止める。


「あ、あゆみ。いいもんがあるぞ」


 そう言って黒猫君がゴソゴソとポケットを探って黄色くて丸いものを手渡してくれた。


「あ、これ石鹸!」

「農村でもらってきた。使うだろ?」

「うん、うれしいよ~、ありがと~!」


 すごい!

 温かいお風呂と石鹸のある生活。


 私はうっとりと石鹸を撫で回してしまった。

 枕カバーの向こうから黒猫君がちょっと笑ってるのが聞こえる。


「待って、黒猫君、ほんとうに見えてないよね?」

「ああ? なんも見えねーぞ」


 とぼけたような声でそう返事して、すぐに私を抱き上げて桶の中に入れてくれる。


「終わったら呼べよ、また出してやるから」


 そう言って立ち上がった黒猫君に私は後ろから声を掛けた。


「黒猫君」

「んあ?」

「ありがと」

「ああ。外で待ってるからな」


 ぶっきらぼうに言って黒猫君が部屋を出て行った。


 やった!

 お風呂だ!

 しかも今日は見張りもいないし下着を外してもオッケーだ!


 私は早速下着を外してゆっくりとお湯に身体を浸す。

 と言っても腰湯程度にしか入れないんだけどね。

 それでも温かいお湯を身体に掛けるとそれだけで充分幸せな気分だ。


 お湯は少しぬるめだったけど、今の季節なら全然許せる。

 お湯に浸かった部分から全身に熱が伝わってきて、身体の中がホッコリして本当に安らぐ。


 ああ、生き返る~。


 私はたっぷり時間をかけてお風呂を堪能した。


「夕飯の準備が出来たらしいぞ」


 さっきと同じように枕カバーを被ったまま私をお風呂から出してくれた黒猫君が、ベッドの横で身体を拭いている私にそう告げた。


「じゃあ、キールさん達も戻ってきたの?」

「ああ。さっきあいつらが執務室に戻る前にお前の杖も置いてった」


 そう言って背中に挟んでた折り曲げられた杖を私に手渡してくれる。


「着替え終わったか?」

「うん、もうそれ外していいよ」


 黒猫君がベッドに置いておいてくれた新しい服に袖を通してやっと全身綺麗になって人心地付く。


「どうする、夕食持ってきてやろうか?」

「黒猫君、私別に病気じゃないからね?」


 どうもさっきの謝罪の続きなのか、黒猫君がやたら私を甘やかそうとしてる。


「いや、お前がまだ他の奴と顔合わせたくないかと思ったんだ。ほらお前まだここに帰ってくるか決めてないんだろ?」

「あ、ああ、うん、そうだったね」


 うわ、すっかり忘れてた。どうしよう。


 そういえば私、明日にはどちらに住むのか皆に言わなきゃならないんだよね。

 まあ、無論私の中ではもう決まってるんだけど。


「今持ってきてやるからそこで待ってろ」


 黒猫君はそう言って私が使い終わったたらいを持って出て行ってしまった。


 うわ。

 一度であれを持てちゃうのも驚きだけど、それよりあのたらい、臭いんじゃないだろうか?

 私が入った後はなんか水かなり濁ってたし。

 心の中で黒猫君にごめんなさいしておいた。


 またしばらく待っていると、黒猫君がトレイに二人分の夕食を乗せて部屋に戻ってきた。


「黒猫君もここで食べるの?」

「お前ひとりじゃつまんねぇだろ。一緒に食ってやるよ」

「別に良かったのに」


 とはいいながらも、一人よりは黒猫君が一緒のほうがいいに決まってる。

 黒猫君は椅子をベッドの横に引き寄せてきて夕食の乗っているトレイをベッドの上に降ろした。


「今日はトーマスがやたら張り切って作ってたぞ。お前が帰ってきたお祝いだとさ」

「ほんとだ、なんか品数が多い」


 パンとスープ、それに茹でた野菜の和え物みたいなものが乗っていた。

 スープにもなんか沢山具が入ってる。


「野菜、嬉しぃ~! いっただきます!」


 そう、私はすっごく野菜に飢えていたのだ。

 だってバッカス達、本当に全然野菜食べないんだもん。

 こんなしっかり野菜野菜したものが食べられるの本当に久しぶりだ。

 噛みしめる度に涙出そう。

 バランスの取れた食事って本当に大切だよね。


 私が感動しながら食べ進めてるのをじっと見ていた黒猫君が心配そうに聞いてきた。


「お前、本当にちゃんと食ってたのか?」

「え? いっぱい食べてたよ、黒猫君の言う通り太りましたよ! ただね、あいつら全く野菜を食べないのよ。だからもうすっごく食べたくて食べたくて。このニンジン美味しいぃ!」


 呆れたような顔で黒猫君がこっちを見てた。


 ああ、やっぱり私は恋愛とかできる体質じゃないよね。

 確か黒猫君、私の好みの顔だったはずなのに。

 美人は三日で飽きるって言うけど、私もすっかりこの顔には慣れてしまった。

 猫と同じとは言わないけど、黒猫君を黒猫君以上にも以下にも見れなくなっていて嬉しい。


「お前が森に住むならたまには差し入れしてやるから安心しろ」


 そんなことを考えていた私に、黒猫君が俯いてぼそりと言った。


 うう、ちょっと胸が痛い。


 罪悪感が胸を突きさす。

 何とかそれをごまかそうと違う話題を振ってみる。


「黒猫君、それにしてもよく石鹸なんて見つけられたね」

「ああ、石鹸はどうやらこっちにもあったらしいんだ。単にここが貧乏過ぎてもう手に入らなかっただけで」

「ああ、そう言えば前にピートルさんが言ってたっけ」


 以前灰を片付けながらピートルさんとした会話を思い出した。


「ここの街や農村でも最近は脂が品薄で、石鹸の在庫も底を突き始めてはいたらしい。まあ、この辺りの連中にとって石鹸は毎日使うものじゃないからあまり大きな問題にはならなかったみたいだがな」


 話しながら私の食べっぷりをみて、黒猫君がニンジンを私の皿に落とし始める。


 黒猫君、まさかニンジン嫌いなの?


