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5 キールの執務室

 朝起きると黒猫君が私の上で寝てた。昨日はちゃんと帰ってきたらしい。どうやったのかドアもきちんと閉まってる。

 鎧戸の間からは揺れることのない温かい光が差し込んでるので、今朝は夜明けあとまで眠れたみたいだ。


 ここに来て初めての寝坊!

 ベッドの上で伸びをすると、私のお腹の上の黒猫君がごろりと横に落ちた。


「ふぇ、え、あ? んー、起こすなよ」

「なに言ってんの黒猫君。君、毎日私のこと起こしてたじゃん」


 私の言葉などお構いなしに黒猫君はそのまままた仰向けで眠りにつこうとする。

 ま、いっか。今日はまだ誰も起こしに来ないし。

 私は寝てる黒猫君の顔をまじまじと観察してしまう。


 おっきくなった、よね? だってさっき私のお腹の上を左右に垂れさがってたもん。


 えっと前家で飼っていた柴犬がこれくらいの大きさだったから……黒猫君、もう猫じゃないよ。柴犬より大きい猫って何?

 でも大きくなっても顔も尻尾も身体も普通の猫のまま。トラとか豹になるってわけでもないみたい。

 寝ぼけてる黒猫くんのお腹をなんとなく撫でてあげる。

 あ、黒猫君、しっかりオスだった。

 ……ま、いっか。

 なんか申し訳なくて布団を掛けました。


 黒猫君の事は放っておいて。

 まずはちょっと立ち上がって鎧戸までケンケンで行ってみる。片足で立つのにも少しは慣れて、短い距離なら片足でもなんとかなるようになってきた。かといって、窓にぶつかって落下とか絶対嫌だから、窓の横の壁を目指す。

 壁まで行ってそこから鎧戸の歯の間を覗くと、裏庭には昨日みたいな人だかりはなかった。

 まずは一安心。

 でも今日も台帳仕事があるって言われてるんだよね。


 一旦ベッドの所まで戻って杖を拾い、昨日椅子に引っ掛けておいた服を拾って着替える。

 あ、昨日置きっぱなしにした服がまた綺麗になって棚に入ってる。今日こそはテリースさんに紹介してもらってお礼を言わなくちゃ。

 そんなこと考えながら、杖を使ってなるべく静かに部屋を出た。




「あゆみさん、目が覚めたんですか?」


 部屋を出て廊下を半分ほど行ったところで、別の部屋から出て来たアルディさんと行きあった。


「おはようございますアルディさん。今、いくつの鐘のあとですか?」

「さっき7の鐘が鳴ったばかりですよ。昨日は夜中まで大変だったからお二人は起こさないように、とキーロン殿下に言いつかってたんです」

「そうだったんですか。お陰様でしっかり休めました。他の皆様は?」

「キーロン殿下は下で診療室を執務室に作り変えています。パット君が起きてきていて一緒に手伝ってましたよ。タッカーさんたちはまだ見かけてませんね」

「ありがとうございます、では下に行ってみますね」

「ああ、僕がお連れしましょう」

「いえ、結構です、自分で行けますから」


 アルディさんの親切はお断りして、私は独り階段へ向かった。

 階段の所まで来ると、下から沢山の人の声が聞こえはじめた。


「それはこっちに入れておけ。パット、あの書類はこっちの戸棚に。アルディはまだか?」


 主にキールさんが人を使って動かしてるみたいだ。転げ落ちないようにゆっくりと階段を下りて声のほうへ向かう。声は玄関に一番近い診療室の開けっ放しの扉から聞こえてくるみたいだ。お邪魔じゃないかとそっと中を覗く。


