3 人だかり
キールさん達が到着して、場は今まで以上に混乱した。熱狂を持って迎えた人たちがいらない動きをするせいで、必要ない荷物が動いたり落ちたりこぼれたり。それを拾う人、怒鳴る人、喧嘩を始める人。
「いい加減にしろ! 喧嘩してんならここは閉めるぞ!」
黒猫君の一喝でちょっとだけ場が静まり、苦笑いのキールさんが道を開けさせて治療院の玄関に向かった。
「ネロさん、ただ今戻りました」
「パットご苦労。お前は入り口にまわってこっちでピートルと代わってくれ」
「あー、しんどかった。助かる」
「いや、ピートル疲れてるとこ悪いんだが、今度はここで引き取った荷物の番をお願いできないか? 座って見てるだけでいいから」
「ああ、それなら構わんぞ」
「黒猫君、私もお茶煎れてきていい?」
「そんな時間あるか! あゆみは諦めて書き続けろ」
「おお、凄いな」
キールさんが入り口をまわって部屋に入ってきた途端、バッと人だかりが押し寄せてきて窓の外が見えなくなった。
「こら! 順番に並んどけ! 本当に閉めるぞこの窓!」
黒猫君の叫び声に、慌ててみんな元の列に戻ってく。
そう言えば、さっきっからタッカーさんが見えないけど大丈夫かな。
「キール、現金は持ってきたか?」
「ああ、一部ウイスキー工房の銅貨に替えてたから結構あるぞ」
「台帳は?」
「アルディが探しに行った。おっつけ持ってくるだろう」
「黒猫君、台帳ってなに?」
「過去に税金を収めてきたやつらの名前が載ってる台帳があるはずなんだそうだ。どうせ教会の奴ら、そんなもんまで持ち出してないだろう」
「まあ、なければ最悪また作り直すがな。ここも人が減ったから兵士を除けば5~600人しかいないだろう」
「ええ?? そんなにいるんですか!?」
「あゆみ、よく考えろ、その全員が別々の仕事持っているわけじゃないからな」
「あ、そうか」
数字の大きさに目を丸くしそうになった私を、慰めるように黒猫君が答えてくれる。
その間にキールさんが寄ってきて、積み上げられた木片の山を私の肩越しに覗き込んだ。
「で、どうだ、どのくらい集まってる?」
「分からねぇ。今んところ物品がここに残らない取引から片付けてるからな。なんせ人手がなかったから引き取っても見張りもいなかった。買掛金ばかり増えててちょっと怖いぞ」
「それは悪かった。まさかここまで早く始まるとは思ってなかった」
「いや、それはこっちも同じだ。取り合えず借金が増えすぎるのも怖いから今年いっぱいまでの税金は差額で支払い可能にしといた。と言っても、税率も分かんねえから今のところ自己申告だよりだけどな」
黒猫君が数字のかき込まれた木片に目をやりながら説明する。
「それでいい。どうせ台帳を作る時点で再度呼び出すことになるだろう。それで雇った奴らはどうした?」
「まだ一人しか来てない。あとパットはもう会ったんだよな? あいつは俺たちの直属の手伝いに雇ったぞ」
「ああ、問題ない。経費はあとで計算して出してくれ」
「昨日の税金の上がりはどうだった?」
「まあまあ、って所だな。俺の持ち込んでいた資産と併せればなんとかしばらくは持つだろう」
「じゃあ、あとは今日のここの上がり次第って所だな」
「ああ。例え今日少しばかり持ち出しが多くても、ここでの取引に慣れれば今後もここで競を続けられるからな」
ああ、これって競みたいなもんだったんだ!
「って言うか、もう勝手に始めてる奴もいるぞ。まあ小さい商売だがな」
「今のうちに唾つけておくか?」
「そうしてくれ。こっちはそこまで手が回らない」
そこにパット君が大きなポットといくつものカップをトレイに乗せて部屋に入ってきた。
「お茶煎れてきましたよ、それで僕は何を始めたらいいですか?」
「お、気が利くな。こっちに来てあゆみが書き留めた物を一緒にまとめてくれ」
「あ、キ、キーロン殿下!」
ポットで前が見えていなかったらしく、声を掛けた相手の顔を見あげたパット君が固まった。
固まったパット君の手からキールさんが勝手にお茶を取ってカップに注ぎ始める。
慌ててパット君が「自分がやります!」って言って奪い返してた。
「それでなんで君たちは木片で書きとってるんだ?」
「……治療院にはそれしかなかった」
「チッ。テリースのやつそこまでケチってたか。おい、誰か人をやって兵舎からわら半紙持ってこさせろ」
「はっ!」
大きな舌打ちをしてキールさんが命令を下すと、すぐに部屋の前に立ってた数人の兵士さんたちが駆け出して行った。
うう、もう木片は嫌だ。木炭で手は真っ黒だし、ちょっと書き間違えて消そうとすると全部消えちゃうし。
あとで読めないのが一番困るので全体に大きめに書くのだが、そうすると木片はあっと言う間に消費されちゃって、さっき追加の木片を下ろしてきてもらったけどそれももう残り少ない。
「わら半紙私に先にください!」
「悪いがあいつらが戻るまで、まだしばらくそれに書いてもらうことになるぞ」
「そ、そんなぁ。だって木片ももうすぐ終わっちゃいますよ」
「あ、僕取ってきます」
パット君が走っていってくれるがそれは全然根本的な解決にはなってない。
「はい、あゆみさんもお茶」
手を動かし続けている私の目の前にアルディさんがお茶を置いてくれる。
「……俺の分は?」
「あゆみのを貰えばいいだろう」
「…………」
文句を呟いた黒猫君の後ろからキールさんが当然とばかりに答えた。どうも黒猫君は自分が一人分に換算されなくなってる事のほうに引っかかってるらしい。
「それより黒猫君、次の人の名前の綴りは?」
「あ、こっちは……」
そうなのだ。日本語と英語(?)が混じってるここでは、名前はほとんど横文字なのだ。外国語に慣れてる黒猫君は直ぐに名前の綴が分かるらしいけど、私が直接聞き取ろうとするとメチャクチャ時間がかかっちゃう。
黒猫君の読み上げてく綴りを書き付けてから、わら半紙が来る前に必ずしておきたいと思ってたことを戻ってきたパット君に耳打ちした。今一つ分からないという顔をしながらも了解してくれる。
それからも、キールさんと黒猫君が今まで取引を差し止めていた自家販売の人たちの対応を話し合っている声を後ろに聞き流しながら、私は黙々と目の前で締結される取引を書き写し続けた。




