32 それはあちらの物語
「なあネロ、この際、そのあゆみと共通だっていう記憶の話を俺たちにも聞かせてくれ」
タカシ君がそれ以上ここで話せないことを理解したキールさんは、黒猫君に向き直ってそう尋ねる。
「確かに、いつか話するって言いつつ、結局今まで一度も説明してなかったな」
私の顔を見ながらそう言いつつ、黒猫君が私が知っていたはずのその『お話』を始めてくれた。
なんかとても不思議な感じ。
黒猫君のしてくれる話は、聞いてる間は「間違いなくその話知ってる!」と思うのに、聞いたそばからまたその詳細を忘れてしまうのだ。
黒猫君が皆のために何度も繰り返すうちに、物語の概要はちゃんと理解できて、よくあるSFチックな本のあらすじ程度には私にも覚えられた。
それなのに、何度聞いてみてもエピソード自体は覚えられなくて、そのせいなのか、結局私がなぜあんなに笑ったのかは理解できないままだった。
それでも私はまだいいほうだと思う。
私以外皆、黒猫君の話が進むにつれ、その荒唐無稽さに理解が追いつかなくて頭抱えてる。
まあ、空を飛ぶどころか月より遠くに飛んでって、宇宙だの、宇宙に浮ぶ星ではない国だのでゴーレムみたいな物に乗って戦争するとか、この世界の生活からはあまりにもかけ離れすぎてるもんね。
バッカスとハビアさんは五分もせずに離脱した。
見回りしてくるって言ってテント出てっちゃった。
キールさんは何度も黒猫君に話を聞き直し、その度に疲れたようなため息を繰り返してる。
無表情で話を聞いてるタカシ君に比べてテリースさんはこの話が結構ショックだったみたい。
そりゃ治療院のお隣の教会が御神体として祀ってきた人形が、物語の中で宇宙戦をくり広げる乗り物だったって言われても信じられないよねぇ。
途中通信機の向こう側のアルディさんの大きな独り言が、置き去りにされた盾からボソリと聞こえてきた。
『教会があれほど説いてきた教義が、そんな荒唐無稽な子供だましの物語の焼き直しだったとは驚きです』
「子供騙しとは失礼な」
アルディさんの独り言を耳にした黒猫君が、怒りもあらわに言い返す。
なぜかよく分からないけど、私もすごくムッとした。
ムッとしたクセに、すぐになぜムッとしたのかがわからなくなる。
厄介だなあ、これ。
黒猫君の話が進むにつれ、キールさんが呆れ顔になり、最後には頭をガシガシかき回して口を挟む。
「大体のことは理解した。でもだからって、なぜそれで、俺や先祖の髪がこの色になったんだ?」
「いやそれ多分逆だろ。お前の先祖の髪の色がその色だったから、初代はお前の先祖を選んだんじゃねーのか」
「そうとは限らないと思いますよ」
ずっと無表情だったタカシ君が、突然ぼそりと呟く。
「あゆみさんが記憶を無くしたのと同様に、転移者の周りでは時折おかしな強制力が発生します。もしかするとキーロン陛下のご先祖は初代王と共におられた時に髪の色が変わったのかもしれません」
タカシ君のその言葉に、黒猫君がハッとして私を見た。
「確かにな。バッカスが魔力持ちになったのも、俺たちと関わって起きた変化だしな」
黒猫君の言葉に、タカシ君が片眉を上げてこちらを見てる。
ああ、やっぱり驚くような事だよね、これ。
「タカシ。さっきからあんま驚いてるように見えねーけどお前、もしかして知ってたのか? 初代王が俺達と同じ転移者だったって……。いや、まさか教皇も知ってんのか?」
黒猫君の問いかけに、タカシ君が曖昧に頷いてる。
「お前らそれでよく教会やってられるな」
あ……。
そっか、そうだよね。いわゆる信仰の対象が本当の神様じゃなくて、私達と同じ人間だったって知ってたってことだし。
信仰、緩んじゃうんじゃないのかな?
ちょっと不安に思いつつ、タカシ君を見れば。
「ご安心ください。経典の原点がどこであったかは問題ではありません。初代王がここでなされた偉業と奇跡に変わりはなく、信仰は我々を正しく導きます。神は存在し、これからも我々を導いて下さる」
そう言って、なんと私と黒猫君の前で片膝をついて拝礼しちゃったのだ!
「お、お前もか!!」
「や、マジでやめましょうよそれは!」
思わず叫んだ私達を無視して、タカシ君が手を合わせて訳の分からないお祈りを始めちゃう。
「我々は唯一の光を失った。しかし、これは敗北を意味するのか? 否。始まりなのだ。我らが神が掲げた我らの自由のための戦いを、神が見捨てるわけはない」
止める私達をよそにタカシ君がその美声で朗々と経典の一節らしき何かを唱えだし、黒猫君が独り悶え始めた。
とうとうキレて殴りかかろうとする黒猫君をキールさんが慌てて止めに入り、このお話し合いはカオスのまま解散になった。




