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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第5章 狼人族
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22 刈り入れ

 結局、夜中まで皿洗いを続けた俺たちは力尽きて泥のように眠り、夜明けとともに寝ずの番をしていた兵士に起こされた。別に悪い事が起きたわけではなくそう頼んでおいたからだったが、悪い夢にうなされていた俺は前後不覚のままベッドから転がり落ちた。


 夢の中で俺は冷たくなったあゆみを抱えてただただ歩き回っていた。

 あゆみの冷たい身体の感触が妙にリアルで、まだ俺の腕の中にあいつの身体があるような錯覚を覚える。

 どうにか心を落ち着かせて再度自分の心に問いかけた。


 俺はあゆみが死んだと信じるのか?


 どうやってもそうは思えなかった。

 昨日キールにも説明したが、言葉には出来ない次元であいつが生きていると確信できている。

 なのに胸の内の不安は消せない。


 矛盾した二つの感情にさいなまれながら、俺は手早く着替えてキール達と合流した。



 貧民街に向かい、兵舎から来た兵士たちとダーレン率いる貧民街の者たちと合流する。

 結局、キールはかなりの数の兵士を城門の警備に残さざるを得なかった。

 パットが覚えていた「『連邦』の連中がもうすぐ到着する」と言う情報はタッカーによって再確認された。ダンカンが東門から逃げて行ったという話と併せると、どうしても見張りを減らすわけにはいかないそれどころかいつも以上に東門に兵を割く結果になってしまった。

 貧民街から出てくれる人数が思いの他多かったのはいいが、その半数近くは子供たちだった。乳飲み子こそいないが下は5歳くらいまでいる。それが全員働き手としてついてくるのだそうだ。

 その場にはピートルとアリームもいた。それぞれの工房の弟子たちが総出で完成した道具を運んでくれている。

 そしてもう一人。アリームに紹介された大工のガッツ親方とその仲間が一緒に来てくれていた。以前キールに約束した通り、風車ふうしゃを作るのだ。


 挨拶もそこそこに、俺達は四組に分かれて農村へと向かう。

 作り方を知っている俺が最初に行ったあの代表のじいさんがいる農村に向かい、そこから他の農村も見て回る手はずになっていた。他の農村にはそれぞれキール、テリースとアリームが向かっている。

 まずは村長達と貧民の受け入れ条件の確認から始めなければならないからだ。


 それぞれが村長の所に行って、キールの準備した正式な執政者としての通達文を手渡す。これには今回の人手の詳しい状況が説明されていた。

 そしてそれ以上のことは、俺たちがそれぞれの村長に直に説明する。

 村長は俺の話をしっかりと聞いたあと、確保した人手にもろ手を挙げて喜んでくれた。


「いや、食糧や寝床は問題ないですじゃ。なんの、毎年手伝いに来る連中だって同じようなもんだったんですじゃ。貧民街へ送る食料も配達のついでに出してきますじゃ」


 そう言ってじいさんがその薄い胸を軽く叩いて見せた。

 アルディは門の防衛に残り、パットは今度こそ治療院で留守番を言いつけられた。タッカーからあゆみの話を聞いたパットは、見るも無残なほど落ち込んでいた。俺は自分が信じていないせいもあって、掛けてやる言葉さえ見つけられなかった。



 麦畑は……だだっぴろかった。


 いや、「見渡す限り」って言うが、この村の畑は見渡せる範囲の畑だけではないらしい。

 しかも一面全て麦というわけではない。一区画、麦ばかりが植わっているかと思えば、次のブロックはなにも植えられずに空いている。

 これは輪作が始まる前の、休畑が必要だった頃の畑の使い方だ。非常に無駄が多く、効率も悪い。


 それでも実りきった麦が続く畑を風が渡り、金の穂を揺らしていく様は胸の奥の凄く深いところに純粋な喜びを呼び起こす。不思議な高揚感と感動が生まれる光景だった。



   『~初夏には真っ黒日焼けした鎌持つ男、畝の端よりこっちらで遊ぼう。

    麦わら帽子で農道行けばピカピカのニンフがお待ちかね……』


 麦刈りの歌が風に乗って響いてくる。村の者達が既に刈り入れを始めていたのだ。皆手を止めることなく刈りながら歌は誰ともなしに始まって誰ともなしに続いていく。


 この光景はあゆみにも見せてやりたかった。


 すぐに手分けして刈り入れの準備に取り掛かった。だがなんせ今まで麦を刈った事もない連中ばかりなのだ。半日はその長い柄の付いた鎌の使い方や作業手順の説明だけで殆ど終わってしまった。


