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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第5章 狼人族
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25 決闘

「……お前本気(まじ)か?」


 たっぷり一分近く誰も声が出なかった。いやバッカスはニヤニヤしてるだけだが。

 それを見た俺の中に微かに怒りが芽生え、苛立ちが声に出始めた。

 そんな俺の様子にはまるっきりお構いなしに明るくあゆみが返事を返す。


「うん。マジ。マジマジ、大マジだよ。だって迎えが来なかった間、私ずっと狼人族の皆さんに養ってもらってたんだもん。それくらいお返ししないとね」

「お前、自分が言ってることがすっげーおかしいって分かってるか?」


 イライラを押し殺して真剣に聞いている俺を、あゆみがいつものキョトンとした顔で見つめ返す。


「え、そんなことないよ。親切にしてもらったらちゃんとお返しする、これ常識でしょ」

「ダァーッ! またそれか! お前の常識はどっかとんでもなくおかしいんだよ!」


 がああっ!

 なんで俺がこんなにイライラしなきゃならないんだ!

 頭を掻きむしってる俺のすぐ横でとうとうバッカスが吹き出した。

 こいつはこいつで何考えてあゆみを連れて来たんだ?


「おい、バッカスだったか? お前そんな馬鹿みたいに笑ってていいのか? 街の人間のこいつにあんたらの交渉人やらせるって、お前ら本当にそれで良いのかよ?」


 俺の問いかけに、バッカスがギロリとこちらを睨みながらやけに嬉しそうに返事をする。


「ああ。あゆみが自信を持って俺達の為(・・・・)に『交渉人』やるって言いだしたんだ。こいつ、一度言い出したら聞かねぇし俺ももうこいつを信じるって決めたからな。だからあゆみが『交渉人』ってのは族長の俺の一存で許可しちまった」


 そんな俺たちのやり取りを見ていたあゆみが、ちょっと焦って自分に注目を戻そうと大声で叫んだ。


「とーにーかーく!」


 突然すぐ横で叫ばれたバッカスが、あゆみの余りの声量に耳をふさいだ。

 お構いなしにあゆみが続ける。


「街のみんなもバッカスたちもこの決闘すっごくやりたかったんでしょう? だからお望み通り決闘やりましょうって言ってるのっ! ただし! 条件は私が決めます」


 一息に言い切ったあゆみが俺たちを真剣な顔で見回した。


 こいつ一体どういうつもりだ?

 本気でこいつらの交渉人とやらになったつもりなのか?


 俺は目線でキールに問いかける。

 キールはちょっと考えてから、すぐ考えるのを放棄して俺を見返して顎をしゃくった。


 あ。こいつ俺に丸投げする気だ。

 その気持ちは分からなくもない。っていうか俺だって誰かに投げだしたい。


「……もういい、分かった。じゃあそっちの条件を教えてくれ」


 こっちだって交渉を再開するためにも決闘の再開は最初っから画策していた事だ。あゆみのこの提案自体には何ら問題はない。

 話を進めるためにも俺が先を促すと、あゆみが少しホッとした顔になって先を続けた。


「じゃあまずはっきりさせとくけどこの決闘、どんな形で終わったとしても後から文句つけるのはなしだからね」

「ああ、そんなケチな事をするつもりはないぞ」

「同じくだ」


 すぐにはっきりとキールが頷いた。

 あゆみが振り向けばバッカスも素直にうなずいている。

 それに満足そうに頷き返してからあゆみがまた先を続ける。


「じゃあ次に決闘人ですが。これは双方私が指名します」


 ……あゆみがなんか楽しそうだ。

 何故だろう? なんかやな予感がする。


「……聞きたくないが誰を選ぶつもりだ」


 不機嫌に答えた俺を、目を輝かせて見返したあゆみが歌うように答える。


「では街の決闘人は……黒猫君! 君にお願いします」


 そう言ってビシッと俺を指さした。


「ま、待て、コイツは別に街の人間では──」


 てっきり自分が選ばれるつもりで剣に手をかけていたキールが、驚いて口を挟んだ。

 だがキールの言葉が終わらないうちにまたあゆみが言葉をかぶせてそれを遮る。


「なに言ってるんですかキールさん。黒猫君はキールさん……『キーロン殿下』の正式な『ランド・スチュワード』ですよね?」

「…………」

「充分街の代表を務める資格があると思いますが、違いますか?」


 あゆみの指摘にキールはぐっと言葉に詰まって声が出ない。

 俺は俺で、やけに強引に俺を指名するあゆみの真意がまるっきり見えなくて、文句を言うタイミングを見失ってしまった。


 こいつ、俺ならバッカスに勝てると踏んだのか?

 それとも俺じゃバッカスにかなわないと?


