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異世界で黒猫君とマッタリ行きたい  作者: こみあ
第13章 ヨークとナンシーと
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31 黒猫君の記憶

 キールさんがアルディさんの話を無理やり終わりにしたところで、ガイアさんが他のおじいさんたちに呼ばれて出ていき、代わりにテリースさんが戻ってきた。

 ネイサンさんの様子も落ち着いたので、一旦お昼を食べに来たみたい。


 私たちもみんな遅いお昼を終えて、そろそろお話も終わりかな、なーんて思っていたら、なぜか黒猫君が不安げに私を見下ろして切り出した。


「なああゆみ。俺たち、お前に話さなきゃなんねーことがあんだけど……」


 なーんてね。

 本当はちょっと予想がついてたりする。

 黒猫君の話は、多分私の記憶のことじゃないかな。

 実は私も、なにかおかしい気がしていたのだ。


 黒猫君がさっき聞いてきた質問。

 あの制服を見て、前に違うことを言って黒猫君と笑った気がする……。

 でもその時の記憶がどうしてもちゃんと思い出せなくて。


 黒猫君がテッドさんを追いかけて行っちゃって、他の皆さんはまだ傀儡の処理とかで忙しくて、私一人がやることがなく、ぽっかり時間が空いちゃって。

 それで色々考えてたら、黒猫君がさっきやけに私にくっついて来てたのって、このせいだったのかなって思い至ったのだ。


 だから私はこれ以上黒猫くんが不安にならないように、なるべく声を落ちつかせてから問い返す。


「黒猫君が聞きたいのって、もしかして私の記憶のこと?」


 私の静かな問いかけに、黒猫君が驚いた顔で私の顔を見つめ返す。


 やっぱりね。

 そっかぁ。私また記憶を消しちゃったのか。

 あの生魔法は尋常じゃなかったもんね……。


 もちろん、私だって記憶を失っちゃったことは、とっても不安なんだけど。

 じゃあそれが分かっていたからといって、あの時の私におじいさんを救わない、なんて選択肢は多分、絶対、なかったと思う。

 そう、今回は記憶のことをある程度理解したうえで、私はおじいさんを救うことを選択しちゃったのだ。


 だとしたら、私、多分これからも記憶をなくすんだろうな。

 しかも、忘れちゃった私自身がそれに一番最後まで気づかないのかも。

 そう考えると、これから一番迷惑をかけるのは、多分黒猫君なんだろうなぁ……と。


 そこまで考えるに至って、私は今回なんだか冷静になっちゃったのだ。


「ねえ黒猫君、多分私もうそんな簡単に落ち込まないから、黒猫君が知っている私の新しく失くした記憶のことを教えてくれない?」


 落ち着いた声でそう尋ねた私に、黒猫君がくしゃりと顔を歪めてボツボツと話し始める。


「お前さ、なんで最初キールが王族だって俺たちに予想できたか覚えてるか?」

「えーっと、確かキールさんの髪の色が特殊だったからじゃなかったっけ」

「あの髪の色で何を思い出す?」


 問われても、どうしても特に何も思い浮かばない。

 困って言葉に詰まった私を黒猫君が辛そうに見てる。


「じゃあ、ナンシーの教会にあった初代王の肖像画を見て、どうしても笑いが止まらなかったの、覚えてるか?」

「お、覚えて……る?」


 あれ?