「じゃあさっきの石鹸はどうしたの?」

「麦の収穫中、大人数で農村にお世話になったときに何匹か家畜を潰してくれたんだ。そのときに出た脂で作ったものをもらってきた」


 私はお返しに肉を黒猫君の皿に移す。

 正直、しばらくは肉抜きでも全然平気そうだ。

 塩抜きのレアステーキなんて毎日食べるもんじゃない。


 私たちは食事を続けながら今までにあったことをお互い話し合った。


「じゃあ麦刈りは続いてるんだ。私も見に行きたいなぁ」

「ああ。麦刈りのあとも脱穀はまだしばらく続くしまた見に行けるさ」


 その言葉に気をよくする。

 ふと黒猫君が思い出したように続けた。


「そう言えば、言い忘れてたが麦が突然育っちまったのはどうやら俺のせいかもしれない」

「え? どういう事?」

「ほら、俺が最初に人化した時、一晩で猫に戻っちまったろう」

「そうだったね」

「実はあの夜、夢を見たんだ。草原を猫の姿で駆け抜けてく夢を。農村の村長の話だと丁度その頃不思議な風が畑を舞って一気に麦が育ち始めたんだとさ」

「え、あ。ちょっと待って」


 確か私も似たような夢を見たはずだ。


「私も多分同じような夢を見たよ。確か黒猫君がまた人型に戻っちゃう前。草原の真ん中を黒猫君が走ってきて、その後ろに光がパーって広がって麦が金色に変わっていくの」

「お前もか……」


 黒猫君が驚いて言葉を失った。私もびっくりして声が出ない。


「お前の魔法、もしかするともっとすごいものなのかもしれねぇな」


 黒猫君がボツリとこぼした。

 しばらく二人とも静かに考え事をしてたけど、黒猫君が思い出したように聞いてきた。


「それでそっちは俺たちが苦労して貧民救済やって麦刈ってる間、なにしてたんだよ」

「うぅ、そう言われると言いづらいんだけど……」


 私は森での毎日のルーチンを説明する。

 私が話を進めるうちに黒猫君の顔が目の前でどんどんあきれ顔に変わっていった。


「うわ、お前マジでいい生活してたんだな」


 毎日焼肉ばっかり食べてたことを告げると、黒猫君がジト目でこっちを睨んだ。


「ええ? そんなことないよ、毛づくろい結構大変だったし。お風呂の躾けも時間かかったし」

「お前、躾けってのは流石に失礼だと思うぞ。大体よくあいつらがお前の言うこと聞いてたよな」

「あ、ほらそれは私のゴールデンフィンガーのお陰」


 私がそう言って指をワキワキと動かすと黒猫君が吹き出した。


「ま、確かにあゆみの指には恐れ入るわ」

「んー、でも黒猫君、もう毛皮ないから毛づくろいはいらないね」


 私がそう言うと、なぜか少しムッとした顔になる。


 そうか、猫も毛づくろいは重要度が高かったか。


「そう言えば黒猫君、服が変わってるね」


 気がつけば、黒猫君は軍支給の長袖長ズボンの服から動きやすそうな半そでとひざ丈のパンツに着替えてた。

 どうりでやけに筋肉が目に付くわけだ。

 ……猫ってそんなに筋肉あるんだっけ?


「ああ、農村で余ってるの少しもらったんだ。お前の分も貰ったぞ」


 そう言って戸棚を指さす。

 余計な場所を見つめてた私は、慌てて黒猫君が指さしたほうを見た。

 本当だ、ほとんど空っぽだった戸棚に幾つか服が増えていた。


 え、でもそれってつまり。

 黒猫君……本当に私が生きてるって信じてくれてたんだ。


 突然、なぜかすごく胸が苦しくなった。

 驚く程胸が痛くて痛くて、気づくと涙がこぼれてた。

 私、忘れられてなかった。それが凄く嬉しかった。


「ありがとう、黒猫君」


 俯いて顔を隠した私の返事に、黒猫君がはにかんで笑うのがチラリと見える。

 そして食べ終わった皿を乗せたトレイをもって立ち上がり、下げに行ってくれた。


 私はそれを俯いたまま見送って、こぼれた涙を拭ってゴロンとベッドに寝転がった。


 色々あったなぁ。

 でも今私はここでこうして、綺麗な服に着替えて、お腹いっぱい食べて、気持ちいベッドに横になってる。

 今更だけど、これって信じられないくらい幸せなことなのかもしれない。


 満たされた気持ちでスッと目を閉じると、甘い眠気が私を包み込んだ。


 あ、黒猫君にお休みしなきゃ……。


 そんなことが頭に浮かんだころには、私はもうすでに夢の中へと旅立っていた。

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