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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第5章 狼人族
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12 最初の交渉

  城門に着くと、そこには兵士が2人が準備を終えて待っていた。彼らとキール、テリース、アルディそして俺の6人で出ることになる。

 テリースに笛を持たせ、俺まで簡単な鎧を付けさせられた。もし戦闘になったら守りに徹することを前もってキールに約束させられる。まあ、確かに魔法も剣術も出来ない俺じゃあ、戦闘も防御も大したこと出来ないのは言うまでもない。振ったこともない剣なんてもらったって飾りにしかならねえし、いっそ今のこの身体なら体当たりでもしたほうがまだ意味がありそうだ。


 準備が整った俺たちは城門を抜けて草原に出た。

 暫く歩いて城門から充分な距離を取る。もし何かあった時に門内に俺たちが逃げ込むには少しきついが、逆にもし戦闘になっても狼人族が辿り着く前に城門を閉めるだけの時間があるだろう。

 草原に出たテリースは、笛を片手に一歩前に出て不思議なメロディーを奏で始めた。テリースが奏でる曲は決して美しくない訳ではないのだが、決まったメロディーがあるようには思えない、そんな不思議な曲だった。

 笛を奏で始めたテリースは、その長い睫毛を軽く閉じて演奏に集中した。その横顔はやけに美しく、初めてテリースがエルフに見えた。

 しばらくすると数匹……数人の狼人族が森から姿を現し、こちらの様子を伺いながら近づいてくる。


「エルフの血を引く者よ。その曲が俺たちの決闘の始まりを告げる曲と知ってて奏でたのか?」


 まだ結構な距離があるところから、一番前に立っていた隻眼の狼が大きな声で尋ねて来た。


「森に住まう者よ。私は今日あなた方に決闘を挑む者を連れてまいりました」


 テリースが良く通るテノールで返事をすると、深い紫の瞳を輝かせてキールが一歩前に歩み出た。


「この街を代表して俺が挑戦する」


 結局キールのやつは周りの反対を押し切って自分で決闘に出ると決めちまった。

 もうこの街の兵士ではなくなったキールだが、アルディによるとその実力は他の兵士の追随を許さないらしい。剣の戦いでも魔法でも、キールは他の兵士とは比べものにならない、らしい。

 誰もが今のこいつの立場を考えてやめろと進言したのに、キールの硬い決意を曲げられる者は誰もいなかった。


「良いだろう。ならばこちらも一族を代表して族長の俺が受けて立とう」


 キールの言葉を聞きつけた隻眼の狼人族の男は、なにやら嬉しそうにそう言って近寄ってきて刀を掲げる。


「得物は剣か?」

「剣でもなんでもいい」


 キールの質問に短く答えた。よっぽど腕に自信があるようだ。そんな男を制するように自分も剣を抜きながらキールが穏やかに続けた。


「決闘の前に一つ約束してもらいたい。この決闘が終わったらお互いそれまでの恨みつらみは捨てて話し合いの席に着いてほしい」


 キールの真っすぐな申し出を聞いていた隻眼の狼人族は、ちょっと興味深そうに眼を輝かせてから、だがそれを馬鹿にするように鼻で笑った。


「そんなのはお前が勝ったらだな。俺はお前たちの言うことなど信用しない」


 キールはその答えに眉を寄せギロリと隻眼の狼人族を睨み返す。


「いいだろう、力でねじ伏せてから話し合ってやる」


 そう言って二人が正にガチの決闘を始めようとしたその時。


「お待ち下さいキーロン殿下! 騙されてはなりません」


 思いもしない者の声が俺達の後ろから突然響いた。


「タッカー……?」


 思わぬ声に振り返ると、いつの間にか俺達6人の後方、約10メートルくらいのところにタッカーが立っていた。

 それまで俺が聞いたことのあったタッカーの少しおずおずとした声音とは似ても似つかない、その力強い声に違和感を覚える。しかも彼の後ろには兵士の格好をした男が一人と、数人のガタイのいい男たちが並んで立っていた。


