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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第5章 狼人族
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10 再会

「それで。今度は何があったんだ」


 またもキールさんが机の上を指でトントンやりながら顎ひじを突いてこちらを睨む。

 そんなこと言ったって。


「俺はなんもしてないぞ」


 黒猫君が椅子の上でぶすっと答えた。

 そう、椅子の上。ちゃんと座ってる。そりゃそうだ、人型になっちゃったんだから。

 今日はキールさんが前回用意してくれていたお揃いの見習い兵士の制服を着てる。私と違って背丈もあるからピッタリみたいだ。


「私だって何にもしてないよ」

「嘘つけ。お前が何もしないで何で俺が人間になってんだよ」

「そ、それは……」


 私達のやり取りを見て居たキールさんがはぁーっとため息を一つついて割って入った。


「ああ、もうどうでもいい。ネロ、お前はもう人間のままでいられるのか?」

「だから俺に聞くな。こいつに聞いてくれ」


 そう言って親指で私を指し示す。


「私だって知らないよ」


 泣きたい気分で二人を見返した。


「キーロン殿下、そろそろ時間がありませんが。ネロ君をお借りしてもいいですか?」


 横に居たテリースさんが恐る恐る声を掛けた。


「ああ、農村だろ、俺も同行する」

「え? なんで?」


 私の言葉にキールさんがチロっと黒猫君を見て私に言葉を返す。


「ネロが考えた新しい道具とやらは見逃せない。俺も行ってみてくる」

「じゃあ私は……」

「お前はおとなしく待ってろ」


 私が行きたいと言う前に黒猫君に釘を刺されてしまった。

 うー、私も見て見たかったのに。


「そんなにがっかりされなくても今日は試運転だけだそうですよ。どの道刈り入れが始まったらあゆみさんもお手伝い願う事になると思いますし」


 テリースさんが優しく取りなしてくれる。


「そうですね。分かりました」

「ああ、あゆみ、わら半紙が出来てきてるぞ。後で届けさせるから台帳の方を始めてくれ」

「分かりました。大人しく一人で台帳作って待ってます」


 私の返事に不満が漏れていたのだろう、キールさんが苦笑いしながら返してくれる。


「安心しろ、半日もすれば戻る。そうすりゃネロが手伝うだろうよ」


 そう言ってみんな出て行ってしまったので仕方なくパット君の待っている自分の執務室に戻る。


「パット君、わら半紙今日届くって」

「そ、そうですか。分かりました」


 部屋に入りながらそう言うと、何故かパット君の様子がいつもと違う。俯き加減で何かちょっと顔色が悪い気がする。


「パット君どうしたの? 何かあった?」


 私の問いかけに、ビクンと一瞬肩を飛び上がらせて、でも「何でも無いです」と言って仕事を続けてる。どうしちゃったんだろう?

 5分としないうちに誰かがドアをノックした。


「はい、どうぞ」


 私の答えに扉が開き、一人の兵士さんが顔を出す。


「すいませんがちょっといいですか?」

「はい、なにか?」


 この兵士さんは私はあまりしらないのだが、パット君は知っていた様でバッと顔を上げて答えた。

 

「ああ、確かタッカーさんに付き添ってくださっていた方ですよね。丁度良かった」


 何がちょうど良かったんだろう?

 そう思っていると兵士さんが続ける。


「ダンカンです。実はそのタッカーから手紙を預かってきたんですが。見ていただけますでしょうか?」


 そう言って差し出された封筒は、何故かちょっと重かった。封を開けて手紙を引き出して読み上げる。


『ランド・スチュワード あゆみ様&ネロ様


 突然のお手紙を差し上げます事どうぞお許しください。当方の個人的な事情により正式な施政官としての任命を頂きましたにも関わらず長期に渡り無断で欠勤を続けております事非常に心苦しく思っております。皆様には大変ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。つきましてはせめてものお詫びに少額なれど小金を同封させて頂きました。違約金代わりにお納めいただければ幸いです。

 後日改めまして今後の私の処分についてお伺いに参りますが、生憎まだしばらくはこのまま出勤する事かないません。


 何卒ご理解ご了承いただけますよう宜しくお願いいたします。


 タッカー』


 何だか凄く丁寧なお手紙だ。しかも文面通りジャラジャラと結構沢山の銅貨が入っている。

 私が読み終わった手紙をパット君にも見せてあげるとパット君の顔色がどんどん悪くなっていく。

 パット君どうしちゃったんだろう?

