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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第5章 狼人族
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16 多数派

「それでどうするよ」


 俺は横に立つキールに向かって再度声を掛けた。まあ、答えは期待していないが。


「…………」

「どうするも何もありません。キーロン殿下のカントリーハウスの前であのような抗議行動など許すわけにはいきません。明日の朝には軍を使って強制的に撤去します」


 無言のキールの代わりに、アルディがそれが当前と言うように答えを返す。

 それが至極妥当な対処なのは分かるのだが。


「……それまずくねーのか?」


 俺は思わず言葉を漏らした。


「?」


 アルディが物問いた気にこちらを見やる。


「なあ、タッカーも言ってたがあの貧民街の奴ら、台帳に乗ってないだろ」

「…………」


 キールが答えない。ということは多分正しいのだろう。


「あれ、下手したら台帳に乗ってる奴らより多いんじゃねーのか? で、もう教会が機能してない今、もしかするとあいつらのほうがこの街の多数派ってことはねーか?」

「だからなんだって言うんですか?」


 アルディがちょっと不機嫌に聞き返す。アルディの頑なな態度に俺は小さくため息をつく。


「いや、ちょっと考えてみろよ。キールがこんな中途半端な立場な上、こんな少数でもなんとか施政を行えてるのって要はそれだけの支持があったからこそだろ。でもここから多数派の貧民の支持が離れたら、下手すると施政自体が出来なくなるかもしれないって思わねーか?」

「…………」


 俺の意見に反論できず、アルディが黙り込んだ。


「だから俺たちはあいつらを蹴散らすんじゃなくて、出来る限り取り込まなきゃならないんだと思うんだが……違うか?」


 アルディを放っておいて俺がキールを見やるとやや俯き加減のまま答える。


「分かってる」


 そのまま物思いにふけってるキールに、気になってたことを尋ねた。


「パットの奴はどうしてる?」

「……まだ目を覚まさない。テリース曰くまだ予断を許さないそうだ」


 パットの怪我は見た目ほどひどくはなかった。外傷自体はテリースの治癒魔法で綺麗に治癒してたが、出血が多すぎたせいでまだ目覚めない。輸血という手段がないこの世界では、こんな時、目を覚ますまで少しずつ魔力で体力を分け与えるぐらいしか出来ないのだそうだ。だから今、テリースはつきっきりでパットを見てくれている。

 

「畜生。なんでこう次から次へと嫌なことばかり重なりやがる」


 愚痴を言ったからって状況が良くなるわけじゃないが、あゆみのことを考えると居ても立っても居られない。とっとと全部片付けて今すぐにでも助けに行きたいのに、このままじゃ計画一つ立てられやしない。麦だってもう時間がないってのに……

 タッカーの奴。一体なにを考えてこんなことをしてるのか知らねーが、捕まえたらタダじゃおかねえ。


 あれっきりタッカーは姿を見せなかった。煽るだけ煽って姿を消しやがった。お陰で貧民街の奴らは少し落ち着いたが、逆になにが目的なのか、相手が次にどんな行動に出るのかまるっきり掴めない。