「タッカー……何故お前がここに? 大体どうやってここまで来た?」


 キールの問い掛けにタッカーが真剣な面持ちで続けた。


「キーロン殿下、お知らせしなければならないことがあって急遽駆けつけました。これをご覧下さい」


 タッカーの言葉に合わせて、後ろに立っていたガタイのいい男たちが背負っていた袋をそれぞれ下におろし、その袋の口を開いた。

 荒く編まれたその袋の中から現れたのは、俺が今一番ここにいてほしくない者達だった。


「あゆみ……? それにパット? なぜ?」


 二人とも意識がないのかグッタリとしてまるっきり反応がなく、生きているのか死んでいるのかも分からない。

 彼らの顔が袋の口から現れた瞬間、俺の身体中の血が一気に逆上した。咄嗟に二人に駆け寄ろうとしてキールに止められた。

 俺を止めたキールの視線を追えば、狼人族の奴等が少しづつこちらに間合いを詰めてきてた。これじゃ今俺達がここを動く訳にはいかねえ。


「ネロさん、ご安心ください。取り急ぎ袋のままお連れしてしまいましたが、お二人とも生きてらっしゃいます」


 俺の焦燥と苛立ちを宥めるようにそう言いながら、タッカーがパットを袋から引き出してその顔を数回叩いて声を掛けてる。


「タッカー、どういうことだ!?」


 思わず鋭い声で尋ねた俺に、タッカーがなぜかやけに落ち着いて説明を始めた。


「皆様の留守中、こちらのダンカンが街の外に連れていって欲しいとこのお二人に頼まれたのだそうです。お二人をお止めしきれなかったダンカンは仕方なく護衛を買って出たそうですが、街の外に出た途端、待っていたように狼人族の男たちが二人を攫おうと襲ってきたそうです。すんでの所で取り押さえ、連れ去られそうになったお二人を救い出したのだそうです」

「はぁ? そんな女のことなど知らねーぞ」


 俺たちのやり取りを見ていたバッカスが割って入るようにイライラと怒鳴り散らした。

 すると後ろから一匹……一人の狼人族がバッカスのすぐ横に進み出る。


「族長、あれはこの前族長を傷つけた娘ではありませんか?」


 その言葉でバッカスと呼ばれた隻眼の狼人族はハッと目を見張り、あゆみをその鋭い瞳で見据えた。


「確かに言われてみれば……だが俺はさらってこいなんて言った覚えはないぞ」


 目を細めてあゆみを値踏みしているバッカスに、もう一人別の狼男が横に進み出て少し首を傾げながらぼそりと呟いた。


「ですが、バッカス様のためならこれくらいの無茶をする奴がいくらでもいますでしょう」


 それを聞いたバッカスと呼ばれた狼男は、チッと舌打ちをしてこちらを見やる。


「例えそうだとしてもそいつらを攫ったのが俺の一族だって証拠はねーな。あんたらがでっち上げた可能性だってある」


 問いかけるような顔のバッカスに、まるで馬鹿にするようにタッカーが見下した声を張り上げた。


「なにを言う、たかが森に巣くう獣の分際で! それはそこにおわす方が現王が第5子、キーロン殿下と知っていての言動ですか!?」

「……タッカーいい加減にしろ、なぜお前がしゃしゃり出る?」


 やけに鼻に突くタッカーの言い回しに苛立ちながら俺が問いただすと、タッカーが心外と言わんばかりに俺を振り向いて返事を返す。


「なにをおっしゃるんですかネロ様! 私は『キーロン殿下の執行官の一人として』この場で交渉をお手伝いしようとしているだけです。このような汚らしい獣どもなど、問答無用で叩き切ってしまえばいいではありませんか!」