 私たちが読み終わるのを待って、ダンカンさんがおずおずと話し始めた。


「あのぉ、実は、お話しておきたかったんですが。タッカーの奴、嫁さんの病状がかなり悪いんですよ」

「ええ!? そうなんですか?」


 驚いて声を上げるとダンカンさんがちょっと困った顔で言葉を続けた。


「タッカーからずっと口止めされてたんですが。こちらの皆様にご心配頂くのは余りに申し訳ないって」


 途端、パット君が立ち上がって私に向き直った。


「あ、あゆみさん、僕、ちょっと出てきてもいいですか?」


 私の顔を見ながらパット君がちょっと泣きそうな顔で話し始めた。


「この前のタッカーさんの件なんですが、やっぱり僕の勘違いだったみたいなんです」


 そう言ってパット君が少し俯く。


「実はあの後タッカーさんが担当されていた卸業者を回ってみたんです。どちらに聞いてもタッカーさんから特に袖の下の催促などされていなかったそうです。普通に取引して、偶々かみ合った値段だったそうで」

「え、それじゃあ、本当にタッカーさんは仕事に来れなかっただけって事?」

「そうだと思います。だからこんなお金とても受け取れないんです」


 パット君が封筒に入っている銅貨を見つめながら泣きそうな顔で呟いた。

 うーん、私も一緒に行って様子見てきた方が良さそうな気がする。


「ダンカンさん、タッカーさんのお宅の場所なんて知ってたりしますか?」


 お手紙を預かってきたくらいだから何かしら知ってるんじゃないかとダンカンさんをふりかえる。


「ああ、はい、知ってます。実は僕は兵士になって日が浅いんですよ。以前はタッカーと一緒に同じ商店に勤めてたんです。でも生憎この不景気で店が潰れてしまいまして。まあ、僕は体力に自信があったんですぐ兵士の空きに滑り込んだんですが」


 そこで小さくため息をつく。


「タッカーの奴、こちらに就職出来て本当に喜んでたんですけどね。こんな時に限って……」

「じゃあせめてタッカーさんの所へ行って今後の事を話し合いしましょう」


 多分台帳仕事が始まれば在宅で出来る仕事も出来てくるだろうし。タッカーさん次第でいくらでも仕事はお願いできると思う。

 そんな事を考えながらダンカンさんを見れば目に涙を溜めて喜んでいる。


「あ、ありがとうございます。よかったぁ。タッカーの奴喜ぶぞ」

「でも僕、勝手に行っていいんでしょうか?」


 パット君がちょっと心配そうにこちらを伺う。


「確かにパット君一人じゃ駄目かな」


 私はちょっとお姉さんぶって返事をした。


「でも私が一緒だから大丈夫。ダンカンさんも付いて来てくれるんだし」


 ニッコリと人懐っこく笑った少し太めのダンカンさんに私はほっとして案内兼護衛をお願いした。



 * * * * *



「ああここですよ」


 そこは城門から見て右の端になる一角にあった。幾つもの掘立小屋が立ち並ぶ街の裏庭の様な場所だった。まるで迷路の様に入り組んだ小さな路地をいくつも抜けていくと赤いカーテンの様な布が掛かった一つの小屋の前でダンカンさんが立ち止まった。

 正直私はちょっとビビってしまっていた。今まで見ていたタッカーさんの身なりからまさかこんな所に住んでいるとは思っても見なかった。

 道はぬかるんでいて私の杖では歩きにくかったし、道には何か下水道の様な匂いが充満していた。どこもかしこも掘立小屋の様な家がお互いに寄りかかりあう様にして立ち並んでいる。足元に気を付けて歩く私のすぐ横をパット君が付き添うように歩いているが、彼の顔色もあまりよくない。

 ダンカンさんが指し示した家もそんな特に目立たない掘立小屋の一つだった。


「おいタッカー、ダンカンだ、入るぞ」


 勝手知ったる様子でカーテンを捲って中に入っていくダンカンさんに付き添って私達も中に入る。部屋の中はちょっとむんっとして空気が濁っていたい。天井の低いその小屋の中は思っていたほど汚くない。と言うか汚くなるほど物がない。


「あゆみさんとパットを連れて来たぞ」


 勝手に入っちゃって大丈夫だったのかとちょっと心配になったけどカーテンの直ぐ中にはタッカーさんが立っていた。今正にどこかから帰ってきた所だったらしい。

 ダンカンさんの声にタッカーさんがこちらを振り返った。


「ああ、あゆみさん、パットさん、こんなところまでわざわざご足労頂いて申し訳ありません!」


 そう言って本当にすまなそうに何度も頭を下げる。


「タッカーさん奥様がご病気だってお聞きしたんですけど、大丈夫でしたか」


 私は余りに恐縮しまくるタッカーさんに居たたまれなくなって声を掛けた。


「本当に申し訳ございません。実は家内の身体の調子が悪くて家を空けられなかったんです。パットさんにもお話しておけばよかったんですが、突然の事で……。さっきもこの通り薬を頂いてきた所なんです」

