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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第5章 狼人族
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27 謝罪

 私達の執務室に入ると、そこにはパット君がいなかった。

 いつもそこにいたパット君がいなくてドキンと心臓が鳴る。


「黒猫君、パット君は?」

「心配するな。あいつは上で寝かされてる。お前は覚えてないんだろうがお前がバッカス達に攫われた時にバッカスの爪を食らって重症だったんだ」


 え……。


 私はその時突然、今回の件で誰かが死んでいてもおかしくなかったんだと気がついた。

 沢山の人が死んでたのは知ってたけど、意識がなかった私はまさかそこに自分の知っている人が含まれるなんて考えてもいなかったのだ。


 途端身が震えた。

 まだ私を降ろしてくれない黒猫君には、私が震えているのが伝わったと思う。

 その証拠に、黒猫君の手が少しだけ強く私を引きつけた。


「心配するな。パットはもう大丈夫だ。キールの治療で傷跡ももうほとんど見えない。輸血って手段がなかったからテリースの魔力の力で回復するのに時間がかかってただけだ」


 そう言って私を抱き上げる腕に力を込めた黒猫君は、ジッと私を見つめながら、私好みのその顔をくしゃりと歪めた。


「すまなかった。お前を助けに行けなくて」


 苦しそうにそう呟いた黒猫君は、まるでなにかを我慢するように唇を噛んで息をつく。

 黒猫君の目が潤んで端に涙が溜まってくるのが見えてしまった。

 それでも黒猫君は私を真っすぐに見つめたまま続けた。


「麦がな。育っちまったんだ。それから貧民街の奴らがここに押しかけてきた。タッカーの奴が色々裏でやってたんだ。それで……言い訳するつもりじゃねーけど、俺はお前を助けに行くよりこっちを選んじまった」