 刈り入れは過酷だった。

 一日中長い柄の付いた鎌を振って麦を刈る。一人が刈ったらもう一人が拾って束にし、更にもう一人が藁で括ってまとめて小さな山に積んでいく。


 俺の計算違いはテリースだった。

 テリースが家畜の解体を一人でやったという話を聞いてたから、こいつの風魔法で刈り取りは楽できると考えていたのだが。

 なんとテリースの風魔法の刃は、指先十センチしか届かないのだそうだ。

 ほぼ使えない。


 ならばと、ここで使われている長い柄の鎌で麦を刈ってると、刈られた穂は全て畑に寝てしまう。それを拾って歩くのも大変だし、束にしないと運ぶことも出来ない。

 これを刈る係、束ねる係、運ぶ係と三人一組で手分けしてやるが、時間がかかる割に効率が非常に悪かった。しかも刈った麦に押し倒された麦を結構刈りそこなってる。


 急いでアリームの所に飛んでって、村にあった材料であるものを頼んだ。

 俺が昔アメリカの博物館で見たことのあったやつだ。

 『麦のゆりかご』と呼ばれるそれは、まるで大きくカーブを描いた熊手が鎌の刃の上部に巻き付いたようなものだ。決して切る範囲を増やしてくれるわけじゃないが、麦を刈ってる時点で熊手がそれをひとまとめにして運びやすくしてくれる。しかも刈った麦が倒れないから、それに押し倒されて回りの麦の穂が刈れなくなることもない。


 これは俺も流石に使ってるのを見たことはなかった。だから博物館で見た当時はその真価がまるっきり分かっていなかった。

 実際に使ってみれば、これが思っていた以上に作業の効率を上げてくれた。

 だが、アリーム達がどんなに焦って作ったってしょせん手作業。その数は中々増えなかった。

 それでも出来た物から支給すれば『刈る』・『まとめる』・『束にする』で3人必要だった作業が『刈り取り』と『まとめる』が一人になったお陰でその場で一人分の手が空く。これは思いの他大きかった。


 作業はきついが文句は出ない。子供たちは子供たちで束に結うのを手伝ったり、束を積み上げるのを手伝ったりと自分たちで出来る事を続けている。

 驚いたことに、農村の奴らは日が暮れてもかがり火の下、交代制で麦刈りを続けていた。俺たちは俺たちで、夜の内にガッツ親方や連れてきていた職人たちと細かい計画を立てる。

 日中、目ぼしい場所を探ってくれていたガッツが、数か所の候補地を上げたその中から、一番村に近い場所を選んで明日からの着工を決めた。

 結局寝る間もなく計画を詰め、俺たちは朝を迎えた。


 ちょっと時間が空くたびに心に痛みが走る。


 あゆみの奴、今どうしてるだろう。


 結局あいつを救いに行く時間も人手もないまま、収穫の目処が立つまでここを動けなくなってしまった。


 もし生きていたら……あいつはこんな俺を許してくれるんだろうか。



 結局それから一週間、俺たちは寝る間も惜しんで麦の刈り入れを続けた。

 昼の間は総出で刈り入れを続け、夜は手慣れた者だけが刈り入れを続けてる。残りの者は乾燥した麦を村の中心にあるでかい納屋に積み上げたり、テリース他風魔法の出来る者が中心になって乾燥した麦から順に脱穀を始めた。


 その間も、アリームの工房の奴らは『麦のゆりかご』を作り続け、俺とガッツ親方のチームは一緒に風車の建設にとりかかった。

 農作業はキールとテリースに任せて、俺は連れてきていた兵士にも手伝わせて風車ふうしゃの建設のほうに勤しんだ。

 俺達がいられる間に、なんとしても一台終わらせておきたかったのだ。


 今回はあゆみがいないので、ガッツ親方が俺の話を元に設計図を描きおこしてくれた。

 難しい事はせず、一台の風車に二個の搗き臼だ。

 俺だって歯車なんかを使えばもっと効率いいものが作れるのは分かっているが、今そんな手法を研究している時間はない。

 単純に回る軸についている木の杭が杵の上に付いている長い木の棒を引っ掛け、杵をあげたり下げたりを繰り返す仕組みの臼だ。

 だから小さい風車で2つの臼。それをひとつ作っておけば、今後俺がいなくてもガッツたちがもっと作れるだろう。まあ、この風車で出来るのはモミ殻を外す程度だけで、製粉は今まで通り石挽の臼を使ってもらうしかないんだが。


 ピートルとアリームがせがむので、歯車の仕組みも軽く教えておいた。かなり興奮気味に聞いてたから後で勝手に改良してくれそうだ。



 それにしても。


 村のじいさんの話では、やはり例年より刈り入れに時間が掛かっているらしい。

 そりゃ作業を知らない普通の貧民街の奴らが作業をしているのだから仕方ない。毎年この為だけにやってくる出稼ぎ連中のようにはいかないだろう。


 そうは言っても貧民街の奴らも皆よく働いてた。一緒に働きながら話を聞けば、今まで貧民街で燻ってたのにはそれぞれ違った理由があった。

 生まれつき台帳に載っていなかったから働けなかった者もいたし、どこかで教会と反目してしまった奴らもいた。中には実は獣人の血が混じってるって者までいた。


 理由は違えど、どいつもこいつも普通の仕事にありつくことが出来ず、その多くは日雇いに出たり、物乞いをしたりごみを漁ったりして生活してたそうだ。無論、口には出さなかったが盗みをしていた者もいたのだろう。