「そんな……じゃあどうしてテリースさんにいって薬をお願いしなかったんですか?」


 私の問いにちょっと辛そうな笑顔でタッカーさんが答えてくれる。


「……治療院の薬では多分効かないからです」

「?」

「私の妻はもう末期の内臓疾患なのです。この薬も強力な痛み止めで」


 うわ、それは余りに申し訳ない事を言わせてしまった。


「す、すみません、私てっきり……」

「いえ、僕の方が悪いんです。きちんとご連絡できませんでしたし」


 そう言ってタッカーさんはその細い目を余計細めて申し訳なさそうに俯いた。


「あ、あの、何かお手伝いできる事はありますか?」

「いえ、もうそれ程長くはないと思いますから」


 そう言いつつ手元の薬に目をやる。疲れた顔で少し首を振りながらそれでも私に向き直って言葉を続けた。


「ああ、そうですね。もしよろしければ一度そのお姿を見せて彼女に貴方の様に体に問題を抱えていても強く生きていらっしゃる方がいる事を示していただければきっと彼女の心の支えになるでしょう」


 そう言ってタッカーさんが奥に案内してくれる。

 私達が今いるのは土間の一部屋で多分キッチンダイニングと言ったところなのかな?土で出来た竈の様な物と水瓶があって、長椅子と木箱が置かれている。竈の横に木の椀の様な物が木のスプーンと共に置かれていた。かなり質素な生活してるみたい。

 そのまま扉のないドアを抜けると奥には床からほんの一段高くなっただけの所に薄い布団を掛けた女性が横たわっていた。顔色は非常に悪く、やせ細って開かれた目にも生気が感じられない。


「妻です」


 そう言いながらタッカーさんがすぐ近くに置いてあった木箱をそのすぐ横に持ってきて座れるようにしてくれる。パット君はどうやら隣の部屋で待っててくれてるみたいだ。


「リゼル、こちらがあゆみさん。話しただろう、片足を無くされていても頑張って働いてらっしゃる」


 リゼルと呼ばれた女性は力なく首をこちらに傾けたがそれ以上の反応は無かった。


「こ、こんにちは。あゆみです」


 それ以上何も言葉が出てこない。


「あゆみさん、ちょっと待ってください。せめてお茶をお出ししますから」

「ああ、どうぞお構いなく……」


 私が止める間もなくタッカーさんが土間に歩いて行ってしまった。仕方なく私は目の前のリゼルさんに向き合った。


「あの、大丈夫ですか?何か飲めるものでも持ってきましょうか?」


 ついそう言葉を掛けた私をじっと見ていたリゼルさんが、その細い腕をひゅっと伸ばして私の腕をつかんだ。


「にげ……て……」

「え?」


 逃げるって……?


「ああ、まだ喋れましたか。これは失敗ですね」


 振り返るとさっきの木の器を片手に持ったタッカーさんが少し困った顔で私を見下ろしていた。


「仕方ありません」


 そう言ったが早いか素早い身のこなしで私の上半身を片腕で拘束して私の口に木の器を押し当てた。私が抗おうと身体を捩るとその見かけによらない力で私の手首を捻り上げながらつぶやく。


「すみませんがどうか大人しくこれを飲んでください。これは眠らせるだけの薬です。どうしても貴方を連れて行かないとならないんです。飲み下して下さらないのなら首を絞めて気絶していただきますがあまりやった事がありませんから上手く殺さないで出来るか分かりません」


 とんでもなく物騒な事を平気で言いながら細かった目を少し開くと中から厳しい眼光が漏れた。

 私は慌てて入り口の方に居るパット君を呼ぼうとして目を向ければ丁度パット君がダンカンさんに担ぎ上げられている所だった。

 私がとっさの事でどうしていいか分からないでいるとため息を突いて木の器を横に置いたタッカーさんがその手を私の首筋に掛ける。


「何てこずってるんだ?」


 後ろからダンカンさんの声が響いてきた。さっきとは違うやけに乱暴なその声にビクンと身体が跳ね上がる。


「仕方ありません。上手くできるといいんですが」


 いつまで経っても返事をしない私に諦めたようにタッカーさんが私の首に回した手に力を込めてくる。


「ま、まって、待ってください、飲みます。飲むから」


 私は慌てて言葉を返した。こんな危ない賭けで首を絞められるよりはましだ。


「そうですか。ではどうぞ」


 明らかにホッとした表情で木の器を突き出した。中に入っていたのはちょっと青臭い匂いのするお茶の様な飲み物だった。


「直ぐに眠くなります。それまでこのままで……」


 私はタッカーさんの言葉を最後まで聞く事もなく眠りに落ちた。


挿絵(By みてみん)

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