 辛そうに、でも目を反らさずに私を見つめて黒猫君が一言一言一生懸命言葉を続ける。


「本当にすまねぇ」


 絞り出すようにそう言った黒猫君の頬に、ポロリと一筋涙が零れ落ちていく。

 私は思わず手を伸ばして黒猫君の頭を撫でてしまった。


 あ、猫耳柔らかい。


 黒猫君が驚いた顔で私を見てる。

 私は微笑んで黒猫君を見上げた。


「いいよ。許してあげる」


 私は少し視線を逸らして、指に当たった猫耳を撫でながら言葉を続けた。


「黒猫君は真っすぐだね。そんなふうに謝られちゃったらもう怒れないじゃん」


 本当に。

 今の黒猫君を見てたら、私の中に積もり積もっていた苛立ちや寂しさ、悲しさといった負のストレスが全部霧散しちゃった。

 私はいつもの癖で耳の後ろを掻いてあげながら最後の愚痴をこぼした。


「最初は不安だったよ。一人ぼっちで知らない狼男だらけの場所で目が覚めて」


 黒猫君が目を伏せた。涙のせいか少し顔が赤い。


「でもそれはすぐなんとかなったけど、いつまでたっても誰も来てくれないから。本当に忘れられちゃったかなって少し思ってた」

「忘れるわけねーだろ。誰もお前を忘れてなんてなかった。ただ本当にどうしょもなかった」

「そうだね、それは分かったよ。黒猫君、2回も泣いちゃったしね」


 途端、黒猫君が真っ赤になってそっぽを向いた。

 ちょっと可愛くて、もっとからかいたくなる。


「黒猫君、結構泣き虫だね」


 私の笑いを含んだ言葉に、黒猫君が少し目を細めてこちらを睨む。


「お前、いい加減にしておけよ」


 そんな一生懸命怖い顔を作って凄んでも、涙の跡がくっきりしたままじゃ全然怖くない。

 私は悪いけどついちょっと笑ってしまった。

 そんな私を見て取った黒猫君は、諦めたようにため息をついて部屋を横切る。


「もういい。一度降ろすぞ」


 ゆっくりと私を執務室の椅子に降ろしてくれた黒猫君は、すぐにクルリと背を向けてスタスタと扉に向かい、肩越しに「そこで待ってろ」って言って部屋を出ていってしまった。


 ちょっとからかいすぎちゃったかも。

 仕方ない。

 私も少し院の中でも見て回るか、と考えてはたと気づいた。


 あ、私の杖! バッカスに持たせたまんまだった。


 キールさん達に渡しておいてくれるといいんだけど。

 これじゃあどこにも自分で動けないじゃないか。

 うわ、今更ながら本当に私、杖なしじゃ自分一人でなんにも出来ない。

 しようがないのでぐるりと部屋を見回した。

 この部屋は私があの日、ここを出たままなににも変わってない。

 ここに座っていると、この一週間に起きた色々が全部嘘だったような気がしてくる。

 身じろぎしたら、なんか胸の辺りに冷たさを感じて、ふと視線を下ろすと、私の服に黒猫君の涙が染みをつけていた。


 ……ちょっとほだされたかな。

 男の人があんなにポロポロ涙零すの、生まれて初めて見たと思う。

 あれを見てたらもう怒る気も失せちゃった。


 気づけば今回の一件、私も結構危ないところだったのかもしれない。

 なのに私は一度も涙が出なかった。

 なんか、いつにも増して自分が非人間のような気がして気分が沈む。

 気を紛らわそうと机の上に置きっぱなしだった台帳を開いてパラパラとページをめくっていると、すぐに黒猫君が戻ってきた。


 あ、目元が綺麗になってる。

 そっか顔洗いに行ってたのか。


 思わず吹き出しそうになるのをぐっと我慢してると、黒猫君が私の椅子まで来てまた私を抱き上げた。


「パットに顔見せに行くぞ」


 ぶっきらぼうにそう言った黒猫君は、腕の中の私に視線を合わせぬまま、スタスタと2階への階段を上りはじめた。



 * * * * *



「あ、あゆみさん!」

「パット君、大丈夫!?」


 部屋に入ってパット君の顔を見た途端、私は叫ばずにはいられなかった。

 パット君の顔色は、まるでなんか塗ってるんじゃないかって思うほど青かったのだ。


「へ、平気です、大丈夫です。それよりあゆみさん、本当にごめんなさい、僕の、僕のせいで……ふぇ、ふぇ~!」


 そこまで言って言葉を続けられなくなっちゃったパット君は、それまでの我慢が弾けたかのようにワンワンと泣き始めてしまった。


 黒猫君といいパット君といい、本当によく泣くなぁ。


「パット君、もういいから。私は全然元気だよ? なにも酷いことされなかったし、実は結構楽してたし」


 私が折角お気楽な調子で声を掛けてるのに、パット君は全然泣き止まない。


「そうだな。前よりちょっと重くなったくらいだ、よっぽどいい待遇だったんだろうな」


 そんな私たちに黒猫君が後ろから茶々をいれた。


 いくらパット君を元気づける為だとしても今のはもう許せない!

 私はぐっと怒りを飲み込んで、ニッコリほほ笑んで黒猫君を見上げた。


「黒猫君、ちょっと降ろして」


 私はパット君のすぐ横に置かれている椅子を指さして、黒猫君にそこに降ろしてもらう。


「黒猫君もここに座って」


 そう言って私がパット君のすぐ横のスペースを指さすと、黒猫君は少し怪訝そうな顔をしながらもそこに座ってこっちを見た。


「黒猫君、ちょっと手を貸して」


 そう言って私が手を出して催促すると、たじろぎながらも素直に自分の手を差し出してくれる。


 その黒猫君の手に自分の手を重ねて──


「はい、構えて」

「?」


 私は黒猫君の手を握って黒猫君の顔を見つめ、ニッコリ笑って……雷を落とした。

 ええ、本物の。

 ちっさいヤツ。


「ガァっ!」


 黒猫君が声にならない悲鳴を上げて飛び上がった。


 あ、尻尾が突っ立った!