 笑ったのは覚えてるのに、なんであんなに笑ったのか、どうしても思い出せないぞ。


「黒猫君と一緒に死ぬほど笑ったのはちゃんと覚えてるんだけど、私なんであんなに笑ったんだっけ?」


 思わず問い返した私を見つめながらも、黒猫君が唇を噛んで答えてくれない。


 そっか……。

 今回は私、こんなこと忘れちゃったんだ。

 でも──


「ねえ黒猫くん、なんで私こんな変なこと忘れちゃったの??」


 どうにも大した記憶な気がしなくて、不思議に思って尋ねたのに。

 私の問いかけに盛大に顔を歪めた黒猫くんが、突然座ったまま私を抱きしめて説明してくれる。


「確実なことはわかんねーけどな。多分その記憶がお前にとって、俺と最初に共通で理解し合えた話題だったからじゃねーかな」


 ああ、そっか。

 そういうことだったんだ。

 今の黒猫君の答えで、色々理解できてしまった。


 確かにこれは結構怖い。というか、多分黒猫君は覚えている分、私以上に怖いんだ。

 だってそれは──


「もしかして黒猫君、私が黒猫君のことを忘れちゃうかもしれないって思ってる?」


 私の問いかけに、私を抱く肩をビクンと躍らせた黒猫君が、泣きそうな顔で間近にある私の顔を見つめ返した。

 ふと気づくと、キールさんやテリースさんも凄く心配そうに私を見てる。

 それを目にした私は、ほぼ反射的にその場で『一番正しい』行動を選択した。


 静かに息を吸って、吐いて、そして今までの人生で培ってきた器用な表情筋のすべてを駆使して笑顔を作り出す。


 大丈夫、これは昔いつもやっていたこと。

 相手が困らないように。

 周りが困らないように。

 自然な笑顔を貼り付けて、自然な形で相手に寄り添うだけ。


「大丈夫だよ黒猫君、心配しないで。私、黒猫君のことは絶対忘れないから──」

「やめろあゆみ! 今お前がそんな顔する必要ねーんだよ!」


 大切なものを傷つけたくなくて。

 大好きなみんなを心配させたくなくて。

 だからちゃんと笑顔で答えたはずなのに、私の言葉を遮るように、黒猫君がひと際強く私を抱きしめ、苦しそうに叫んだ。

 突然耳傍で聞いた黒猫君の慟哭に、びっくりしすぎて笑顔がひきつっちゃう。


「いいか、今ここで心配するのも気を使うのも、お前が俺にじゃなくて、俺がお前になんだよ」


 続く黒猫君の言葉がなんかぐちゃぐちゃで、私の頭も一緒に真っ白になっていく。


「違う、気を遣うんじゃなくて、気遣うだ。クソ、俺マジでこーいうの下手だよな」


 だけど、ぐちゃぐちゃな黒猫君の言葉は、不器用だからこそ、本当に真っすぐで。


「確かに、俺はお前に忘れられるのが怖くてビビってた。だけどそれはお前に思ってもないこと言わせたり、気遣わせたいからじゃねー。そうじゃなくて、俺が単に俺に自信がねーからなんだ」


 そしてこの辺から、私はただただ黒猫君の言葉に聞き入ってしまった。

 だって。


「俺は俺に自信がねー。お前が一旦俺を忘れちまったら、また今と同じように相手してもらえるか、また好きになってもらえんのか自信がねーんだよ」


 そう、私の予想は正しかった。

 やっぱり黒猫君はとっても不安だったのだ。

 私が黒猫君を忘れてしまうことが。

 だけど、黒猫君の中の不安は、私が思っていたものとはちょっと違っていて……。


「だけどな、お前にそれを心配させてたんじゃ本末転倒じゃねーか。そーじゃねーんだよ。これは単に俺の覚悟が足りねーってだけのことだったんだ」


 それは彼がただ辛いのではなく、本当に私を好きで、想ってくれていて、だからこそこんなに悩んでくれてるんだって、とってもよく伝わってきちゃって。

 その言葉の全部が、私のとっても深い場所を強く揺さぶっていく。


 それを聞いているうちに、胸の内にあった苦しさや痛みがどこか分からないところに消えちゃって、代わりに胸の奥のほうがどんどん熱くなってきて。


「いいか、よく聞け。お前が何度俺を忘れたって関係ねー。絶対また俺と一緒にいたいって言ってくれるまで、何十年だって何百年だってお前に付きまとってやる」

「まてネロ、それじゃあまるで──」

『シッ! キーロン陛下。野暮です』


 キールさんの苦笑混じりの声とか、アルディさんのツッコミとか、申し訳ないけど気にしてられない。

 だって黒猫君が不器用に続ける全ての言葉が、怖いくらい嬉しくて、もうどう反応していいのか分からな過ぎて。


「カッコいい言いかたなんてわかんねーけど、俺はゼッテー諦めねえ。だから忘れられるもんなら忘れて見ろ!」


 うわ、なんでこんなに恥ずかしいんだろう!