「キールさん、おはようございます。パット君もおはよう」

「ああ、あゆみもおはよう」

「おはようございます、あゆみさん」

「キールさんはここを執務室にするんですか? あ、そう言えば院長先生はなんか言ってましたか?」

「昨日テリースと一緒に掛け合って許可をもらったよ。こちらからもここの運営に人員と、少しはお金も入れる予定だ」

「ああ、それは治療院もきっと助かりますね。テリースさんはまだ農場ですか?」

「いやそのことなんだが、今日あいつが帰ってきたらまた会議だ」


 キールさんがこぼした『会議』という言葉に敏感に反応してしまう。ちょっと眉をひそめて聞き返した。


「え? 何かあったんですか?」

「何もないからこその会議の予定なんだが。ま、まずはパットに朝のお茶でも淹れてもらっておいで。君の部屋は隣だから」


 キールさんの一言でパッと立ち上がったパット君がサっと厨房に走っていってしまった。

 腰が軽いなぁ、パット君。


「私の部屋ですか?」

「いや、君とネロの部屋だな。スチュワードの執務室だ。今後まだまだ色々やることは増えるからな」

「うう、昨日みたいのはしばらく勘弁してください」


 昨日の怒涛の一日を思い返してつい文句をこぼしてしまった。


「悪いとは思ったが元はと言えばネロの出した案だからなぁ」

「そうでしたね。これからもう少し先を考えてやってもらえるように話しましょう」

「騙されるなあゆみ、俺は『昨日までは時価で取引』なんて案は出してないぞ! それはそいつの考えた案だ」


 突然後ろから声がして、振り返れば黒猫君があくびしながら部屋に入ってくるところだった。


「お前も起きたのか。今日はもう少し寝てても大丈夫だぞ」

「あんただって早くから起きてんだろ、早々一人で寝てらんねぇよ。それに放っとくと何もかも俺のせいにされそうだしな」


 そう言って黒猫君はぴょんっと部屋の真ん中にあった執務机に飛び乗った。そこでふと机に視線を落として首を傾げる。


「これ、お前の隊長室にあった奴じゃないのか? いいのか持ってきちまって」

「心配するな。アルディは机なんか使わないだろう」

「そりゃないですよ、た、殿下」


 新たな声に扉を振りかえると、今度はアルディさんとパット君が一緒にお茶を持ってきてくれた。


「パットのお茶は中々飲めるぞ。テリースの奴とは大違いだな」

「それはテリースさんが節約せざるを得ない生活をしてたからじゃないんですか?」

「まあ、そうかもしれないがな」


 そう言いつつも、悪びれもせずにキールさんは自分の椅子に座ってお茶を飲み始めた。

 勧められるまま、私も部屋に置かれてた椅子に腰かける。黒猫君が私の方に寄ってきて、私の膝を見つめて首を傾げた。


「あゆみ、俺多分そこにはもう座れないよな」


 言われてみれば黒猫君の体長はいつの間にか完全に椅子に入らないサイズになってる。


「……本当だね。キールさん、つかぬ事を伺いますが、黒猫君のこの体って何か特殊な猫だったんですか?」


 どうなっているのかと施術者を振り返れば、キールさんも怪訝そうに黒猫君を見つめていた。


「いや、普通に街で捕まえて来た野良猫だったんだが。猫は本能で狼人族を遠くからでも察知できるから、警報代わりに砦に連れてく予定だったんだ。昨日もなんだか大きくなってきてるとは思ってたが、ネロ、一体それはどうなってるんだ?」

「いや、あんたにそれを言われちまったら俺はどうすりゃいいんだよ。猫がこんなにでかく育つとかこの世界では良くあることなのか?」

「いいや、聞いたこともないぞ。なんだか今更だが、もう猫としては考えられない大きさだな」


 キールさんがしげしげと黒猫君を見返す。そこで思い出したように黒猫君が尋ねた。


「そう言えばキール、あんたピンク色の魔力に覚えはないか?」

「はぁ? ピンクだ?」

「ああ。昨日は時間がなくて話せなかったんだが、一昨日テリースが俺とあゆみの魔力をテストしてくれたんだ。テリース曰く、俺の魔力の色はピンクであいつは今まで見たことも聞いたこともないんだそうだ」

「俺もピンクなんてのは聞いたことがない。何かの見間違いじゃないのか? ちょっと手を貸してみろ」


 キールさんが手を前に出した途端、アルディさんが血相を変えて黒猫君を押さえつけた。


「駄目です、殿下。殿下は王族なんですよ? 普通の人が殿下の魔力でテストなんかされたら意識どころか身体ごとふっ飛んじゃいます」


 へ? そんなに強いの? ってあれ? 一昨日テリースさんも少しふっ飛んでなかったっけ?