 結構身体が痺れたらしく、黒猫君はそのままベッドの上で横に倒れ込んだ。

 倒れた黒猫君をねめつけながら言葉を続ける。


「私言ったよね、あとで覚えててって。なのに黒猫君2回言ったよね、私の体重のこと」


 倒れた黒猫君の手にもう一度自分の手を伸ばすと、黒猫君が慌てて後ずさった。


「ま、待てあゆみ、悪い、今のは冗談だ、もうやめろ、それマジで痛え―!」


 黒猫君が顔を引きつらせながらこっちを睨んだのを見て、私も少しだけ留飲を下げる。


「2度としないほうが良いと思うよ」


 念のためもう一度釘を刺して、ひらひらと手を黒猫君の前で振って見せた。


 ふと見れば、今のやり取りを見ていたパット君が、頬に涙を張り付かせたままクスクス笑ってる。


「パット君、やっといつもみたいに笑ったね」


 私の声にハッとした顔をしたパット君は、すぐまたバツが悪そうに俯いた。

 私はそんなパット君に手を伸ばして頭を撫でてあげる。


「パット君、もう謝るのはなしだよ。覚えてる? あの時、私が先に一緒に行こうって言っちゃったんだよ。だから本当は謝らなきゃいけないのは私のほうなんだよ?」


 そうなのだ。

 パット君にお姉さんみたいな気持ちで大丈夫だと言ってしまったのは私だった。

 でもだけど。


「でもね、私が謝ってもしょうがないよね。全部もう起きちゃったし、あんなことになったのは私でもパット君でもなく、タッカーさんとダンカンさんのせいだったんだから」


 その言葉に、ハッとした顔で私を見上げたパット君がまた泣きそうな顔になった。

 そこで思い出して黒猫君を振り向く。

 黒猫君、どうやらしびれはとれたみたいでベッドの上にぐったりと座ってる。


「黒猫君、タッカーさんとダンカンさんはどうなったの?」

「タッカーは捕まえた。ダンカンは……逃げられた」


 それを聞いて、気になっていたことを思い出した。


「そっか。じゃあタッカーさんとは後で一度話したいんだけど」

「正気か? あいつのせいで散々な目に合ったのに何であいつに会うんだ?」


 問いかける黒猫君に、でも今はまだ返せる言葉がない。

 実は私には一つ凄く引っかかってることがあるのだ。

 でも確証はないし、ほとんど私のカンみたいなものだし。


「ん、それは会ったときでいいじゃん」


 私はそう言ってごまかした。

 すると黒猫君が猫のときみたいにちょっと目を輝かせて、でも何も聞かないでスルーしてくれた。

 そこでパット君の顔色を見た黒猫君が、立ち上がって私に声を掛ける。


「……色々話したいことはあるだろうが、今日はこれくらいにしとけ。パットをあんまり疲れさせるな」


 言われてみればパット君は、泣きそうなだけじゃなくてちょっと辛そうだった。


「そうだね。パット君、安心して。私は大丈夫だから」


 もう一度パット君の頭を撫でながら顔を覗き込んだ。

 パット君は目元を震わせて、でも今度はちゃんと頷いてくれた。

 そして。

 私をジッと見上げながら無理やり笑顔を作って。


「あゆみさん。お帰りなさい」


 パット君が真っすぐ私を見ながら言ってくれたその一言で、私の胸の中にはふわっと心地良い温かな安堵が広がった。


 ああ。私帰ってきたんだ。

 やっと帰ってきたんだって実感が湧いた。

 やっと本当にそう思えた。

 少しだけ涙が出てきそうになってびっくりした。

 急いでぎゅっと笑ってパット君に返事をする。


「ただいま、パット君」


 パット君が今度こそ安心した顔で笑ってくれた。つられて私も笑ってしまう。


 そんな私を黒猫君がまた攫うように勝手に抱き上げた。


「後はまた明日な。おやすみパット」

「おやすみパット君」


 黒猫君に連れ出されちゃう前に急いでそう言ってパット君に手を振った。


「おやすみなさい」


 パット君の声を背に私たちは部屋を出た。

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