1 対策会議
「……それで、なんでお前はまた猫に戻ってるんだ」
朝一番。キールさんの執務室に黒猫君と二人で出向くとキールさんが私たちの姿を見て、机の上を指でトントンと叩きながら詰問口調で尋ねてきた。
「答えられるもんなら俺のほうが答えてほしい」
はぁ、っと小さなため息とともに黒猫君が呻いた。机の上で。
そう。黒猫君が黒猫君に戻っちゃった。
朝目が覚めたら、私のベッドに黒猫君がいた。
私の顔のすぐ横で丸くなってた。
目を開けて焦点が合って、え!っと思ったら肉球の手を上げて「ヨッ」と挨拶されてしまった。
それから何度も質問したんだけど「知らね」しか返事が返ってこない。
「それより狼人族のことを話し合いたいんだが」
黒猫君が持ち出した話題にキールさんが片眉を上げた。
「もういいのか? なんかもう少し考えたいとか言ってなかったか?」
「今朝ずっと考えてたんだが、どう考えてもあいつらを避けて通れないのは間違いないんだ。だから俺としては情報だけは開示して、あとはあんたに一緒に考えてもらいたい」
そう言って黒猫君は部屋の外の兵士に目をやる。
それに気づいたキールさんが私たちの執務室に移ると言い出した。
「あゆみさん、ネロさん、おはようございます」
自分たちの執務室に入ると、パット君がもうそこで机を整えてた。
机の上には私と黒猫君の分のお茶まで入ってる。
黒猫君を見たパット君がハッとして、「見てはいけないものを見た」とでもいうように顔を歪ませてから黒猫君の分のお茶を持って席を立つ。
「今お茶を煎れなおしてきますね」
そう言って出ていくパット君の後姿を黒猫君が「ああ、そのままでいいんだが……」と呟きながら見送ってた。
「それで何を話してくれるんだ」
パット君が再度煎れてきてくれたお茶をキールさんが手に持ちながら聞いてきた。
今朝兵舎で引継ぎを終わらせてきたテリースさんも一緒に座ってる。
因みにパット君、黒猫君にはちゃんと深皿にお茶を移して持ってきてくれた。
それを見た黒猫君が「またかよ」と呟きながらそれでもチロチロと舐め始めた。
「あれ、あゆみさん、今日凄くご機嫌じゃありませんか?」
「え?」
「だってさっきからとてもニコニコしてらっしゃいますよ?」
突然、私の顔を見たテリースさんに指摘されて驚いてしまう。
あれ? ほんとだ。どうも私は今日ちょっと浮かれてる気がする。なんでだろう?
そんな私たちのやり取りはスッパリ無視して黒猫君がキールさんに答えた。
「まず先に俺たちのいた世界について掻い摘んで説明してみる」
そう言って黒猫君は本当にすっ飛ばしまくりの説明を始めた。
「まず、仮に俺たちがいた世界を『あっち』と呼ぶ。そして今いるここを『こっち』と呼ぶことにする。『あっち』と『こっち』はあまりに離れすぎてて普通行き来は出来ないんだと思う」
この時点でパット君の目が点になった。
「俺たちは『あっち』で乗り物の事故に巻き込まれたらしい。どうも事故直後の乗り物の一部が『こっち』に飛ばされたみたいだが、それがどうして起きたのかは謎だ。あんたらが見た鉄の破片ってのが俺たちの乗ってた乗り物の残骸だ。あんたらには想像できないかもしれないが、そんな鉄で出来た乗り物が馬より早く走る世界だった」
今度はテリースさんの目が点になった。
「『こっち』に幾つもの国があるように『あっち』にも沢山の国があった。あゆみと俺はその中では結構ましな所の出だ。俺は旅して回ったのでまあ『こっち』と似たような所も見てきたがな」
キールさんの表情が微かに揺れた。
「あゆみも俺も、生まれてこの方一度も戦争に参加したことはない。俺たちが住んでいたのは退屈だが平和な国だった」
そこでちょっと言葉を切って続ける。
「ただ、俺の場合、一緒に旅していた仲間には元軍人も結構いた」
え? そうなの?
今度は私の目が点になった。
「だから本当に余計な知識も幾つか覚えちまった。だが使ったことはない」
そこで黒猫君は小さくため息をつき、言葉を続けた。
「喧嘩とか戦争ってさ、お互いのレベルがある程度バランスしていればキツくなる前に辞められるんだけどさ。下手に片方がちょっとばかり力を付けると手加減も効かなくてやりすぎちまうんだよ。って分かるか?」
突然振られたキールさんが、だけど顔をしかめながら頷いた。
「ああ、なんとなく分かる」
「だから俺たちのいた世界では、戦力ってのは概ねお互いにバランスさせることが目的で、実際の戦闘より抑止力に使われてた。俺のいらない知識には『こっち』にはない力を出せるものがある。だけど、だからこそ俺たちにどんな知識があったとしても、それは使わないに越したことのない知識だって俺は思う」
キールさんは黒猫君の言葉に静かに耳を傾けてた。
「そんなわけで、俺としては敵の殲滅を図るのではなく、根本的な問題の解決を目指した方がいいと思う」
「……根本的な解決ってのはどういう意味だ?」
キールさんが無表情のまま黒猫君に聞き返す。
「あんたら、狼人族がなぜこの街の周りに集まったかを知っているのか? どれくらい居る? いつからだ? なぜここを今まで襲わなかった?」
黒猫君のたて続けの質問に、キールさんの顔がちょっと強張った。