 困惑している俺達を置き去りにして、あゆみがまた暢気な声で先を続ける。


「そしてこちら狼人族の皆さんの決闘人は──」


 そこで少しまた勿体ぶったあゆみは、俺達を見回したあとゆっくりとその人差し指を自分に向けて朗らかに宣言した。


「僭越ながら私が承りました~」


「いい加減にしろ! お前が出てどうするんだ!」

「そんなの無茶です」

「止めてください」

「あゆみそれは無理だ」

「俺もそういった」


「「「???」」」


 焦って止に入った俺達に続けて響いたバッカスの言葉に、俺達全員で驚いてバッカスを見やれば、バッカスはこちらを見ながら諦めたように肩を竦めた。


「俺も散々こいつに言ったんだがこいつ、全く聞く耳持ちゃしねぇ」

「じゃあ何で止めさせないんだ?!」


 不審に思って聞き返した俺に、バッカスが少し不貞腐れて答えた。


「だって『交渉人』が一度決めたことを覆すことは出来ないんだろう?」

 

 ここで突然何かストーンと納得がいった。


 ……これ、全てあゆみの企みだったか。


 ぶすくれたバッカスは、そのまま一歩引いて観戦の準備に入っている。


 ああ、こいつも振り回されていただけだったのか……


 途端さっきの嫌な予感が俺の中で確信に変わった。


「あのー。みんな私の話ちゃんと聞いてる?」


 そこに横からあゆみのちょっと不機嫌な声が響いた。

 好き勝手に全員から止められたのが気に入らなかったらしい。


「決闘するって言ってんですけど聞いてますか~?」


 暢気な声を上げているあゆみを見下ろして、俺はため息をつきながら問いかけた。


「お前、一体何を企んでる? 普通、どう考えてもお前が俺に勝てるわけないだろ」


 確かに俺が猫だった時なら、こいつにも少しは勝機があったかもしれない。

 だが、人化して、しかも猫の時の運動神経が備わった今の俺は、多分ガチの勝負ならこのバッカスとだってやりあえるだろう。

 それに引き換え小柄なあゆみは、杖を突いて立ち上がっても俺の肩ほどもなく、華奢で今にも折れちまいそうだ。

 そのうえ片足しかないあゆみが俺に勝てるチャンスなんて万に一つもありはしない。


 それともこいつ、俺の知らない間になんか新しい魔法でも覚えたのか?


 少し見下ろすような体勢で真意を問いただす俺に、あゆみがこの場にそぐわぬ綺麗な笑みを返してきた。


「んー、勝てないよねぇ、多分。……肉体勝負なら」


 あゆみが俺に向けた綺麗な笑顔に、一瞬背筋に悪寒が走った。


「でも覚えてる? 私言ったよね? 条件は私が決めるって」


 ああ、あゆみがすごく楽しそうだ。

 俺は確信する。

 これ間違いなく聞くとすごく後悔する奴だ。

 俺の胃が引きつった。


「私たちの決闘の手段は──」 


 俺は痛み出した胃の辺りを両手で押さえて身構えた。


「『あっち向いてホイっ』」


「ガーッ! もう嫌だ! いい加減にしろ、俺は帰る。もう付き合いきれねー!」


 そんなこったろうと思った。

 うらやましいことに、この場でこの馬鹿気た提案を理解したのは俺とあゆみだけだった。

 この世界にこんな遊び知ってる奴は他にいない。


「おい、『あっち向いてホイっ』ってなんだ?」


 後ろ向いて逃げ出そうとする俺を捕まえて、バッカスが素で俺に聞いてくる。

 多分あゆみに聞いてもまともな答えが返って来ないのを理解したのだろう。


 その気持ちは分かるが、だが俺に説明させるのかこれを?


 そんな俺の気も知らず、キールとアルディ、テリースまでこっちに問いかけるような眼差しを送ってきた。

 俺は大きなため息をついて、男たちが見守る中、暗澹たる気持ちで説明を始めた。


「『あっち向いてホイっ』ってのはな。子供の遊びだ。じゃんけんで順番を決めて勝ったほうが指を出す。出した指の方に顔を向けたやつが負け」


「「「…………」」」


 ああ、そうだよな。

 みんな馬鹿らしくて声が出なくなってる。


 俺はため息交じりにバッカスを見やった。


「なあ、バッカス。お前本当にいいのかこれで?」


 俺は聞かずにはいられなかった。

 だってこれ、神聖な決闘だったんじゃないのか?