 最後意地になった黒猫君の少しかすれた叫びが、テント中に響きわたって、すっごく嬉しくはあるんだけど、同時に死ぬほど恥ずかしすぎて、今すぐここから逃げだしたい……!


 一体今、自分がどんな顔になっちゃったのか、全然分からなすぎて、困り果てて両手で顔を覆っていると。


「大変口出ししづらい状況なのに申し訳ないんですが、それは多分不可能です」


 突如それまで静かに話を聞いていたタカシ君が、歳に似合わぬ冷静な声ではっきりと宣告した。


「それは……あゆみが必ずネロの記憶をなくすということか?」


 一瞬で凍りついちゃった私と黒猫君の代わりに、キールさんが硬い声で問い返す。


「あ、ああ、申し訳ありません。言い方が曖昧でしたね。『忘れられない』のが不可能なのではなく、『あゆみさんがネロさんのことを忘れる』ことがです」


 でもすぐにやんわりと謝罪したタカシ君が、言葉を選び選び言いなおした。


「失われる記憶は普通、『この世界』にくる前の物だけです」


 ハッキリと、『この世界』って言葉を使ったタカシ君を私も黒猫君も驚いて見つめた。

 でも私達が問返すよりも早く、タカシ君が首を傾げて言葉を付け足す。


「とはいえ、時期がおかしいのですよ。なんでこんな早く──」


 そんなタカシ君の落ち着いた様子に、黒猫君の我慢が切れた。


「おい、いい加減、ちゃんと説明しろよ!」


 さっきまでの話でそうでなくても感情的になっていたのか、黒猫君は言葉とともにタカシ君に詰め寄ってる。

 そんな黒猫君の手に優しく手を重ねたタカシ君は、今度こそ申し訳なさそうに黒猫君を見上げた。


「……僕もちゃんと説明したいところなのですが、これに関しては教皇と一緒でなければ本当に話せない内容なのです」

「前もお前はそういったな。話せない、と。もしかしてそれは禁術とかの類か?」


 言葉を返したタカシ君をジッと見つめたキールさんが、一瞬眉をひそめて尋ねる。


 そう、今回の偽サロス長官と裁判の件。

 最初黒猫君達は、私を連れて行くには危険過ぎると言って反対してた。


 だけどあの日、話し合いの中、タカシ君がはっきりと、私と黒猫君の転移にまつわる情報を、ヨークで待つ教皇が教えてくれると言い出したのだ。

 だから結局、危険を予見しながらも、キールさんも黒猫君も協力を申し出た。


 タカシ君が当たり前のように「転移」なんて言葉を使ったことには驚いたけど、黒猫君たちが賛成するのなら、私には協力に反対する理由なんて全くなくて。

 だから、こうして記憶の情報ももし教えてもらえるならもちろん今すぐにでも教えてほしい。

 教えてほしいのだけれど。


「かなり近いものです。こればかりは僕の意志ではどうすることもできないのです」


 答えるタカシ君は、先ほどと変わらぬ申し訳なさそうな顔で私たちをみまわして告げた。


「根本的なお話はできませんが、確実に言えることもあります。あゆみさんはネロさんを忘れません。それだけは安心してください」


 そう言い切ったタカシ君の微笑みは、美しいけどどこか寂しげだった。

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[一言] それは友人や親は忘れてしまうんだと言う事だね。 T^T
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