「ああ、すまん。考えなしだったな」


 キールさんが苦笑いしながら手を引っ込める。そんなキールさんを疑わしそうに見返しながら黒猫君が口を開いた。


「あー。昨日のテスト中、テリースがあゆみも俺も結構魔力が強いって言ってたぞ。大丈夫なんじゃないのか?」

「テリースは決して魔力が強くないからな。あいつがテストした結果じゃあまり意味ないな。アルディ、どうだ出来るか?」

「僕ですか?」


 突然話を振られて一瞬アルディさんが戸惑った。


「アルディさんも魔法が使えるんですか?」

「ええ、僕は中級2位です」

「え? 中級2位って確かキールさんも中級2位じゃありませんでしたっけ?」

「ああ、それな。それは俺が『キール』として立ち回る為の表向き公表していた魔力階位だ。キーロンとしての俺は現在高位上級だ」


 うわ、凄い上だった。


「だ、だから黒猫君の魂を猫に移したりできたんですね?」

「まあ、そういうことだ」

「じゃ、アルディさん、黒猫君のテストお願いできますか?」

「いいですよ。ではどうぞ」


 そう言ってアルディさんがテーブルに座っている黒猫君に片手を差し出した。

 あれ? ちょっと待って……


「それ、ここでやっていいんですか? 先日テリースさんは庭でやりましたが」

「ああ。それは、稀に初めての時に吹き飛ばされる人がいるので念のためでしょう」

「吹き飛ばされるって……」

「魔力がある程度あるか、逆に全くなければ問題はないんです。が、たまさか本当に微量だけ持っている人がいて、そう言う人に必要以上の魔力を流してしまうと身体ごと反発でふっ飛んでっちゃうんですよ。まあ、テリースが相手ならそんな心配はまずないと思いますけどね」


 話している間にも、差し出されたアルディさんの手に黒猫君が2本の前足をチョンチョンと乗せる。

 すると直ぐに黒猫君の身体が昨日同様、ピンク色に発光しはじめた。


「なんだこれは……。確かにピンク色だがこんな色の魔力、今まで一度も見たことないぞ。これでも隊長の職務の一環で新人の検査には必ず付き合わされるんだ。お陰で結構な数を見てきてるんだが……魔力量はどうだ?」

「マズイです、僕のほうが飛ばされそうです」


 そう言いつつも、アルディさんは黒猫君が手をどけるまでそのまま持ちこたえてた。


「確かに結構ありますねぇ」


 手を離したあとも、ちょっと痺れたといったように手を振りながらアルディさんが感想を述べる。それを聞いているのか聞いていないのか、キールさんが首を傾げる。


「それにしてもピンクか。何が出来るんだ?」

「何ができるって……私達まだ魔力の使い方を教わっていないので分かりません」

「ああ、テストだけで終わってたのか。じゃぁそれはテリースに任せるとして、そろそろ執務室を見に行ってきたらどうだ? 少数だが今日も取引希望者が外に並んでいるぞ」

「うわ、そうですね。じゃあ行ってきます。あ、そう言えばお昼の準備は……?」

「今日からは隊の者がします。黒猫君に説明だけお願いして、あゆみさんは取引と台帳のほうをお願いします」

「わ、分かりました」


 テキパキと説明してくれたアルディさんに慌ててそう答え、私は立ち上がった。


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