 俺が問いかけるまでもなくバッカスは頭を抱えて唸りだした。


 ……お前も聞かされてなかったのか。


「何よ、みんなして。何が問題なの? ちゃんと勝負するのに変わりはないでしょ? 文句があるなら10本勝負にしてあげるわよ」


 あゆみが全く見当違いの方向に修正案を出してくる。

 それを聞いてその場にいた全員が深いため息をついた。

 やがてバッカスがのっそりと顔を上げて情けない顔で答えた。


「良いも悪いも、どうしようもねーよ。俺こいつに任せるって言っちまった。族長の俺が一度言ったことを覆すわけにはいかねぇ」

「まじかよ」


 俺の泣きのはいった返事に、同じくらい情けない顔でバッカスもうなずいた。


「……す、すまない。こいつがこんなで」


 今まで不遜な態度で俺たちを振り回していたバッカスの、今にも泣きだしそうな情けない顔に、俺はついポロリと謝ってしまった。

 それを聞いたバッカスが暗黙の了承を示すように目を閉じる。

 悲しいことに、俺の中にこのでかい狼男への深い同情の念が湧いてきた。


 俺たちが変なところでお互いを理解しあっていると、それをどう誤解したのか、あゆみの奴が俺の顔を思いっきりドヤ顔で見つめながら続けた。


「逃げるの? 黒猫君。自信ないんでしょ、『あっち向いてホイっ』」


 ああ。もう駄目だ。

 どうやら俺はこの勝負から逃げられないらしい。

 こいつらが見守る中で、俺はあゆみとこの恥ずかしい『決闘』をさせられるのか。


 初夏の日差しの中、小柄なあゆみが自信たっぷりの笑顔でこちらを伺っている。

 寝不足の目を擦りながら、諦念の思いで見上げた青空は、何故か少し、にじんで見えた。



 * * * * *



 途中の経過なんて言いたくない。

 思い出すのも嫌だ。

 結果から言えば。


 勝負はあゆみの圧勝だった。


 なんでだ?

 何であいつの指さすほうに勝手に顔が向いちまうんだ?


 畜生、あいつどんないやらしい手を使ったんだ!?



 * * * * *



「やった! バッカス勝ったよ!」


 あゆみの声にバッカスがおざなりに手を振っている。

 ある意味、あゆみのこの勝負は最凶だった。

 この場にいる全員、もう誰も戦意なんてもんはかけらもなかった。

 残ったのはあゆみに振り回された者同士のむなしい同族意識だけだ。


 そんな俺たちの様子などお構いなしに、あゆみが宣言する。


「では、これで街の皆さんは狼人族の皆さんに『全面降伏』ってことでよろしいですね」


 突然のあゆみによるとんでもない勝利宣言に、今までの緩み切った空気が一瞬で凍りついた。


「え? あ、あゆみさん!?」

「あ、あゆみ、お前本気か?」

「言ったでしょ。勝負のあとから待ったはなしだって」

「だ、だがあゆみ、お前本気で俺たちに降伏しろって言うのか?」


 いつの間にかこの勝負を冗談のようにしか見ていなかった俺たちは、全員で真っ青になってあゆみに迫った。

 そんな俺達にあゆみが容赦なく答える。


「なに言ってるの、敗者が勝者に屈するのはあたりまえでしょ? 狼人族の勝利に間違いはないからね」


 あゆみがそう言い切るのを聞いたバッカスが一人ニヤリと笑った。


「そうか。俺たちの勝ちか」


 こんな勝負でも勝てばうれしいらしい。

 それは良いが全面降伏ってのは幾らなんでもマズい。


「全面降伏って、お前どういうつもりだ」


 問いただす俺の言葉にあゆみが斜め上を見ながら一段と声を上げて楽しそうに答え始めた。


「はい。全面降伏ってことは、この街は狼人族さん達の傘下に入ります」


 それを聞いたバッカスが一人でニヤニヤしている。


「ですから自動的に狼人族の長であるバッカスがこの街の統治をおこないます」


 ニヤニヤしていたバッカスの頬がピキリと凍った。


「バッカスは街のお偉いさんになるので毎日ちゃんとした服装で朝から晩まで執務室に籠ります」


 バッカスの大きな両耳がペシャリと垂れた。


「街にはたくさんの人がいるのでバッカスは寝る間を惜しんで皆さんの為に政策を立てます」


 バッカスのふさふさの尾がクタリと下がった。


「街は食糧難なのでバッカスたちが頑張って食料を探してきてくれます」


 あゆみが並べ上げていく条件に、バッカスが冷や汗を垂らしながら唸りだす。

 俺はもう申し訳なくてバッカスを見ていられなかった。


 ああ……お前まだあゆみを信じてたんだな。


 うなだれ切ったバッカスを見て、あゆみが微笑み、頃合いをみて言葉をかける。


「──なんていうことに、バッカスたちは興味はありません。でしょ? バッカス」


 今まで唸っていたバッカスがガバッと顔をあげ、ぶんぶんと頷いた。


「と言うわけで。皆さん。この決闘、本当に終わらせたいですか?」


 それを聞いて、やっとあゆみの真意に気づいた俺たちは大きくため息をついてそろって返事した。


「参った。俺たちの完敗だ」


 そんな俺たちを仕方なさそうに見返しながら、あゆみは晴れ晴れとした笑顔で街を指さした。


「それじゃあちゃんとしたお話し合い、始めましょうか」


 あゆみに逆らう気力のある奴はもう誰もいなかった。

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