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15 去りし者

 それからしばらく黒猫君が持ち出してきた『収穫に使える道具』の解説を紙に書き留めてく。一部は図で説明。


「お前こういう図面描くの上手いな」

「……ほっといて」


 それを持ってキールさんに談判しに行くと、私の書いた図面を見てぼそりとキールさんが呟いた。


「……これは鍛冶師と木工師が必要だな」

「ああ、鍛冶師ならピートルさんがそうだって言ってましたよ」

「ああ、確かに。ついでにアリームさんは木工師です」


 戻ってきていたテリースさんが相槌を打つと、すかさず黒猫君が突っ込む。


「二人して手が命の仕事してるクセに腕怪我してたのかよ」

「あのお二人は一緒に怪我したんですよ。何か無茶な発明をお二人で試されたそうで」

「……大丈夫なのか? そんなやつらに頼んで」

「お二人の工房はどちらも非常に評判が高いんですよ。ただ、お二人ともまだ治療が終わっていませんから今すぐご自分たちで作業をされるのは無理でしょうけどね」


 あ、そうか。そうじゃなきゃもうここ残ってるはずないもんね。


「じゃあ、今日の夕食の時にでも話をしてみよう」

「あゆみさん、ネロさん、こちらにいらしたんですか」


 キールさんが話をまとめたところでパット君が部屋に入ってきた。


「ああ、ちょっとキールと相談があってな」

「ちょっと……問題が起きてるんですが……どうしましょう?」


 パット君がここで話していいのか迷ってる顔で私たちを見回す。それを見て黒猫君が頷いて先を促した。


「実はタッカーさんなんですが」

「あいつがどうしたんだ?」

「居なくなっちゃったんです」

「はぁ?」


 途端黒猫君とキールさんの空気が変わった。


「何かなくなったものはあるのか?」

「いえ、ただタッカーさんの取引だけやけに適正価格が高かったんです」

「やられたか」

「……仕方あるまい」

「え? どうしたの?」


 また私一人が分かってないみたいだ。


「タッカーの奴、多分今日取引した連中の全部かどれかから袖の下を取ってたんだろう」

「ああ。動いてる物資も金も大きかったからな」

「特にタッカーさんは昨日の経験がありましたから、大きい取引を一番受け持ってらっしゃったんです」


 パット君がすまなそうに顔を俯かせた。


「パット、言っておくがお前に責任はないからな」


 パット君がハッと顔を上げ、黒猫君を見つめた。


「これくらいのリスクはまあ考えてたさ。ただ、時期が変だよな。俺なら昨日の時点で消えるかもう少し残るぞ」

「それなんですが。……僕のせいかもしれません」


 パット君がより一層すまなそうな顔で答えた。


「皆さんの取引を見るついでに、適正価格の張り出し表を統一しようって進言したんです。すでに3部屋の窓口で同じような取引を別々に行った人が文句を言っていたのが漏れ聞こえたので。それで昨日の取引の紙も引っ張ってきて価格表を作って、それを今日の取引と比較して回ったんですけど、やけにタッカーさんの取り扱った物品だけ税率も低いし適正価格も高めだし。それでタッカーさんに明日取引を行った卸の方を呼び出して調整しましょうとお話したんです」