「苦しい時ってのは大概こんなもんだ。風向きが変わるまで耐えるしかない」


 俺の言葉に返事を返しながらキールは重いため息をつき、顔を上げてジッと俺を見つめ返した。


「お前が以前狼人族との交渉に際して聞いた問を、今度は俺が繰り返すぞ」


 そう言ったキールの目に少しばかり力が戻っている。


「あいつらが必要としているのはなんだ? あいつらが嫌うのは? あいつらが欲しているのは?」


 俺にそう問いかけるキールは、同時に自分にも問いかけているようだった。

 俺はちょっと考えて、でもすぐに肩をすくめた。


「知らね。知るわけない、俺は奴らのこと全然知らねーんだから」

「それでは僕が外に行って、どなたかお話の出来る方をお連れします」


 突然後ろから掛かった声に、俺たちは揃ってドアの方を振り返る。と、そこには頭に包帯を巻きつけ青い顔をしたパットが、扉に寄りかかりながら立っていた。


「おま、なにやってんだ! ベッドに戻ってろ!」


 つい怒鳴った俺にパットが涙を浮かべてその場に崩れ落ちた。


「ネロさん、もう寝てなんていられません! 本当に、本当にすみませんでした!」

「なにしてるんですか!」


 半べそで謝り続けるパットを後ろから追いついたテリースが慌てて抱き上げた。テリースにそうやって抱えられているとパットの幼さが際立って痛々しい。


「君はさっきまで死にかけてたんですよ! やっと気がついたと思ってちょっと私が水を汲みに行った隙にベッドから抜け出すなんて、なに考えてるんですか!」


 心配そうに腕の中のパットに声を掛けるテリースに、パットが力なく微笑む。


「ごめんなさいテリースさん、でも僕のことなんてどうでもいいんです……僕は皆さんに謝らなきゃ。あゆみさんが連れ去られたのは全部僕のせいなんです」


 ぐしゃりと顔を歪ませてパットが続ける。


「すみません、ネロさん、皆さん、僕があゆみさんに、あゆみさんに、頼んじゃったから」


 こいつが言っているのはあゆみが失踪した時のことだろう。

 俺は……情けない事に掛けてやる言葉が見つからなかった。


「謝るよりも説明してほしい。一体どういう過程で君たちは貧民街に行ったのか」


 キールは俺よりも冷静にパットに問いかけたが、すぐにテリースが止めに入る。


「待ってくださいキーロン殿下。まだパット君はこうしてお話をしてられる程の体力が戻ってないんです」

「お前はそのまま治療を続ければいい。こいつはそれでも伝えたいことがあったから来たんだ」


 キールの言っていることは無茶苦茶だが、俺も同じ意見だった。

 腕の中のパットと俺たちを交互に見たテリースは、仕方なさそうに眉を下げ、パットを抱えたまま執務室のソファーに座った。目を閉じて、腕の中のパットに集中し始める。多分治療を行っているのだろう。

 ちょっとするとパットの顔に少しだけ赤みがさし始め、「はぁっ」と小さなため息をついて話し始めた。


「あの日あゆみさんの執務室にダンカンさんがタッカーさんからの手紙を持って現れたんです。渡された手紙にはとても丁寧な言葉で仕事を離れなければならなくなって申し訳ないと記されていて。違約金代わりになればと言って銅貨まで入っていたんです……」


 パットはそこでもう一度小さくため息を突いて話を続けた。


「僕も、ちょうどタッカーさんの扱った卸業者の方達から、タッカーさんが袖の下なんて取っていないって、聞いてきた所だったんです……。それで僕、自分のせいでタッカーさんが、ここに居られなくなった気がして……。せめてお金だけでも返しに行きたくて……」


 話すたびに息の切れるパットを、テリースが薄っすらと目を開けて心配そうに見つめている。


「ダンカンさんがタッカーさんのお宅を知ってるっておっしゃって……。それを聞いて僕が迷っているとあゆみさんが僕と一緒に行って下さると言い出されたんです……。ダンカンさんも一緒に行って下さるって……。それで安心してしまったんです……」


 パットの瞳が少し潤んできた。


「僕たちは、ダンカンさんに連れられて、貧民街にあるタッカーさんのお宅に行ったんですが……。あゆみさんとタッカーさんが奥の部屋に入ると、突然ダンカンさんの拳が僕のお腹に入って……。次に気づいたら、あゆみさんと一緒に、暗い場所に置き去りにされてました……。あゆみさんは、薬が効いてたのか全く起きてくれなくて……。どうしようもなくて、そのままじっとしてたら、その内ダンカンさん達の声がして……」

「なにか言ってたのか?」

「はい……」


 何度も息を切らせながらも、パットはゆっくりと胸のつかえを吐き出すように俺達に話し始めた。

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お読みいただきありがとうございました。
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