21 明け方のお茶
「あ、キー……アルディ隊長さん!」
後ろからかけられたとても頼りがいのあるその声に、喜び勇んで振り向いて、思わずキールさんの名前を大声で叫びそうになってギリギリで思いとどまった。
危ない、危ない。
そんな私を、頭のてっぺんからつま先まで鈍く光る鎧につつまれたキールさんが、長剣をまるで荷物のように気軽に肩に担いで見下ろしてらっしゃる。
「おう、待たせたな」
鷹揚なセリフの割に、キールさんも兵士さんもみんな肩で息してる。
「そんなに息を切らせて大丈夫ですか?」
「大丈夫も何も、この蔦のせいで馬車が使えなかったんだ、しかたあるまい」
うわ、じゃあ『照明弾』が上がったのを見て、自分たちの馬車からここまでずっと走って来てくれたのか!
「す、すみませんでした!」
「いやどうせ何かあったんだろう。バッカスたちは来なかったがあの蔦だ。そのために俺たちがついてきたのにこちらこそ遅れてすまん。まずは無事でなによりだ」
慌てて頭を下げた私に、やっと少し息の落ち着いたらしきキールさんがそれを押しとどめて優しく気遣ってくれた。
もうそれだけで涙が出そう。
実はキールさんと近衛隊の皆様全員、色々な事情があってかなり距離をおいて後ろから追ってきてくれていたのだ。
無論国王様のキールさんが気軽に一緒に来ちゃ駄目なのは今回も一緒なんだけど。
それを止めてくれるはずのアルディさんは今も北の砦から帰ってきてないんだよね……。
本来その代わりに止めに入らなきゃいけないのはエミールさんのはずなんだけど、ここしばらくキールさんにみっちり仕事を押し付けられてたエミールさん、両手を上げてキールさんのお出かけに賛成しちゃったのだ。
テリースさんとイアンさんは最後まで渋い顔してたけど、「どのみちいつかはヨーク公と教皇とは話し合わない訳にはいかないだろう」ともっともらしいことを言ってキールさんが押し切ってしまった。
でもやっぱり国王様がフラフラしてるのは非常にマズイ。
と言うことで裁判の日まで素性は隠すことにしたのだ。
鎧で顔を隠してアルディさんの名前を名乗ってるけどこれ、キールさんをよく知ってる人たちはその話し方だけですぐ誰だか分かっちゃうよね。
偽サロスさんことネイサンさんも一度ならず謁見でキールさんの顔見ちゃってるけど、まあ声だけならバレないと思う。
「もういいぞ。あとは我々が代わろう」
周りを警戒しつつ、他の兵士さんに指示を出しながらこちらに歩いてくるキールさんの声は、こころなしかいつもより軽快でご機嫌のよう。
よっぽど北の砦に行けなかったのが残念だったのかな。
気軽に請け負ってくれたキールさんとは対照的に、後ろに並んだ頼もしい兵士の皆様は、トラウマを思い出したような遠い目でそれぞれ近場の蔦の小山と取り組みだした……。
* * *
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
テリースさんが手渡してくれたお茶をありがたく受け取った私は、やっとホッと一息ついていた。
ここは兵士さんたちがあっという間に用意してくれた、簡易テントの中。
今ここにいるのはキールさんとタカシ君、それに白髭のおじいさん。
残りのおじいさんたちは他の兵士さんたちと一緒に、蔦の除去を手伝ってくれてる。
それにテリースさんが行ったり来たり。
あれから数時間たって、かなりの人が蔦の小山の中から救い出された。
再び火をつけ直した焚き火でお茶を淹れてたテリースさんと御者さんたちが、救出された皆さんにもお茶を配ってくれてるのだ。
因みにこのお茶はキールさんたちの物資から分けて頂いたちゃんと美味しいお茶。
まあ、テリースさんが淹れてるからかなり薄めだけどね。
熱々のお茶のカップを両手で包むように持って落ち着けば、思わずため息がこぼれてしまう。
だって片側が開きっぱなしのテントからは、嫌でもすっかり変わり果てた周囲の様子が目に入るのだ。
うっすら明らんできた空の下、見渡す限り続くのは青々とした草原とこんもりと草の茂った小さな丘だけ。
……この辺り一帯、荒地じゃなくなっちゃったよ。
それでも兵士さんたちの健闘により、周囲に散らばる蔦の小山は残すところあとわずか。
蔦に絡まれてた馬車馬は、最初あまりの怯えように手が付けられなかったけど、テリースさんが鎮静魔法を掛けてくれたおかげで今は落ち着きを取り戻してる。
私達が乗っていた幌馬車も蔦と一緒に燃えカスになった幌を外されて、無事残った馬車部分がようやく見えるようになってきた。
やっぱり剣があると全然違うよね。
私が一人で頑張ってたときとは大違い。