「ああ、それで自分のやってたことがばれたと思ったか。さもなきゃ卸の奴に突き出されると思って逃げたのか」

「じゃあこれはパットのお手柄だな」

「え?」

「そうだろう。お前が今日気づかなければこれが続いてたわけだからな。ま、給料替わりに袖の下持ってかれたと思えば大したことじゃないさ」


 そう言って黒猫君がポンっとパット君の背中を叩く。ついでに尻尾がお尻のお当たりを叩いてた。

 いいな、シッポ。


「それじゃあ、残りの二人を呼んで給料の話でもしておくか。パットお前も残れ」

「おい、俺とあゆみは?」

「お前らの必要なものは全部経費だ。今給料もらっても意味ないだろ」

「……ナンシーに出られたらちゃんとしろよ」

「分かってる」


 あんなこと言ってるけど、多分黒猫君はキールさんのお財布事情も考えてこれ以上突っ込まないのかもしれない。だから私も口は挟まなかった。

 夕食の席でピートルさんとアリームさんに農機具の話を持ち込むと、二人とも喜んで引き受けてくれた。

 因みに今日のメニューはテリースさんの給料の羊の足一本。今日は一気に人手が増えたので、羊を数頭潰して出荷できたのだそうだ。テリースさんが風魔法を使って羊の解体をほぼ一人で終わらせたので凄く感謝されたらしい。


「テリース、お前本当にハーフ・エルフか? 俺の知ってるエルフって言うのはもっとこう自然に優しくて動物とか殺せなくて……」

「父もちゃんと狩りはやってましたよ。捕まえたら捌かなきゃ意味ないじゃないですか」

「それはそうなんだが……」


 黒猫君の文句の付け所は放っておいて、私もちょっとテリースさんに突っ込みたい。


「テリースさん、何でこの足一本丸々持ってきちゃったんですか。怖くて食べる気がなくなっちゃうじゃないですか。ステーキにしてから持ってきてくださいよ」


 今日はゴタゴタしてて黒猫君が手伝いに行かなかったので、厨房はどうやら兵士の皆さんが担当してくださったらしい。テリースさんのお給料の羊の足は、皮だけ向かれて丸のままローストされてた。それをテーブルの上にどんっと置いて、みんなで好きなだけスライスして食べてる。一緒に出してくれたソースはちょっとミントみたいな匂いがした。

 その、足がね。そのままなのよ。蹄も膝もそのまんま。あまりに生々しくて頂けない。


「そんなの見なけりゃいいだろ。ほら」


 黒猫君がいつの間にかお肉をスライスしてソースまで掛かったお皿を文句言う私の前に置いてくれる。

 でももう見ちゃったんだけどな。羊さんの足。

 なんか今日は記憶から抹消したいことだらけだ。


 食堂は凄い人数になっている。今日でもう20人以上。院長先生のウイスキーがいつの間にかテーブルに乗ってた。何人かの兵士さんたちが大声で笑ってる。私にもだんだん顔見知りの兵士さんが増えて来た。

 食事を終えた頃、その内の一人がみんなにつつき回されながら私の前にやってきた。


「あゆみさん、部屋まで送らせてください」

「え? いえ、私の部屋は一階になりましたからもう大丈夫ですよ」

「いえ、そういうことではなくてですね……」

「あ、こいつは俺が運ぶから大丈夫だ」


 ふっと視界が遮られたと思ったら、いつの間にかふわりと身体が持ち上げられてた。

 見上げると黒猫君が私を持ち上げてる。


「え? 黒猫君、悪いよ。もう自分で歩けるんだから」

「ま、今日くらいはいいだろ」


 そう言ってスタスタと歩き出してしまった。いつの間にか私の杖も腕にぶら下げてる。慌てて黒猫君の腕から伸びあがって、部屋の皆さんにおやすみなさいの挨拶をした。


「…………」


 部屋まで無言で運んでくれた黒猫君は私をベッドにそっとおろして、杖をベッドから手の届くところに置いてくれる。椅子もベッドのすぐ横まで持ってきて、明日の着替えを一揃い置いてくれた。


「おやすみ」

「……おやすみなさい」


 ぶっきらぼうにそれだけ言った黒猫君が二つの部屋の間の扉を開けて、それからちょっとだけこちらを振り返って、そのまま自分の部屋に入っていった。

 私はと言えば。

 しばらくそのままベッドの上で放心した後、ノロノロと服を脱いでベッドに入った。


 どうしよう。眠れそうにない。


 新しい部屋の間取りに戸惑いを感じながら、何度もベッドの上で寝返りを打つ。やっと浅い眠りが訪れたのは、それからかなり時間が経ったあとだった。

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