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8 台帳

「これが昨日の紙ね」


 そう言いながら、ざるに山積みにされてたわら半紙の一枚を黒猫君に見せる。そこにはそれぞれ商売の名前や人の名前と一緒に昨日の買取金額、買い取り量、売上金額、税の支払額、申告してくれた税率なんかがバラバラと書かれている。


「で、さっき台帳も見たんだけど台帳は家族ごとに纏まって書いてあるの。多分、教会にとっては家族の情報が主になってたんだと思うんだけど。これを昨日の紙から全部また書きだして台帳作るのって、凄く大変だと思わない?」

「まあ、そうだな」

「それでね、私としてはいっそ、台帳はこのまま二年前のを元に作り直して、こっちの取引情報はこのままにしようかなって考えてるの」

「あん?」


 今度は黒猫君のほうが『訳が分からない』って顔になる。

 うーん、猫の顔でそれはやっぱり可愛い。


「ちょっと教会の台帳開くね」


 そう言って私はテーブルの上に乗っていたぶ厚い台帳の適当なページを開いて黒猫君に見せた。


「ほら、例えばこのハービーさん。お仕事は煙突掃除。働いている奥さんとお子さんがいるの」

「そうだな」

「でね、ほらここの所。奥さんがこの年に仕事を変えたんだね。仕事の名前が棒線で消されて新しいのが書き込まれてる。で、税金もそこまでとその後を別々に併記してるんだよ。で、こっちの息子さんは酒場で働いてるの。彼の税金は酒場が一緒に払ってるからゼロ」

「ああ。それで?」

「この台帳、このままだと税金の計算するの凄く大変だと思わない? この酒場で働いてる人を一々全部探して足さないと、酒場の申請が正しいかどうか分からないんだよ?」

「……そうなるな」


 黒猫君の返事はなんか歯切れが悪い。大丈夫かな、私の説明が下手?


「でね。私としては台帳は家族情報のみ。要は日本の戸籍みたいにしたいの。うーん、ほんとは一人に付き一枚の紙が一番いいんだけどね。それが無理なら家族で一つ」

「なんで変えるんだ? それが分からん」

「なんでって、そうするとその台帳は今後もうほとんど変えなくて済むようになるの。ずっと。年毎書き直しとかなし」

「…………」


 あ、黒猫君がだんだん無口になってきた。

 これ実はよくあるパターンなのだ。

 私の考えってどうもあまり受けが良くない。人に自分の意見を説明するのに、どうやったら相手が分かってくれるのかが分からないのだ。

 それでも取り合えず最後まで説明することにする。


「それでね、昨日みたいな税金の情報はお仕事ごとにして、その通し番号だけを台帳に入れておくの。そうすると、もしその人が今後仕事を変えても通し番号を変えるだけで済むじゃない」

「……そうなるの、か?」

「そうなの。でね、税金の計算も少しやりやすくなる。だって、商売ごとなら、そこの人の税金は全て同じ税率でいい訳じゃん。商売で一括して払うならその利率、雇われた人が別ならその利率を別に書けばいいし。しかもその会社の純利とか、税金の支払い状況なんかも一緒に書き残せるでしょ。で、それを業種ごとにまとめておけば、その人たちの税率を変える時も楽」

「……悪い、全部は分かんねぇけど、要は変更すると、あとでする仕事が減らせるってことだよな?」


 私の頭の中では凄く理路整然としている説明も、人に話してみるとまるで迷路のように分からない話に聞こえる。

 黒猫君はそれでもなんとか私の拙い説明を理解しようと努力してくれてる。


「うん、大体そういうこと。で、ついでに、その番号を持たないで商売している人や税金の申請をちゃんとしてない人もある程度取り締まったり出来るんじゃないかな」

「あ、それは良いな」

「ほんとは台帳の人の部分も一人一枚が理想的なんだよね。だって結婚したり離婚したり、また子供が生まれたりってするわけじゃない。この革の冊子は丈夫そうでいいけど、私としてはもう少しコンパクトなほうがありがたいし」

「……ちょっとキール呼んでくるわ。あいつにも聞いてもらったほうがいい話だと思うぞ、これ」


 そう言って黒猫君が部屋を出てった。

 しばらくしてキールさんが黒猫君と一緒に部屋に入ってくる。


「テリースがそろそろ帰ってくるからこのままここで会議になりそうだな」


 本棚で狭くなった部屋を見回して、外の兵士さんに別の部屋からもっと椅子を持ってこいと注文してる。


「それでネロからあゆみが台帳のまとめ方で話があるって聞いてきたんだが」

「そうなんです、あのですね……」


 部屋にあった椅子に腰掛けたキールさんに、黒猫君にしたのと同じ説明を繰り返す。

 なんかここ数日でキールさん、お偉いさんの態度が様になっちゃってちょっと話しにくい。

 しかも話しているうちに段々厳しくなるキールさんの横顔に、もしかして台帳ってえらく大切なものでこの本でないと駄目とかあったのかなぁ、などと頭の片隅で考え出してた頃。

 キールさんがほぅっと大きなため息を付いた。


「それはかなり助かるな」


 ボロリっといった感じでキールさんが呟いた。


「いや実は、紙はここではかなり貴重なんだ。わら半紙はここでも作れるから割と安く手に入れられるんだが、精製した真っ白い紙は数が限られてる。出来れば有事の医療用に確保しておきたかったんだ。この二年前の台帳の冊子は多分国が教会に支給した物だろう。こんな上等な紙の冊子はどの道、今ここで手に入れるのは無理だ。かと言って税金に関わる紙を早々疎かにもできない」


 困ったように苦笑いをこぼす。


「まあ、最終的には他の街と行き来さえ出来るようになれば中央に交渉もできるんだが。今あゆみが説明してくれた方法ならば、本当になくして困る大きな商会の情報だけをちゃんとした紙に起こして、後はこのままでもいいわけだ」


 そう言って小さく笑みを返してきた。

 ああ、キールさんにはなんとか伝わったらしい。ホッとして続きの話を持ち掛けてみる。


「そうですね。昨日使ったわら半紙は結構厚みがありますし、保存さえちゃんと出来ればしばらくはこれで持ちますよ。あ、それでお願いがあるんですけど。どなたか器用な方にこの紙の山を纏める為の道具を作って欲しいんですけど」

「バインダーみたいな物か?」


 そう言って眉根を寄せた黒猫君に答える。


「もちろんそれが一番いいんだけどね。いっそ木箱でもなんとかなるかなって。文鎮みたいのを中に一緒に入れて」


 私の妥協案に黒猫君が頷いて、キールさんが早速兵士さんの一人に聞いてくれる。


「おや皆さん、もうお集まりですか。キーロン殿下、今戻りました」


 そこに農場帰りでちょっと日焼けしてしまったテリースさんが入ってきた。今日も手にいっぱいの給料をぶら下げてご機嫌の笑顔だ。


 うん、もうどうやってもエルフの血統には見えないよ、テリースさん。

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お読みいただきありがとうございました。
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