上手な兵士さんなんて、剣をザッと上から下まで軽く振って、表面の一層分くらいザックリ割いてから剥がしてる。
「そろそろあちらも終わりそうだな」
残った最後の小山のほうに目を向けてたキールさんが、そこで偉そうに他の兵士さんたちを指揮してた黒猫君に手を振って戻って来いと合図した。
一番最初に救出された黒猫君は、蔦の中に入ってる人の確認を手伝って回ってた。
私が蔦を成長させちゃう寸前、誰がどこにいたのか大体覚えてるらしい。
あんなに敵味方入り乱れてたのに、よく他の人のいた場所なんて覚えてるよね……。
「それで生き残ったやつはいたのか?」
テントに戻ってきた黒猫君に、キールさんが早速尋ねてる。
キールさんが聞いてるのは襲撃してきた人たちのことだと思う。
充分注意して蔦を割いて救い出しても、襲撃者の皆さんはその殆どが蔦の小山の中で息を引き取っていたそうで、襲撃の事情を聞ける人を探してるのだ。
「ああ、一人だけな」
答えた黒猫君にテリースさんが淹れたてのお茶を手渡そうと近寄ってくると、それを受け取らずになぜか私を抱えあげる。そのうえで、当たり前のように私を膝の上にのせて私の座ってた簡易椅子に座りなおした。
うん、これでこそ黒猫君だよね……。
私をしっかり抱きよせてからやっとお茶を受け取った黒猫君、やっと安心したようにカップを片手に言葉を続けた。
「やけに度胸のいいやつで、悪びれもせずに隊長に会わせろって言いはってるぞ」
「心音は?」
「大丈夫だ、傀儡じゃない」
襲撃者の皆さんは、そのほとんどが傀儡にされていたらしい。
黒猫君曰く、襲撃してきたときから心音が聞こえてなかったんだそう。
こういう時、黒猫君の優秀な耳は本当に頼りになる。
だから蔦から出すときも、本当に死んでるのか単に動かないのか確認するのが難しかったらしい。
結局はキールさんが念のため持ってきてくれていた結界石で確認してるみたい。
「それでどうする、会ってみるか?」
お茶を片手に黒猫君が尋ねると、キールさんが鎧の腕を組んだまま考え込んじゃった。
黒猫君と兵士さんたちが蔦の小山と格闘してるその間、体力では役立たずな私はここでキールさんに今夜起きたことのあらましを説明してた。
白髭のおじいさんも途中色々補足してくれてる。
おじいさんは全然悪くないのに、護送中に起きたこの事態に責任を感じて謝罪もしてた。
だからキールさんも生き残った襲撃者の危険性を考えてるんだと思う。
「少なくとも襲撃時、魔法で攻撃してくるやつは一人もいなかった。だから普通の拘束で十分だとはおもうが、念のため俺たちが着けられてた『魔封じの枷』つけとくか?」
そこで黒猫君がわざとらしく視線を私に向けて、ニヤリと笑って先を続ける。
「かろうじて一組だけは生き残ったからな」
うう、それをまた蒸し返すのはやめて欲しい。
そう、黒猫君の手枷足枷はもう外されちゃってる。
それどころか、私の手枷足枷はいつの間にか消えてしまったのだ。
あのときの私の振り切れた魔力を浴びせられて、一瞬で綺麗にふっとんじゃったらしい。それは見事に跡形もなく。
おじいさんのことで頭がいっぱいだった私は、小山の中から救い出されたおじいさんたちに指摘されるまでまるっきり気づいてもいなかった。
「そんな馬鹿な、今まで何世代もの間どんな高位の魔術師の魔力も吸収して耐え抜いてきたのに……。壊れるなんてありえない、ありえちゃ困るんだ……」
って蔦の中から救い出された白髭のおじいさんが頭を抱えてブツブツ嘆いてた。
おじいさん曰く、あの手枷足枷は古くから教会に伝わってるもので、現代では作り方も分からない逸品なのだそうだ。
結果、黒猫君にこの枷をし続けてることに不安を感じたおじいさんがもったいないと言って外してしまったのだ。
でも囚人に使う物なのに、壊れちゃったら替えもない、直せない、なーんて言ってもったいながってたんじゃ本末転倒な気もするんだけど。
「お前らが逃げるなり私らに逆らうなりするつもりなら、あの襲撃のときにやっとったじゃろう」
というのがおじいさんたちの総意なのだそうで。
うん。まあそれは確かにそのとおりなんだけどね。
どっちかと言えばもう誰にも使わせないで歴史的遺物として取っておこうとか思ってるんじゃないだろうか。
「いや、あれは教会の護送人以外に使うわけにはいきません」
ほら、今も黒猫君を睨みながら白髭のおじいさんが警戒心いっぱいで首を横に振ってる。
それを見たキールさんが肩をすくめて黒猫君に向きなおる。
「だそうだ。まあとにかく一度はその男から話を聞かないと先に進まん。連れてきてくれ」
そう黒猫君に答えたキールさんは鎧のバイザーの下だけをヒョイっと上げ、その隙間から器用にテリースさんの煎れたお茶を啜った。




