2 対策方針
「あいつらは5年くらい前から出没し始めた。最初は街道を旅する奴らが見かける程度で、数もかなり限られていた。数が増えだしたのは三年前からだ。森のどこかに巣があるのだろうと考えている。倒しても倒してもまた増えてくる」
やっと気を取り直してボツボツと説明を始めてくれたキールさんは、そこで一つ小さなため息をついて続けた。
「多分あの日お前らが倒したのが頭だ。だが、あいつらの回復力は人間とは比べ物にならない。ネロの話からすると、下手をしたらもう復帰して戦線に戻っている可能性もある」
「そ、そんな、私間違いなく上半身のどこかを深く刺しちゃったんですよ?」
あの時の手ごたえがまだ手に残ってる。
「まあ、お前はとどめは刺さなかったからな」
確かにもうひと刺しは出来なかったけど。でもあれでも充分酷いことになったと思ってたのに。
「全体数は分からないが、今まで襲われた人間の数を考えてもそれ程の大群ということはないはずだ。でなければとうに飢えてここを襲っているだろう」
黒猫君は小さく息をついて、キールさんの目をじっと見つめながら繰り返した。
「それで、なぜあいつらがこの辺りをうろつくようになったのかは分かっているのか?」
「いや……」
「元々この辺りにいた種族ではないんだろう? なぜ疑問に思わない?」
「……敵の事情など知らない」
「最初から敵として対処した訳だ」
黒猫君の声に少し皮肉が混じったのをキールさんは聞き逃さず、きつい目で黒猫君を見下ろす。
「他に何がある?」
「お前も言っていただろう、最初は見かけるだけだったって」
「だが襲ってきた」
「最初に襲ったのがどっちだったかは、もう分からないがな」
黒猫君を見つめるキールさんの瞳が目に見えて怒気をはらむ。
「お前は俺たちが先にあいつらを襲ったとでも言うのか? ここは人間の街だぞ」
「必ずしも手を出したのがお前らとは限らない。軍以外の奴かもしれないし、他の街の奴かもしれない」
そう言って一度言葉を区切って黒猫君が私を見た。
「俺たちを襲った男は『食われるのと売られるのとペットになるのどれがいい』とあゆみに聞いた。それは少なくとも最低限、皮肉が言えるだけの知能のある奴の言葉だ。問答無用に俺たちを切り捨てたわけでもなければ、食いついてきたわけでもない。あの状況で選択肢を与えたんだ」
「…………」
キールさんはまだ目に怒りをたたえたまま、だけど口を開かなかった。
「俺が言いたいのは、たとえ相手が人間でないにしても交渉が可能な相手だと思うってことだ」
「今更だ」
吐き捨てるようにキールさんが答えるのを、黒猫君が追いかぶせるように問う。
「今までに試したことがあるのか?」
「そんな馬鹿なこと考える奴はいない」
「テリースお前はどう思う?」
切って捨てたキールさんを横目に、なぜかテリースさんに意見を求める。
突然尋ねられたテリースさんが一瞬目を見開き、でも直ぐに真剣な表情で答えた。
「……難しいと思います。すでにお互い沢山の血を流しました。簡単に矛を収められる状態ではないでしょう」
そこで一旦言葉を切って、少し不安そうにキールさんを横目で見ながら続けた。
「でも、それでも。もしそこに可能性があるとネロ君が考えるならぜひ試すべきだと思います。狼人族は……決して野蛮な種族ではありません」
「テリースあんた知ってたんだろ、あいつらの事」
「……はい」
テリースさんの消え入りそうな肯定の言葉にキールさんが気色ばんだ。
「はぁ!? どういうことだテリース! お前なぜ今まで何も言わなかった!?」
声を荒げたキールさんを冷たい目で見据え、テリースさんの代わりに黒猫君が答える。
「あんたが最初に戦うって決めちまったからだろが」
よっぽど思いがけない答えだったのか、キールさんは表情の抜け落ちた顔でテリースさんに尋ねた。
「……そうなのか?」
キールさんの問いに、テリースさんが少し申し訳なさそうな顔で答えた。
「解決策一つ持たない私などが隊長が一度下した判断を曇らせるようなことを言う必要はないでしょう」
まだ言い募ろうとするキールさんに、黒猫君がはぁーっとため息をつく。
「まあ、どの道そんなことは今更だ。実は俺だって今すぐあいつらをどうにかする方法なんて思いつかないんだしな」
そう言って黒猫君はちょっとため息をつく。
「テリース、出来れば俺はやっぱり一度あいつらと話し合ってみたい。狼人族と話し合いができるいい方法はなんかないか?」
黒猫君の言葉にテリースさんがちょっと考え込む。
「彼らは非常にプライドの高い種族です。一度戦いを始めたら決着が着くまで引くことはありません。ただし……」
そこでちょっと考えて先を続ける。
「一度決着さえ付けば、それ以上の争いは望まないでしょう」
「じゃあ、その決着をどうつけるか次第ってことだな?」
「ええ」
黒猫君は小さく頷いて質問を続けた。
「あいつらは何を好む? 何を嫌う? 何を欲しがる?」
「彼らは……素朴な生活を好みます。基本的には森に住み、群れで行動して同じ場所に定住します。匂いに弱いので森の穢れは非常に嫌います。栄誉を尊び、そのための死ならば喜んで受け入れます」
テリースさんのちょっと夢見るような不思議な言葉に黒猫君と私はちょっと顔を見合わせた。
「……なんかちょっと侍みたいだな」
「あ、それ私も思った! だってあの時彼らが使ってたのって日本刀みたいじゃなかった?」
「そう言えば。まあ長さからして脇差とかその辺りみたいだったが」
思い起こせば鎧もなんかここら辺の物とは違ってた。
「だったらいっそ一対一の決闘を申し込んだらどうだ?」
「決闘ですか? それはいいですね」
テリースさんが相槌を打った。
「彼らの習慣の中には舞や剣術を神聖視する部分があります。いっそ神聖なる剣舞の曲でも流せばきっと誘い出されて来てくれるでしょう」
「ただその場合、少なくとも一人は本気であいつらとやりあわない訳にはいかない」
一瞬全員口を噤んだ。
「俺が出る」
「キーロン殿下! おやめください」
はっきりと断言したキールさんにテリースさんが食って掛かった。それを宥めるようにキールさんが冷めた目でテリースさんを見る。
「テリース、ちょっとは冷静になって考えろ。この辺境で一番強いのは誰だ?」
「そ、それは……」
「出し惜しみしても仕方ない。こんな所で頓挫するなら頓挫する運命だったってことだ。それに正念場はやはり自分の手で片を付けたほうがすっきりする」
「なんとも勇ましい。とても統治者の言葉とは思えないがな」
黒猫君がすかさず嫌味を言う。
それに応えるようにニッと片方の口の端を上げてキールさんが答えた。
「この立場だからこそ、とも言うんだがな」
「あの、そういうことでしたら私、自分の笛が欲しいのですが」
テリースさんが黒猫君たちに割って入った。でも誰もテリースさんをの言葉の意味を理解できない。
「おい、テリース何を言ってんだ?」
「戦いの曲です。ほら先ほど言いましたよね、神聖な決闘の曲を流すって。それが戦いの曲です。それを奏でるにはどうしても楽器が、私の笛が必要なんです」
「だが、テリース、お前自分の楽器は全て売っぱらっちまったって言ってなかったか?」
「ええ、ですからキーロン殿下、私の笛を買い戻してくださいませ」
そう言ってコクリと頷いたテリースさんは、悪びれない笑顔でニッコリ笑った。