 だが、誰に聞いても「働きたくなかった」という奴はいなかった。毎日働いて、食べるものがあって寝るところがあるここの生活は、今までとは比べ物にならない程幸せだと、誰もが断言してた。

 その言葉に偽りはないようで、ここに来てからは貧民街の奴らもすっかり顔つきが変わり、どこを見ても笑顔が増えた。



 それでも刈り入れには時間が掛かる。

 村長のじいさんの予想では、初日の進み具合をみて短くても五週間は掛かるだろうとの事だった。

 一つの村に付き百人近い人間が昼夜なく働いての話だ。

 ふと、あっちの世界ではトラクターが一台数日で終わらせていた作業だったのを思い出して気が遠くなる。



 五日目の朝辺りから風向きが変わった。

 村長のじいさん曰くこの調子だと今年は例年より早く雨が来るという。


「ネロ様、今更思うんですじゃが。よくよく考えてみればこれだけ早く麦が実っていなければこの人数で雨の前に全て刈り入れるのは無理だったですじゃが。やっぱりあれは奇跡だったのですじゃが」

「……もし奇跡だったとしても、ここの教会が崇めてる神様のお陰なんかじゃない事だけは確かだぞ」


 じいさんの言葉についポロリと俺がそう言うと、じいさんがニヤリと笑ってこっちを見た。


「ネロ様も教会嫌いですじゃか。わしもですじゃが。実りのために祈りもせずに実りだけを取っていく連中なんぞ、信じるに足らんですじゃが」

「じいさん、そんな事堂々と言ってていいのかよ」

「猫耳のネロ様を相手になにを恐れることがありますじゃか?」


 じいさんがカラカラと笑った。


 じいさんの言う事は正しいのだろう。例年より長く麦を刈る事が出来たのは、間違いなくあの一週間早い実りのお陰だった。

 俺の見た夢と麦を実らせた風。

 あれは一体なんだったんだろう。


 ふと気付くと、すぐ近くでキールが周りの貧民たちと一緒に泥だらけになって麦を刈っていた。

 キール、あんたやっぱカッコいいわ。

 そこまで出来るのはマジ尊敬する。



 七日目の朝。

 やっとのことで俺たちが最初の風車の試運転を終えた頃、麦の刈り入れもやっと目処がついた。

 貧民街の奴らもかなり手慣れて来たし、着実に刈り取られた畑が増え続けている。脱穀も着々と続いていて、袋詰めにされた麦が次々と風車に運び込まれ引きつぶされていく。


 この風車の建設の費用もほとんどが材料費だけで足りてしまった。俺から手に入れた知識だけで充分釣りが出るとガッツ親方たちが言ってくれたからだ。

 材料費も半分はキールの個人資産、残りの半分は村の借金になった。ただし、その借金も次の数年で充分払いきれる金額だそうだ。


 じいさん曰く、このままいけば今年は大幅な豊作だそうだ。なにより、作付けに対する収穫量が格段に増えているという。それこそが俺が持ち込んだ道具の本領だったのだろう。


 麦畑に残っていた落ち穂をキールが拾おうとして村のじいさんに叱られていた。

 まったく、どこの世界に落ち穂を拾う皇太子がいるんだ?

 落ち穂はどこの国でも最も貧乏な貧民の為に残しておくのが常識ってもんだ。

 こいつもしかして知らねーのか?


 まだ刈り入れは続くが、俺たちが必要とされる仕事はもうここにはない。

 思えば無茶苦茶なスケジュールだった。

 これで5日間、俺達全員殆ど寝ていない。

 それでも毎晩、夜の作業の合間に時間を作って集まっては、俺達はずっと話し合ってきたのだ。そう、この刈りいれに目途がついた後の、狼人族との交渉再開の計画を。


 睡眠不足にもかかわらず、頭はやけにはっきりとしていた。

 疲れの溜まった体はあちこちが農作業の疲労でバリバリで、神経がそこら中ビリビリと痺れ痛んだ。

 だがあと一息。待ちに待った機会がやってくる。

 なんとしてもあゆみを取り返してやる。


 村の中心に戻った俺を迎えたキールとテリースは俺と同じ目でしっかりと見返してきた。


「行くぞ」

「ああ」

「はい」


 城門ではアルディがすでに準備を整えて待っているはずだ。


 刈り取られた畑を駆け抜ける風に背を押されながら、俺たちはそろって後ろを振ることなく城門へと向かった。


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