 さっきっからやたら殿下、殿下と繰り返すタッカーの本意が分からない。だが、その言葉に思わぬ反応を返した者がいた。


「殿下だと? って事はお前があのキーロン王子(・・・・・・)か?」


 思わぬバッカスと呼ばれた隻眼の狼人族の冷たい声にぞっとして振り返れば、奴はその目に燃えるような憎悪を灯していた。


「決闘を申し込んでおきながら場を汚すだけのことはある。あの(・・)キーロン王子だって言うならな。お前らにはもう一滴だって俺の一族の血を流させるわけにはいかねえ」


 それまでの小ばかにしながらも決闘を楽しんでいた様子とは大違いの、強い侮蔑と嫌悪を顕にした様子でバッカスがキールを睨みつけている。突然の豹変にキールでさえ戸惑いを隠せない。


「なんにしてもこんな決闘はなしだ」


 イライラと怒鳴って踵を返したバッカスに、またも思いもしないところから声が掛かった。


「なにを言っているんです。これは決闘なんかじゃありません、我々による害獣の駆除です。その証拠にほら」


 なにを言い出すのかとぎょっとしたのは俺たちのほうだ。そんな俺たちを尻目に、元来の細い目を少し見開いたタッカーが、その奥に秘めていた残忍な光を顕にして俺たちの前に一歩出る。と、タッカーの声に呼応するように沢山の人影が更に後方の草むらから突如立ち上がった。ざっと見30人くらいか?


「キーロン殿下。彼らは陰ながら殿下のお力になりたいと心から願う者ばかりです。殿下の為ならば命を捨ててでも最後まで戦う覚悟のある者ばかりです」

「お前ら、騙したのか!」


 タッカーの説明を聞いていたバッカスが総毛を逆立ててこちらを睨む。


「待ってください、これはなにかの間違いです! 絶対どこかに誤解があります。まずは話し合いをしましょう」

「出来るか!」


 慌てて取りなそうと声をあげたテリースの言葉をバッカスが切って捨てた。


 「お前だってエルフの血を継ぐのなら知ってるだろ。俺たちは命よりも栄誉を尊ぶ。こんな汚らしい手口で呼び出すような奴らと交渉どころか決闘など出来るか!」

「獣の分際で栄誉だなどと馬鹿らしい!」


 二人のやり取りを醒めた目で見ていたタッカーが、蔑みを滲ませた声でまた余計なことを言う。


「これを見てもまだその様な戯言(ざれごと)が言えますか?」


 その声に合わせてダンカンと呼ばれた兵士がタッカーの後ろから進み出し、背に担いでいた毛皮を荷物のようにドシリと俺たちの前に放り出した。

 地面にゴロリと転がったそれは、毛皮などではなく狼人族の体だった。

 俯きに転がりピクリとも動かないそれは、背に大きな傷が開いてその周りにこびりつく赤黒い血がはっきりと見て取れた。それだけで、もう息がないのは明らかだった。

 茫然とそれを見た俺たちの横から、やけに静かなダンカンの声が響く。


「死ぬ前にこいつを締め上げたところ、街にいた内通者にあゆみさん達を誘き出させておいて連れ去る予定だったそうです」

「お前ら、よくもぉぉぉおおお!」


 一瞬の沈黙をバッカスの激高のほとばしる叫びが切り裂いた。

 唸り声とともに素早く刀を引き抜き、一気にキールに間合いを詰める。同時に剣を引き抜いたキールが刃と刃を打ち合わせて間一髪のところでそれを打ち返す。

 二人の刀と剣がしのぎを削り、火花を散らすその間にも残りの狼人族がこちらを囲むように襲ってきた。すかさずキールの部隊が散開し、後ろに俺や他の男たちを守る形で陣取った。

 タッカーがけしかけたのはどう見ても三下のようなザコばかりだ。こんな奴ら、足かせにこそなれ狼人族と戦うにはなんの役にも立たないのは目に見えた。

 タッカーの野郎、一体何を考えて……と振り返ればタッカーの姿はどこにもなかった。


 場は一気に混乱した。

 たとえ雑魚とはいえタッカーが集めた人間はかなりの数がいた。それに引き換え、バッカスの連れて来た狼人族はバッカスを入れて全部で4人。それがつかず離れずで接近戦を繰り返すのだ。

 その間をキールとバッカスの激しい剣戟が走り抜ける。


 俺は……殆ど観戦しているしかなかった。いくら肉弾戦ではそれなりの自信があっても、刀と剣のやり取りに入り込むほど馬鹿にはなれねえ。

 それよりも、とあゆみたちに駆け寄ろうとする俺の前に、キールを突き飛ばしたバッカスが素早く俺の横を走り抜け、ザッと目の前に立ちふさがった。

 受け身を取り損なったのか、弾き飛ばされたキールは起き上がれないまま地面に倒れ込んでいる。


「そこをどけ!」

「なんでだ? こいつらは俺たちが攫ったことになってんだろ? だったらこの場で殺してもかまわねえよな?」


 俺のドスの効いた恫喝を、せせら笑うようにおどけて見せながらバッカスが答える。

 

「……お前らが攫ったんじゃねえってさっき言ってなかったか?」

「信じてもいねーこと口にしてんじゃねえ!」


 俺の詰問にバッカスがムッとした顔で怒鳴り散らす。


「ここまで馬鹿にされて手ぶらで逃げられるか! こいつらは俺が貰う」


 そう言って、俺を睨むバッカスが四つん這いになって咆哮を上げた。

 途端、バッカスの身体がグングンと膨らみ始める。やつの体はみるみるうちに大きくなり、あっという間に俺の肩ほどもある大きな一匹の狼に変貌した。


「……畜生!」


 一瞬で身体が凍りつく。猫の本能だ。


「う、うわ!」

「に、逃げろ!」

「このバケモノ!」


 バッカスの雄叫びとその威容に、俺の後ろで戦っていた雑魚どもが悲鳴を上げて逃げだし始めた。

 雑魚どもの恐怖に震える叫び声に我に返った俺は、奴の威容よりも刀を手に出来なくなったバッカスの姿に一縷の勝機を見出した。


 これなら今の俺の力で組み合うことも出来る!


 俺は猫の時のようにバッカスの身体を駆け上がろうと走り寄った。


「うぉぉぉぉ!」

「は! いつまでも同じ手を食うか!」


 飛び掛かった俺をバッカスはひょいっと避け、くるりと素早く向きを変える。肩透かしを食らった俺は勢い余って地面を転がった。すぐ地面を蹴って立ち上がりバッカスを振り返れば、正に奴があゆみの入った袋を咥えて背中に放り上げたところだった。


「やめろぉぉぉおお!」


 俺が再度飛び掛かろうとするのをバッカスが強靭な前足でなぎ飛ばそうとする。咄嗟にそれを避けられたのはこの猫の目のお陰だ。

 だが、俺が避けたその前足の黒く伸びた爪が、ちょうど俺の横に転がってたパットの頭を掠っていった。

 途端、パットの頭から鮮血が飛び散る。


「ふぁ……!」

「パット!」


 慌てて駆けよってパットの頭を自分の手で押さえつけた。まだ朦朧としてるパットは自分がどんな状況かさえ分かってないらしい。目に涙を溜め、口の中で「ごめんなさい……」と何度も繰り返してる。

 その間にも俺の手の下からドクドクと血が溢れてくる。今すぐ血を止めないとこのまま逝っちまうのが目に見えた。


「テリース、キール、パットを助けてくれ!」


 手の中にあふれてくる血を両手でなんとか押し返しながら叫んだ。


「畜生、畜生、畜生! テリース、キール!」


 俺の手の中にパットの命がどんどん零れていく気がした。

 あゆみの入った袋を背に乗せたバッカスが、一瞬バツが悪そうにこちらを見てから走り去るのが見える。それを認めながらも、俺はただただパットの頭を押さえながら叫び続けた。

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